第三章 4話
シロナに押し切られる形で、ジークは自分の過去や現状についてポツポツと話を始めた。
若い頃所属していたパーティのうち、二つが全滅し、自分だけ生き残ってしまったこと。
一方は仲間だと思っていた奴に裏切られ、もう一方はファイアドレイクに遭遇してやられたこと。
そうして暴れ出したファイアドレイクが、近くの村をいくつも滅ぼし――生き残った村の子供たちが、大きくなって目の前に現れたこと。
一人とはすでにパーティを組んでいるが、もう一人は今、考えさせている途中だということ。
シロナは「ふむ」とか「ほう」とか相槌を打ちつつ、ジークの話を大人しく聞いていた。
質問も挟んでこなかったので、ジークもするすると喋り続けてしまった。
「――オレは、英雄になりたかったんです。いや、今も目指してます。でも、どうしても足りないものがあるんです」
「ほう、それは?」
こればかりは口に出したくない言葉だった。
しかし、ここまで思っていることを喋り続けてきたせいか、シロナの穏やかな雰囲気に流されたせいか、とうとう緩んでしまった。
「才能……です」
天から授かった能力。
冒険者として大成するためには、絶対に必要なものだ。
魔物と戦うために必要不可欠な「神魔力」の才能は、生まれた時から決まっている。
その使い方や、付随する技術などは、もちろん修練によって鍛えるものだ。
しかし「どこまで強くなれるか」「どれだけ大きな術を使えるか」といった、限界値のようなものは、やはり生まれた時の才能が決定打となる。
三十年以上、ただ強くなることを望んで鍛え続けたジークが、わずか十七歳の少女に手も足も出ない。
そういう世界なのだ。
「ねえ、ジークくん」
話題を切り替えるようなトーンで、シロナが言う。
「神魔力というものは、どこから生まれてくると思う?」
「……生まれてくる、ですか?」
「例えば体力だ。働いたり、運動したり……疲れ果てたとしても、食事をとり、ぐっすり眠れば回復する。まあ、ジブンのような年齢になれば、それも時間がかかったりするけどね。しかし生きていれば、減ったままということはないよね」
「そりゃまあ……」
「神魔力もそう。魔物と戦ったり、術をいっぱい使ったり……使えば減って、疲れてしまうが、ゆっくり休めばまた、使えるようになっている」
「はい」
「それは、例えば女神様とかが、寝ている間に補給してくれているんだろうか?」
シロナが、背後に立つ女神像に視線を送りつつ言葉を投げかけてくる。
何かの学問の話だろうか?
何か意味のある会話には思えなかったが……それでもジークは、自分なりに考えて答えた。
「オレは……そうじゃないと思います」
神魔力を練っている時、自分の身体の中で渦巻くような、燃えるような感覚を覚えることがある。
少なくなった神魔力を絞り出そうとしている時も、身体の奥底から引っ張り出すような実感があった。
この力の奔流を「神様が与えてくれた」と言われても、納得しがたいものがある。
「いい答えだね。じゃあ次だが、女神様とかが与えてくれるものじゃないなら、自分の中から生まれてくることになる」
「そう……なりますね」
「それは、自分のどこからだろう?」
「どこって……」
自分の中、だけじゃなくて、さらに細かい答えということだろうか。
例えば腹とか、心臓とか、そういうところから神魔力は生まれている?
