第三章 12話

 ニムニリトのかつての「先生」であるダイアモンが、偽造した『ライカ』。

 その偽造品の誤作動が原因で、ボルグの仲間は大怪我をした。

 そしてニムは咄嗟の機転でその誤作動を利用し、ジークたちのピンチを救ってくれたのだ。

 その偽造品を、誤作動を含めて再現できれば、有効な手として使えそうな気がするのだ。


「さすがにそれは無茶ですよ! あれを再現するには、まず一回ルーン刻印術を壊して、修復して、もう一度壊す必要があるんですよ? あの時は、先生がすでに修復までやってくれていたからできただけで、最初から再現となると」

「無理か?」

「さすがに時間が……。ここにあるのは八つですけど、行き当たりばったりで試して、一つできるかどうか、です。失敗したものはただの故障品になっちゃいますし」


 言われて、考えた。

 つまり『ライカ』をこのまま八つ持っていくか、ほとんどを駄目にしてでも、あの暴発を手に入れる可能性に賭けるか。

 少し考えて、ジークは頷いた。


「それでいい。やってみよう。二ムには苦労をかけることになるが」

「いえ、ジークさんの頼みなら苦労とかないですけど……本当にいいんですか?」

「もちろんだ」


 ジークたちのパーティに、戦闘で術を使える仲間はいない。

 もしアンデッドと交戦になった時、状況を変えられるような手段が欲しい。

 あの時の暴発……ジークでも体の芯に来るような衝撃を受けた。

 マルフィアの助言通りなら『パンクラック』よりも高い効果を期待できる。


「……分かりました、やってみます」

「助かる」

「じゃあさっそく『ライカ』を解体するところから始めましょう。また組み上げるかもしれないので、順序よく丁寧に――」


 ニムニリトの指示に従いながらの作業は、深夜まで続いた。

 その日は二つに手をつけ、どちらも失敗して壊れてしまった。

 翌朝、日課の訓練から戻ってくると、二ムはすでに起きて一人で作業を始めていた。


「もう起きたのか。急がせたみたいで悪いな」

「いえ。恥ずかしながら、ちょっと楽しんでやってるところはありますので……」


 少し照れたように口元を緩ませる少年。

 それから顔だけ振り向いて言う。


「あ、ボクは昨日の結果を元に、ちょっと検討してみますので、ジークさんはご自分の予定とか、準備を進めてください」

「いや、しかし手伝いとか」

「ほとんど計算と思考の作業なので、いてくれてもあまり……」

「……そうか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。夕方には帰る予定だから、そこからまた手伝わせてくれ」


