第三章 11話

 ジークの言葉を聞いたハロルドは一瞬、目を見開いて、少し慌てるように手を振った。


「催促するつもりで話をしたわけではないのです。冒険者さんたちも、そのうち痺れを切らして何組かは受けてくださるでしょう。焦らず待ちますので――」

「もちろん分かっています。ですが、オレが受けたいと思ったんです」

「しかし……」


 続く言葉を濁すハロルド。

 言いたいことは痛いほど分かる。

 パーティの実力が足りていないのだ。

 イルネスという高い戦力がいて、ウルウェンテ、ニムニリトと「補助」二人がメンバーに加わったが、それでもギルドからの評価は大して変わっていないだろう。

 決定的なのは術士の有無だ。

 魔物との戦闘において、魔術や聖術の有無はそのまま生存率に直結する。

 いくらイルネスが強いといっても、魔物の群れに囲まれては仲間を守り切ることは難しい。

 ハロルドも話した通り、調査だから戦闘はないと思うのは間違いだ。

 だが、やはり自分の目で確かめなければならないと、ジークは思う。


「どうしても、会わなければならないヒトがいるんです」


 ハロルドは年季の入ったギルド職員だ。

 ジークたちが実力不足だと判断したのなら、それはおそらく正しい。

 彼を説得するなら、嘘や、適当なことを言うのは逆効果だろう。


「そのヒトは、オレに道を示してくれました。オレの命も救ってくれた。そのヒトが今もアグロアーの近くにいるかは分かりませんが、今回の件に巻き込まれてほしくないと思っています」


 シロナと別れてからずっと、もやもやした気持ちを抱えていた。

 それが何なのか、自分でもはっきりしなかったが……今、喋りながら心を整理していてようやく分かった。

 会わなければならない。

 噂話、様々な物語、そして今回の件。

 どれを聞いても、シロナがそんなことをするとは思えなかった。

 その一方で……まさか、という思いも完全には捨て切れていない。

 もし今回の件が彼女によるものなら、自分が止めるべきだと思う。


「お金や名誉ではない、ということでしょうか?」

「はい、そうです」

「本来なら、中級冒険者パーティ以上に限定するつもりでしたが……」

「でもそんな括りはありませんよね」


 上級、中級といった言葉は、元々は冒険者の間で使われていた目安に過ぎない。

 もちろんギルドにも規定はない。

 依頼に関しては「限定条件」があり、例えば【魔術士ウィザード】がパーティにいることが条件だとか、バイトールの魔物を討伐したことがあるパーティのみとか、そうした縛りはある。

 

