エモけりゃそれで良いわけかしら
Ⅲ
教務課にあてがわれた寮の一室で
年齢は二歳違ったが、楽曲や漫画、男性アイドルの好みが合致したこともあって、不思議と気はあった。それまで母子家庭で育った祷子にとって奨学制度を用いた寮生活、しかも中等部三年次の終盤にかけての入学は、期待三割の不安七割といったところだったが、ぼんやりとした気質の智晶と出会うことができたからこそ、多くの心配事は杞憂に終わったのだった。
智晶は高等部入学から二年目の春、一年間を休学したのだという。造血器官の疾患だったとのことで、どんな病症か、どんな治療を受けたかを仔細にわたって解説された記憶はあるものの、医療についての心得のない祷子には、まるで理解できなかった。
長い休学期間もあってか、智晶はかつての同級生に取り残されてしまっていた。中高一貫という形式にあって内部生同士で関係が固まりやすい都合上、祷子もまた、教室内で友人らしい友人をつくることには難儀した。そういったやるせなさを抱えた者同士、自分と智晶は惹かれあったのだろうと祷子は思ったものだった。
いつしか智晶は、橋玄通りに祷子を招いた。高等部への進学を控えた、春休みのことだった。雑誌やネットの見よう見まねでコーデを取り繕った結果、量産型とも地雷系ともつかぬ中途半端ないでたちで界隈にデビューすることとなったが、智晶の口添えもあり、そこでの交友の幅は徐々に広がっていった。
界隈においては、
ドレスコードを遵守することで周囲を安心させ、個人に対する必要以上の詮索をタブーとし、そして何よりも『エモくあること』を美徳であるかのように振舞ってみせる。その中においてなお、やはり智晶は誰よりも『エモ』かったように、祷子は思った。
いわゆる、憐憫のようなものだったように記憶している。年上の少女に向けるにしてはあまりに居丈高がすぎるものの、祷子にとってはそれ以外に表現のしようがなかった。
基本的に智晶は楽天的な少女であったが、休学に伴う環境の変化から、学習カリキュラムの進行から落伍しつつあった。出来のいい妹にくらべて、身も心もポンコツなのよねと、智晶は自嘲しながら言っていた。きっとあちらも自分を軽蔑しているだろうし、自分もあちらに顔向けなんて今更できるはずもないと。
そうしていつしか、智晶は橋玄通りの享楽に沈んでいった。
彼女の死がセンセーショナルな見出しに彩られながら、ネットニュースに取り上げられたのは、それからすぐのことだった。きらびやかなみなとみらいの夜景に見下ろされながら、小汚い雑居ビルの非常階段から、アスファルト目がけてぴょいと飛び降りた。
智晶の咲かせた鮮血の華を評して、人々は口々にもてはやした。
推しへの愛を昂らせ、献身の末に命まで捧げたのだと。
エモいよね。不謹慎だけどw
◇
智晶の死後、祷子は警察の事情聴取を受けた。
故人のルームメイトで、かつ頻繁に橋玄通りで行動を共にしていたことから、参考人としてお呼びがかかるのは当然といえた。智晶の死の次いで祷子が堪えたのは、これがきっかけで普段の素行が学園側に露呈してしまったことだった。
しかし詭弁を弄して弁解する気は起きなかった。唯々諾々と停学を受け入れた。
何を話したところで、自分や智晶の感傷を斟酌してくれる人間がいるとは思えなかった。
やるだけ無駄だろうし、それなら不貞腐れて寝てる方がマシだと思ったからだ。
◇
近親者のみで営まれた葬儀が済んでから、志乃は智晶が生活の拠点の一つとしていたらしいウィークリーマンションの一室に訪れていた。遺品を持ち帰るためだというと、簡単に鍵を開けてもらうことができた。
そこでは、見知らぬ若い男が寝こけていた。たたき起こすなり男は不機嫌になったが、身元を明かすと、彼は自分が、ある店舗で働いているホストであることを簡単に明かした。姉とは似ても似つかぬ志乃の険しい眼光に気圧されたのか、さほどの問答を要さぬうちに、男は智晶について知りうることを話した。智晶がどういった気質の人間だったか、どれだけ自分が彼女が背負った売掛金、すなわちツケ払いに振り回され、どれだけの額を建て替えさせられたか。
気の毒だとは思うけどさ、俺だって被害者じゃないすか。
冗談じゃねえよ。頼んでもねえのに売掛背負いこみやがって。
想像の範疇を越えない証言を耳にしながら、志乃は男が横たわっていた周囲の高価そうなボトルに目をやっていた。それらの合間にレシート、レシート、レシート、封切られた避妊具の外箱、弁当の容器、容器、容器、ペットボトル、そしてレシート、無造作に放られたいかがわしい形状のプラスチック塊。
『エモさ』という演出の、きわめて不健康な裏側を示すかずかず。
志乃にとって『エモさ』など、少女を破滅へいざなう無痛の麻酔でしかない。
気づけば志乃は愛らしいボトルのうち一つを握り、男に殴りかかっていた。
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