 正直、準備の方はまだ残っていたので、ありがたい提案だった。

 ジークはいつものように二人分の朝食を作り、二ムと食べる。

 通帳と割符を持って家を出ると、銀行に行ってお金を下ろした。

 そのまま聖教会に向かい、純度の高い聖水を多めに買った。

 小瓶ではあるが、数が集まればけっこう重い。

 冒険者ギルドにいったん預けて、ウルウェンテを待つ。

 昨日の段階で約束していたことだ。


「よう、準備のほうはどうだ?」


 明日には【死霊術士ネクロマンサー】を追う旅が始まるというのに、彼女はいつも通り、気さくに片手を振って現れた。

 いつでもマントにフード姿で顔を隠している彼女だが、もう慣れた光景となり、ギルドの誰も彼女を訝しんだりはしない。


「まあまあだ。じゃあ行こう」

「どこへ?」

「まあ、ついてきてくれ」


 適当にごまかし、二人でギルドを出る。

 彼女は用がなければあまり喋るタイプではなく、ジークもそのタイプだ。

 なので、彼女と二人でいると無言の時間が続くが、特に居心地が悪いとは思わない。

 お互いにソロ冒険者だった時代が長く、その空気感を共有している部分もあるかもしれない。


「……おい」


 しかし、道の途中からウルウェンテの機嫌が悪くなっていくことに気づく。

 これは想定していたことなので、ジークは悪いと思いつつ、無視して進む。

 彼女が舌打ちし、重いため息をついた。

 もう行き先は分かったようだ。


「……アンタとは行きたくないって、何回言わせんだよ」

「そう言わないでくれ。オレ一人だと不安なんだよ」

「だいたいアンタのせいだろーが」


 ぼやく彼女を連れてやってきたのはもちろん「リトルズギルド」だった。

 ドアを潜ると、もう受付の男は何も言わずに組長室へ確認に向かう。

 すぐに戻ってくると、無表情で「奥へどうぞ」と呟いた。

 再教育の結果か、余計な言葉や仕草は挟んでこなかった。


「よう。また催促か?」


 応接室に入るなり、いきなり本題に入る組長。

 しかも手元の書類をチェックしながら、こちらに目線をやろうともしない。

 ジークが応接テーブルに座ると、ようやく組長が自分のデスクから立ち上がって対面へと移動する。

 ご機嫌伺いや雑談をしにきた訳でないことはお互い分かっている。

 ジークも本題から入ることにした。


「報酬の情報を、変えてほしいんです」

「あ?」

「『遺跡エデン』の情報については、いずれ買い取ります。だから今は、別の情報を教えてほしい」

「ちょいと待ちな、そりゃ勝手すぎるだろう」


 組長の声に、少し苛ついた感情が混じる。

 予約していた商品をいきなりキャンセルされたら、どんな商売人だっていい気分ではない。

 しかも、商品を仕入れるためにすでに労力を割いているのだ。

 ジークもそれはわかっている。

 座った姿勢のまま、深々と頭を下げた。


「頼みます。変更のための手数料が必要なら払います。『遺跡エデン』の情報も、必ず買い取ります」

「あのな……『遺跡エデン』の情報を買いますって、底辺のてめえが払える額じゃねえぞ」


 それも承知している。

 だからこそ、組長のために働いた報酬として、その情報を要求したのだ。

 組長は少し間を置いてから、どっかりと背もたれに体を預けた。


「……要は、今すぐ欲しい情報があるってことだろ。アレか、噂の【死霊術士ネクロマンサー】騒動についてか?」


 ぴく、とジークの体が反応してしまった。

 図星すぎて下げた頭を上げられずにいると、組長は笑うように息を吐いた。


「おいおい、当たりかよ。もう少し隠す努力をしろって。だがまあ、お前さんから一本取ったのは悪くない気分だ」


 組長の声が少し明るくなったので、ジークも顔を上げた。

 その目の前に、組長が指を何本か立てて見せる。


「こんだけ払いな。それで売ってやるよ」

「え、いや、しかし……それは安すぎでは?」

「ぶっちゃけ、大した情報は集まってねえ。近づきすぎて、マジもんの【死霊術士ネクロマンサー】の恨みを買ったら、ウチは終わりだからな」

「……分かりました。売ってください」

「商談成立だな」


 ジークは持ってきた貨幣の袋から、要求された金額を払う。

 組長はそれを丁寧に積み上げて確認しながら、話を続ける。


「何が知りたい?」

「その【死霊術士ネクロマンサー】らしき奴が、今どこにいるのか」

「手っ取り早く近づきたいってことか。ギルドの調査依頼だな」


 またも目的を言い当てられてしまった。

 できるだけ表情に出さないようにしていると、それすらも見破った組長が呆れたように笑った。


「別に構わねえよ。もしおめえたちが突っ込んで、バトルにでもなってくれれば、こっちも情報を掴みやすくなる。どっちの損にもならんだろ?」


 組長は言いながら席を立ち、自分のデスクから大きな紙を引っ張ってくる。

 地図だ。

 それを応接テーブルの上に広げ、指をさした。


「最近、いろんなところでアンデッドやゴーストの不自然な発生が続いているのは知ってるか?」

「そういえば……」


 モルトーネが、そんなようなことを言っていた気はする。


「『勇敢なる剣』が全滅してから、もしかして関連があるかと思って、そっちの情報も集めてみた。まず、不自然なアンデッドの目撃情報を集めると、概ねこう動いていると推測できる」