「限定条件……をつけたとしても、自分たちだけで行ってしまいそうな顔をしていますねぇ」

「……すみません」


 まさにそのつもりだったので素直に謝ると、ハロルドは苦笑して隣のカウンターに向かい、書類を持ってきた。


「分かりました、私の一存で許可しましょう。ただし、あまり大っぴらに依頼を受けたと言わないでくださいね」

「重ねがさね、すみません」

「ただし、これだけは約束してください。パーティメンバーの全員が、生きて帰ってくること。これが守れなければ、報酬は出しません」

「了解しました。もとよりそのつもりです」

「……少し、いい目をするようになりましたね」


 ほほ笑んだハロルドにそう言われて、ジークは自分の目元を触った。

 その仕草にハロルドは「はっはっ」と愉快そうに笑ってから頷いた。


「では、契約締結です。無理のないよう、頑張ってくださいね」

「はい。いろいろありがとうございます」


 書類へのサインを終えて立ち上がると、ジークは冒険者たちの間を縫うようにしてギルドの外へ出た。

 まずは仲間たちに話をして、それから旅の食料の準備、進路の選定――やることは多い。

 ボルグたちがすでに出発したのなら、先に調査目標に出会ってしまう可能性もある。

 シロナが無関係だったとしても、彼女自身が【死霊術士ネクロマンサー】であることは間違いないのだ。

 今回の犯人と間違えられて攻撃されるおそれがある。

 ジークは早足になりそうな自分を抑えつつ、仲間の女性二人が泊まる宿へ。

 運よく二人ともまだ部屋にいたので、連れ出してルインの店に行く。

 二ムはすでに店で働いていたが、ルインに頭を下げて早退させてもらう。

 快く送り出してくれた彼には感謝だ。

 店を出て、少し裏路地へ入ったところで話を始める。

 冒険者ギルドの相談室を使うことも考えたが、あの混雑ぶりを考えると止めたほうがいいだろう。

 人目を気にしつつ、依頼の内容と危険性を説明する。


「報酬はかなりいい部類だが、危険度も今までのものとは桁違いだ。だから強制はしない。よく考えて――」

「師匠、違いますよ」


 イルネスがたしなめるように言う。


「そこは『ついてきてくれ』ですよ。私たちだって、嫌なものは断ります。そんな頼み方したら、私たちは行っても行かなくても、どっちでもいい存在なのかって思えてきちゃいます」

「こいつはな、保険をかけてんだよ」


 ウルウェンテがジークに親指を向けながら、イルネスに話しかける。


「自分は『危ないぞ』って警告をした。それでもついてきたんだから、自分のせいじゃない、ってな」


 イルネスの方を向いてはいるが、その言葉は間違いなく、ジークに突き刺すために放たれた言葉だ。

 厳しく、そして――反論できない言葉だった。

 もちろん、イルネスの言うように「どっちでも構わない」なんて思っていないし、ウルウェンテのように「自分のせいじゃない」なんて責任逃れをするつもりもない。

 だが、もしかしたら……心のどこかにあったその思いが、言葉を、表情を通して伝わってしまったのかもしれない。

 今までの依頼でも、ウルウェンテやニムニリトの加入でも、ジークは相手の判断に任せてきた。

 裏を返せば、ジーク自身が判断していないということでもある。

 リーダーとしての決断力が、足りていないのかもしれない。


「……そうだな、言い改めるよ。この依頼、オレは受けたい。みんな、力を貸してくれないか」

「最初からそう言やぁいいんだよ」

「もちろんです、師匠!」

「大したお役には立てませんが、ボクも行きます」


 それぞれが明るい顔で返事をくれた。

 それが、心強かった。

 出発の準備をするように、それぞれに伝えてその場は解散とする。

 ジークにはまだ、話を聞いておきたいヒトがいるのだ。

 公園へ向かい、ベンチで待つことしばし。


「はろー」


 片手をあげてやってきたのはマルフィアだった。

 ギルドで伝言を頼んでおいたのだが、無事に伝わってくれてよかった。

 タイミングもばっちりだ。

 いつもの明るい雰囲気で、小走りに近づいてくる。


「こうやって公園で待ち合わせとかさ、なんか恋人同士みたいじゃない?」

「そういうのは若者たちの特権だろう」

「私がオバサンだって言いたいワケ?」

「違う、オレの年齢だ。マルフィアはまだ十分に若いし、見た目も――」


 言いかけて、やめる。

 中年の男が若い女性の容姿を褒めたところで、気持ち悪いだけだろう。


「見た目も、なに?」

「……立派な冒険者だ。オレたちが一緒にいたところで、妙な勘繰りを入れる奴はいないよ」


 マルフィアの表情が一気に曇り、拗ねたように唇をへの字に曲げる。

 余計なことを言って怒らせてしまったか……とジークは内省する。


「……で? 今日は何が聞きたいの?」

「マルフィアは……例の調査の依頼は、受けなかったんだな」


 ジークの言葉に、マルフィアが真顔になる。


「そりゃね。苦い記憶しかない相手だし。メンバー一致で不参加……って、まさか、引き受けるつもり!?」

「ああ。ギルドにも、パーティメンバーにも話は通してある」

「せっかく忠告してあげたのに……冗談抜きで、死んでも知らないからね?」


 口調こそ変わっていないが、どこかぞっとする響きが込められていた。

 きっと彼女は、昔に【死霊術士ネクロマンサー】と戦った時、本気で死を覚悟した瞬間があったのだろう。

 身をもってその脅威を知っている彼女には失礼な質問かもしれないが、それでもジークは尋ねた。


「確かに、俺には荷が重い依頼だろう。それでも、行かなきゃならない理由があるんだ。だから、オレたちが少しでも生還できるよう、知っている限りの【死霊術士ネクロマンサー】の情報を教えてほしい」