――いや、違う。
あの体中を巡り、満ちる感覚は、そんな表面的なものじゃない気がする。
「……魂とか」
ただの思いつきで呟いてみた。
聖教会の教義では、ヒトは肉体と魂によって形作られているという。
そして肉体が滅んだ時、善行を積んだ魂は女神によって天界へ召され、悪行を尽くした魂は邪神によって魔界へ堕とされるらしい。
ただ、それもあくまで概念的な話であって、実際に魂の存在が証明されたわけではない。
魂なんてものは存在しない、と力説する学者も一定数いるくらいだ。
聖教会に馴染みのないジークも、どちらかといえば懐疑的な立場である。
しかし。
「神魔力は魂から生まれる」と考えてみると、意外なほどにしっくりくる自分がいた。
シロナが小さく頷く。
「まず一つ、答えにたどり着いたようだね」
「魂で合ってるんですか?」
「大切なのは、ジークくんの中での正解さ。己の答えに、すごく納得しているだろう?」
「確かに、そんな感じですが……」
「では次に行こう」
戸惑うジークをよそに、シロナは話を進める。
「もし魂から神魔力が生まれているとしたら、ヒトによってそんなに大きな差があるものなのだろうか?」
「え?」
「ヒトは死ぬと魂が天に召されるというが……つまり魂とは、命と言い換えることもできそうだよね」
「まあ、そうですね」
「病気やケガ、あるいは生まれついての障害によって、短命に終わる者も、もちろんいる。しかし……天寿という意味では、種族ごとにある程度、同じだけのものが与えられていると思わないかい?」
「平均寿命とか、だいたいの目安はありますけど」
例えばヒューム族なら七十歳前後。
エルフなら二百歳、クォルトなら五十から六十。
シロナのようなファンギア族なら六十から七十くらいと言われている。
「そう。与えられた肉体によって例外や、多少の増減はあるが……命、つまり魂の時点では、だいたい同種においてヒトは、平等と言えるのではないかな」
「――――っ!」
シロナの言いたいことが、分かった。
魂は平等。
つまり、そこから生まれてくるはずの神魔力もまた、平等であるはずだ。
「いや、しかし待ってください。神魔力には型があります。平等なんてありえないですよ」
「そうだね。ヒトには個性というものがある。料理が得意な者、歌が得意な者、手先が器用な者……みな、得意なものは違うのさ」
「それは分かってます。でも、オレの型は……ないんです」
得意な型のない、最低限の神魔力しかない凡庸タイプ。
それがジークだ。
通常は、聖教会の洗礼の儀によって、得意な型が見定められる。
『顕現型』なら術者候補として聖教会に入ったり、魔術士ギルドに勧誘される。
『活性型』なら「前衛」として、肉体を使って戦う技能を鍛える。
『知覚型』なら感覚を鋭く強化できるので「補助」が適任だ。
こうして『
タイプなしと判定されたジークは、それでも冒険者になりたくて「前衛」になる道を選んだ。
だが、現実は何よりも残酷だ。
ジークが十の努力で身につけたものを、他のものは二、三の努力で抜いていく。
新人冒険者が、自分より強くなって活躍していくのを、もう何十人見てきたことだろうか。
何をやっても人並み以下。
自虐でも揶揄でもない、文字通りの底辺冒険者――
「誰が決めたんだろうね」
シロナが問いかける。
視線はジークではなく、夕焼けの空を眺めていた。
「神魔力には型があり、その型に適した役割を担う――確かにそれは、効率的な最適解なのかもしれない。しかし、そうした『お手本』とは違った道が、案外、あったりするものだよ」
「……自分だけの型、ということですか?」
「言うのは簡単だけれどね。しかし、魂が平等で、神魔力も同じく等しいとするならば、才能の差というものは『いかに自分の力を活用できるか』ということではないかな」
「オレはまだ、力の活用方法を知らないだけかもしれないと?」
「そう。足りないのではなく、知らないだけ。そう考えたほうが、ずっといいだろう?」
「……確かに」
ジークは小さく笑いながら、自分の掌を見つめた。
ずっと一人で、強くなるために必死にもがいてきたが、その方法自体が間違っているかもしれない。
鍛え、武技を学び、稽古を怠らない――それだけではない、何か。
「どの型でもないということは、どの型にもなりうる可能性があるということさ。特化されていないことは、幅広く柔軟であることでもある」
「……それ、器用貧乏って言いませんか?」
「器用であるのはいいことだよ。貧乏になるかどうかは、本人次第さね。最初から『向いてない』と諦めないで、いろいろ学んでみたらどうかな」
いろいろと学ぶ。
確かに、そう考えたことはなかった。
そもそも洗礼の儀式で「見込み無し」とされてしまえば、術者への道は半ば途絶える。
もちろん、個人的に誰かに師事したり、勉強したりして覚える方法はある。
冒険者の中には、いくつかの術を知っているだけの、ギルド出身でない【
しかし、知識や経験は「財産」だ。
教えてもらうには報酬が必要となる。
特に魔術や聖術といったものは、習得するのに何年も修行が必要で、それを教えてもらおうとすれば、相応に高額な謝礼が必要だ。
報酬を払い続け、何年も修練に励んだはいいが、実際には術を使えず師匠に逃げられる、といった詐欺まがいの行為も少なからずある。
そもそもジークには、頼める相手も、払える報酬もなかった。
故に、最初から「後衛になる」という選択肢はなかった。
だが、今なら――どうだろうか?
何か、少しでも学べる方法が、あるのではないか?
「……いい顔になってきたね。さっきまでの、言い様の無い表情とは別人のようだよ」
「そんなに酷い顔をしてましたか?」
「一晩で全財産をスったギャンブラーのようだったよ」
シロナがニヤリと笑ったので、ジークも噴き出してしまった。
自分のこと、二ムのこと、現状は何も変わっていないのだが、それでもずいぶんと心が軽くなったような気がする。
「シロナさんは、学者ですか?」
「ほう、何故そう思うんだい?」
「以前、哲学者と名乗るヒトと話をしたことがありますが、似た感じがしたので。冒険者ではないですよね」
「確かに冒険者ではないよ。でも、学者でもないね。気になるかい?」
ジークは素直に頷いた。
『
そうでなければ、こんな時間まで、街から離れた場所にいるのは危険すぎる。
しかし、冒険者でなく、学者でもないとしたら、何をしているヒトなんだろうか?