 組長が、地図の上で指を動かす。

 もしこれが【死霊術士ネクロマンサー】の仕業であるなら、という前提で、移動したルートを割り出したのだろう。

 だが……妙だ。

 ウルウェンテもすぐ気づいたのか、突っ込みを入れる。


「おい組長、そりゃ変だぜ。そこに街道はねえし、ガルコート山の『領域テリトリー』を突っ切ってるじゃねーか」


 『領域テリトリー』とは、魔物が巣を作ったり餌場にしたりして拠点を構え、自分たちの生きやすいように空間ごと作り変えてしまった地域を指す。

 その場所では魔物の能力は向上し、ヒトの扱う神魔力に悪影響が出るという。

 ここに踏み込むには、それなりの実力と経験を持つ冒険者でなければ危険だ。

 その『領域テリトリー』も魔物の種類によって多種多様だが、ガルコート山にあるものは有名で「ラミアの邪巣」と呼ばれている。

 定期的に冒険者が勢力を削るために討伐に向かっているが、成果は一進一退で『領域テリトリー』を潰すことはできていない。


「その通り。だが、ヒトの足でこの距離をこの日数で移動するには、これしかルートはねえ」

「いくら【死霊術士ネクロマンサー】っても、魔物じゃなくてヒトだろ。たった一人で……いや、仲間がいるかもしれんけど、とにかくこれは無茶だろ。それにスピードも尋常じゃねえ。獣人とかが走り続けてようやくって感じだ」


 一瞬、呼吸が止まりかける。

 まさか、という思いを瞬時に振り払い、動揺をごまかすために質問する。


「この地域での目撃は、いつが最後なんですか?」

「およそ一ヶ月前だな。こうして移動経路を割り出しても、どんな意図があるのか不明だ。少なくとも逃走や追跡といった感じはしないが……わざわざ『ラミアの邪巣』に入っているから、探索や調査なのかもしれん」


 ――今は、ちょっとした調査でここに来たのさ。


 違う可能性を探そうとすればするほど、深みにはまっていく。

 そんな気分だった。

 最後の目撃情報が一ヶ月前で、ジークとシロナが出会ったのはおよそ二週間前。

 この地域から、アグロアーの街まで、二週間もあれば十分に辿り着ける。

 仮に人目を避けて徒歩で旅をしたとしても。

 ウルウェンテが腕組をしながら答える。


「つまり『勇敢なる剣』ってパーティは、探索をしていた【死霊術士ネクロマンサー】にたまたま出くわして交戦状態になった……って感じか?」

「かもな。ウチの情報では『勇敢なる剣』の持ち物は遺体と共にそのまま放置されていた。少なくとも物取りじゃないだろう」

「彼らは、アラクネ討伐を終えた後にここで全滅したと聞きました」

「消耗していたとはいえ、中級冒険者パーティを全滅させる実力……間違っても遭遇したくねえな。もちろん、お前たちが相手になるはずもねえ」


 組長の視線が、ジークを射抜く。

 ハロルド、マルフィア、そして組長……みんなが「無理だ」と言う。

 当たり前だ。

 だけど、反対しなかったヒトたちもいる。


「こいつが目指している場所は、推測できますか?」

「正直に言えば、分からん。動いている目的や理念すらも不明だからな。だが、探索や調査をしているんだとしたら、そう遠くには行ってないはずだ。加えて、街道ならすぐ目撃情報が入るはずだから、それもねえってことは……」