「これって、情報交換?」

「もちろんだ」


 冒険者が持っている情報は、タダではない。

 リトルズギルドのように厳格に規定されているわけではないが、やはり冒険者が知りえた情報、経験には価値があるのだ。

 だいたいは同じくらいの情報を交換することによって相殺したり、酒や食事を軽く奢るくらいで済ませる。

 しかし、例えば強力な魔物の攻略法や弱点、『遺跡エデン』の発見や探索状況といった情報は、もっと大きな報酬が必要となる。

 冒険者同士で行なうとトラブルの元になるため、こうした価値の大きな情報はたいていリトルズギルドに買い取ってもらうのが手堅いが。

 マルフィアが「情報交換か」と確認してきたのは、つまり報酬を支払うつもりがあるのか、という意味だ。

 【死霊術士ネクロマンサー】の情報ともなれば、相当な額になるだろう。

 例え借金を抱えることになろうとも、ジークは支払うつもりだ。


「ふーん。……ま、いいよ。教えてあげる……と言っても、倒したわけでもないし【死霊術士ネクロマンサー】本人にすら会えてないからね。大したことは言えないけど」


 前置きしつつ、マルフィアは話し始めた。

 以前に触れた、実際の討伐依頼の経験をベースに、死霊術の前兆らしきものや痕跡などを分かりやすく解説してくれる。

 例えば、ただの死骸と、死霊術によって蘇り、術を解除された後の死骸では倒れ方に違いがある。

 例えば、死骸が動き出すと悪臭を含んだガスが出るため、臭いの変化や、松明やランプの炎の燃焼具合によって察知できる時がある。

 そういった貴重な体験を、マルフィアは惜しげもなく語ってくれた。


「あとは……ジークのパーティに『後衛』がいないでしょ?」

「ああ。痛いところだ」

「じゃあ、使い捨てでいいから聖魔道具を買い込んでおくこと。攻撃用のものが理想だけど、ただの『ライカ』でも『パンクラック』でもいいから」


 『ライカ』は明かりを灯す聖魔具、『パンクラック』は破裂して瞬間的に音と光を出す、目くらまし用の花火のようなもので、どちらも殺傷効果はない。

 『ライカ』の明かりは熱があるわけじゃないから触っても火傷すらしないし、『パンクラック』は弱い魔物を怯ませ、追い払うのが関の山で、耳元で破裂したとしても鼓膜を破る類のものとは違う。


「どうして?」

「アンデッド系の魔物対策ね。物理攻撃が効きにくい相手だけど、逆に言えば術や、神魔力を利用した効果には弱い。もちろん【死霊術士ネクロマンサー】本人には効果はないけど、少しでも『こいつ面倒だな』と思ってもらえれば、逃げられる可能性も上がるでしょ?」

「例えばスケルトンとかは、どう戦えばいい?」

「基本的には手と足を折る。動きと武器を封じるのが先ね。ちなみに頭は無駄。そこで考えたり物を見てるわけじゃないから。弱い奴は一度折っちゃえば無力化成功だけど、強い奴になると自然回復するから注意ね。折った骨が繋がって、また襲い掛かってくるから」