商人や吟遊詩人でもなさそうだし、単に旅を楽しんでいるだけの放浪者?
「ジブンは探究者さ」
「……聞いたことがないですね」
「そうだろうね。今は、ちょっとした調査でここに来たのさ」
「それって、もう終わったんですか?」
「いや、まだ途中……だけど」
答えながら、シロナが少し眉根を寄せる。
ジークが何か言いたげなのを察したようだ。
「また会えませんか?」
「ジブンと、かい?」
「もちろんです」
シロナが細い目をまん丸に見開いて驚いている。
親しみやすいながらもどこか達観したような雰囲気のある彼女も、こんな顔をするのかと思った。
「口説くならもっと若い娘にしときなよ」
「あっ、いや、そういう意味で言ったわけじゃなく!」
少し慌てたジークは、わざと大きな咳払いをして話を切り替える。
「今日、話をして、少し分かったというか……オレの視野の狭さに」
「ふむ」
「これでもオレは、強くなろうと思って、いろんなことを試したつもりでした。可能性があるなら何にだって飛びついてきた。でも、そんなオレの三十年の常識を、あなたはこの短い時間で塗り替えてしまった」
「ジブンはただ、話をしただけさ。それに、今の話の結論は、キミが結果を出してこそ意味がある。まだジブンを評価する段階じゃないよ」
「それでも、です。シロナさんの話は、オレにとってはすごく価値のある、大切なことだと感じたんです」
現状を打破できない閉塞感。
自分なりに頑張って、努力して、学んで……その結果が今の自分だ。
――変わらなければ。
無謀な夢に挑むと決めたのだ。
今さら、変化を恐れていては始まらない。
シロナはいい意味で、自分を変えてくれそうな気がする。
「アグロアーへ行きませんか。宿代や食費はオレが持ちます。もっと話を聞かせてください、お願いします」
「まいったねぇ……」
頭を下げるジークに、シロナは困った声で呟く。
「ジブンは、ヒトの街は苦手なんだよ。生活しにくいというかさ。行けなくはないが……」
その話は聞いたことがある。
獣人が他種族の街や村に行きたがらないのは、過去の差別もあるが、一番大きな理由は「生活習慣の違い」だろう。
例えば獣人は全体的に、衣類をあまり身に着けない。
もちろん肝心な部位は覆っているが、体毛や鱗がある種族が多いだけに、露出度は他種族に比べて高い。
これは地域と文化によっては、現地のヒトから非難されかねない習慣だ。
他には、嗅覚が敏感で、ヒトの密集する場所に近寄れないとか、生肉を食べるため野蛮に見られたりとか。
獣人のタイプや個人によって平気な者もいるが、多くは「苦手に思う」らしい。
ジークは言葉に詰まる。
さすがに、彼女に苦痛を強いるのは申し訳ない。
しかし、このチャンスを逃したくはない。
何か方法はないものか……
「シロナさんは、まだこの場所に用があるんですよね」
「ここだけじゃないけどね。いろいろこの地域を見て回りたいと思っているよ」
「でも、街には行きたくないと」
「ああ。大きな街は特にね……街に泊まるくらいなら野宿のほうがいい」
「じゃあ、オレが旅に必要なものを買ってきます」
「は?」
「食事とか、調味料とか、服や道具でも、言われれば何でも用意します。シロナさんの用事を手伝ってもいい。その代わり、定期的に会って、話を聞かせてほしいんです」
「おいおい、何もそこまで――」
「お願いです、オレのわがままに付き合ってください!」
再度、ジークは深く頭を下げた。
必死だった。
冒険者になって二十年、ずっと変わらなかった状況が、もしかしたら変えられるかもしれない。
年齢的にも、ジークの成長はとっくに下り坂に入っている。
目の前のきっかけを、簡単に逃すわけにはいかないのだ。
シロナは小声で「うぅむ」とか「あー」とか呟いていたが、やがて大きなため息をついた。
「……元はと言えば、ジブンがジークくんの悩みを強引に聞き出したのがきっかけだしねぇ。踏み込んだ分の責任は、取るべきかね」
「じゃあ……!」
「分かったよ。その交換条件を飲もうじゃないか」
顔を上げたジークに、シロナはニッと笑って見せた。
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