 組長は続きを言わず「後は分かるな」と視線だけで告げる。

 調査が目的で、街道を使っていないとしたら、この【死霊術士ネクロマンサー】はまだ『勇敢なる剣』が全滅した森周辺にいるかもしれない。

 可能性の話だが、何の指標もなくあてずっぽうに探すよりはマシだ。


「ありがとうございます。まずはそこを当たってみます」

「外れても文句言うなよ。『レッドグリフォン』が先行したって話だし、他の冒険者もそろそろ動き出す頃だ。先を越されたくなけりゃ、急ぐんだな」

「明日には出発するつもりです」


 ジークは小さく頭を下げて、部屋を出て行こうとする。

 後ろから、組長が声をかけてきた。


「……本気で行く気なのか。こないだのことと言い、命を懸けるタイミングがよく分からん奴だ」

「ま、そう言うなよ」


 ジークが何か言う前に、ウルウェンテが振り返って返事をする。


「これでもウチのリーダーなんだ。アタシはけっこう信用してるんでね」

「へっ。ま、死なねえ程度に頑張りな」


 組長に励まされる言葉を背に、ジークたちは部屋を出た。

 リトルズギルドから少し離れたところに来てから、ウルウェンテが大きなため息をひとつ吐いた。


「ったく。今回は大人しかったな」

「……オレのことか?」

「他に誰がいんだよ。こっちは、アンタがいつ組長に食ってかかるか気が気じゃなかったてのに」


 酷い言われようだ。

 ニムニリトの時は、とにかく助けようと必死だった。

 文字通り、組長に殺される可能性があろうとも、あの手に命を懸けるしかなかったのだ。

 しかし、今は少しの迷いがある。

 本当にシロナが絡んでいるのか。

 もしそうなら、自分はどう行動するのが正しいのか。

 肝心なことが明らかになっていない状態では、踏ん切りのつけようがない。

 だから今日は、組長に考えを見透かされているような状態だったし、頭を下げて「懇願」というプライドもへったくれもない行動に出たのだ。

 組長は安価で引き受けてくれたが、内心では呆れていたかもしれない。

 「頼み事」は、情に訴える手段だ。

 親しい間柄ならともかく、交渉相手に見せる手としては下策だろう。

 ばしっ、とウルウェンテがジークの背中を叩いた。


「確かめたいことがあんだろ。危険を承知でよ」

「……ああ。そうだ」

「じゃあ、悩むだけ無駄だ。まずは確かめて、後でどうするかまた考えればいい」


 まったく、その通りだ。


「……ありがとう。ウルウェンテの言葉には、いつも救われる」

「やめろよ、背中が痒くなる。そんな大層なもんじゃねえ」


 そっぽを向いたウルウェンテだが、それが照れ隠しだとジークは知っている。


「オレはこれから旅の荷物を揃えるから、ウルウェンテは今回の【死霊術士ネクロマンサー】について、少しでも情報を集めてくれ。冒険者の噂話程度でも構わない」

「あいよ。んじゃ、明日ギルドで」


 まだ照れ臭さが残っているのか、ウルウェンテは足早に去って行った。

 ジークもそのまま商店街に戻り、注文してあった携帯食を買う。

 パーティがイルネスと二人だけの時は、食事はそれぞれの裁量で用意していたのだが、さすがに正式な四人パーティともなると、まとめて買ったほうが経済的だし荷物もまとめやすい。

 見た目からは信じられないほど大食いのイルネスについては分量の計算が難しいが、足りない分は宿場町に寄った時に食い溜めしてもらうとしよう。

 次に、貸し馬屋へと寄って予約を入れる。

 乗り合い馬車も考えたが、相手が街道付近にいないとすれば、森の側まで連れて行ける貸し馬のほうがいいだろう。

 それらの手続きと支払いを終えて帰ってくると、二ムが気合を込めた顔をして待っていた。


「ジークさん、何とか確率を上げられる方法を考えてみました! これでやってみましょう!」

「お、おお……心強いな」


 いつもの、ちょっと内気な感じではなく、目を輝かせて、早く試行錯誤した成果を試したいといった様子のニムニリトに、ジークは気圧されつつも頷いた。

 そうして、夜更けまで作業は続いた。

 その結果、二つほど、期待した効果が得られそうな品が完成したのだった。

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