「強い奴と弱い奴の見分け方は?」

「見た目じゃほぼ分からないから、勘ね。強い奴のほうが当然、いい動きをするから、戦ってみて判断するしかないよ」


 気になったことを次々に質問し、マルフィアはそれに丁寧に答える。

 そうして話し込んでいると、気付けば日が傾き始めていた。


「あー、けほっ……だいぶ喋ったね。喉が渇いてきちゃった」

「……すまない。本来ならお茶でも飲みながら聞くべきだったが」

「分かってるって。さすがにカフェでこんな話してたら迷惑だろうし」

「そういえば、報酬については?」


 冒険者同士の情報交換の場合、事前にどのくらいが妥当かを決めておくのが暗黙のルールだ。

 文字通りの交換なら「こっちはこの情報」といった見出しだけを伝え、合意すれば詳細を教え合う。

 食事や酒、金なら「このくらいなら教える」と伝える。

 今回は相手がマルフィアということもあり、会話の流れで先に情報を聞いてしまったので後払いだ。


「うーん、そうだね……じゃ、依頼が終わって帰ってきたら、付き合ってよ」

「はっ?」

「一日、私に付き合って。他の予定とか何にも入れないで、私と二人っきりで一日、過ごしてほしい」


 冗談とか、からかっているという雰囲気ではなさそうだ。


「いや、さすがにそれではつり合いが――」

「大丈夫。高いごはんとか、いい服とか買ってもらうから。あ、さすがに聖魔具とかは買わせないから安心して」

「しかし――」

「……嫌なの?」


 顔を曇らせて聞き返してくるマルフィア。

 そう言われてしまっては、これ以上の反論はできない。


「……分かった。こっちとしては文句なんてあるはずない。マルフィアがそれでいいなら、喜んでご一緒させてもらうよ」

「おっけー、約束したよ。だから……絶対に生きて帰ってくること。いい?」

「もちろんだ」


 拳を向けてきたマルフィアに、ジークも自分の拳を向けた。

 そのまま公園で解散したジークは、いったん自宅へ戻ってお金を準備する。

 銀行にも貯金はあるが、咄嗟に使うためにある程度まとまったお金は自宅にも隠してあるのだ。

 それを持ち出し、商店街へ。

 いくつかの店を回り、聖魔道具を買い込んでいく。

 そもそも値の張るものなので、大量に、とはいかなかったが、手持ちの予算で目いっぱいの買い物はできた。

 家に帰って整理していると、帰って来た二ムが目を丸くして驚いた。


「どっ、どうしたんですか、これ」

「見ての通りさ。今回の依頼で持っていこうと思って」

「はあ……」


 攻撃用でもない聖魔道具を、これだけ持っていく理由を推察できなかったのか、二ムは困惑するばかりだった。

 ふと、思い出す。


「そういえば二ム、あの工房で『ライカ』を暴発させてたよな」


 ジークが、まさに二ムの才能を垣間見た場面でもあった。

 本来は偽装聖魔具『ライカ』の不具合で起きた現象を、二ムが手を加えることで意図的に引き起こしたのだ。

 ジークたちは彼の機転のおかげで窮地を脱することができた。


「え……はい、やりましたね」

「あの細工って、今ここにあるものでできないか?」


 テーブルの上には新品の『ライカ』と、ほか数種類の聖魔道具がある。

 マルフィアの話が本当なら、あの偽装『ライカ』の暴発も、アンデッドにはダメージになるのではないかと考えたのだ。


「うーん……完全に再現するのは難しいと思いますが……」

「法律的に問題はあるか? 聖魔具を改造してはいけない、とか」

「いえ、売ったり譲ったりするのは違法ですが、自分で使うものを自分で細工する分には問題はないです。……というか、普通は完成した聖魔具に手を加えることはありません。装飾とか、いわゆる外装部分を補修することはありますが」


 他人が刻み込んだルーン刻印術を、他の誰かが直すことはできない。

 これは常識であり、だからこそ、それを想定した法律も存在しないとういわけか。


「オレも手伝う。だから、ここにある『ライカ』を改造しよう。明後日の昼には出発するから、今日と明日の二日間で作れる分だけでいい」

「えーっ!」


 二ムは飛び上がるほどに驚いた。

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