第三章 2話
はぐれオークを討伐したジークたちは、目撃情報を寄せた麓の村の小さな修道院で治療を受けた後、アグロアーへと戻った。
乗り合い馬車で三日ほどの距離だが、旅費代はギルドが報酬に加算してくれるので、節約を考えなくていいのはありがたい。
道中、イルネスはいつもの調子に戻ってお喋りをしていた。
ウルウェンテがそれに適当な相槌を打つのも見慣れた光景だが、ニムニリトだけは少し言葉少なだった。
悩むのも当然だろう。
故郷を、そして両親をファイアドレイクによって失った二ム。
それに引き換え、ファイアドレイクと戦いもせず、逃げ出して生き残ったジーク。
自分の大切なヒトたちは死んだのに、臆病者の冒険者だけがどうして生き残るのか。
――そう思われても、仕方がない。
「おいジーク」
アグロアーに戻り、ギルドで報酬を受け取って分配し、解散の流れとなった後。
壊れた装備を補修しに行こうと思っていたジークに、ウルウェンテが声をかけてきた。
「なんだ?」
「……あんま、思いつめるなよ」
努めて表情には出さないよう振る舞っていたはずだが、どうやら見抜かれていたようだ。
それでもジークは、小さく笑みを浮かべて見せた。
「ああ、大丈夫だ」
「嘘つけっての。アンタみたいな顔した冒険者、けっこう見かけるんだよ」
「そうなのか?」
「なまじ『
「それは――」
「くだらねぇ正義感だよな」
ジークの横に並んで歩きながら、ばっさりと斬ってきた。
「……手厳しいな」
「反省とか、改善とか、そういうのはすればいいさ。でも、運とか、ありもしない実力を見積もって『もっとやれた』ってのは、ただの妄想だ」
ウルウェンテは、いつになく辛口だった。
その視線は、ジークではなく、別の何かを見ているようでもあった。
「……とはいえ、な。魔物の被害者としては、誰かに恨みをぶつけたいってのは理解できなくもねえ。こっちとしちゃ理不尽だが、感情の問題だからな。助からなかったのは冒険者のせい、ってことにしときゃ、不満をぶつけられる。アタシもそういう経験あるし」
「ウルウェンテも?」
「おうよ。こっちは『補助』だっつーのに。『
「……まあ、それは分かるが」
ジークのような底辺冒険者でも、そういう目で見られることはある。
底辺とは言っても、単純な戦闘力でいえば『
毒や不意打ち、騙し討ちを除けば、だが。
とにかく、両者の間には、それほど肉体的戦力に差がある。
「だから……しんどくなったら、言えよ」
ぽす、とウルウェンテの力のない裏拳が、ジークの肩を叩く。
不思議と、気分が軽くなったような、そんな気がする。
「……ありがとう。二ムのことは、彼の答えを待つつもりだ」
「いいんじゃねえの。子供には時間が必要だ。――っと、忘れてた」
ウルウェンテが、ジークに一枚の用紙を渡してくる。
「それ、明日にでも提出しといてくれ。さっき出し忘れたから」
それは、パーティ加入の申請用紙だった。
彼女の署名、そしてリーダーの部分にはジークの名前が記入されている。
顔を上げると、ウルウェンテはジークから離れて宿の方角へ向かっていた。
振り向くこともなく、片手を振っている。
パーティ加入申請には、リーダーと加入者の同席が必要なのだが……まあ、モルトーネさんかハロルドさんなら、通してくれるだろう。
ジークは用紙を大切に懐にしまいつつ、道を歩いた。
それから鍛冶屋や、いくつかの店を回っていると、見知った男の顔を見かけた。
「ルインさん、こんにちは」
「ああ、ジークか。依頼はもう終わったのか?」
聖魔具修繕の個人店をやっているルインは、無精ひげの生えた口元に笑みを浮かべた。
彼も一端に絡んでいた聖魔具偽装事件は、つい先月のことだ。
「ええ。ですがちょっと装備品を壊してしまって。ルインさんの方は、店を再開するって聞きました」
「まあね。……正直、すごく迷ったんだけど」
ルインは、偽装された聖魔具を仕入れ、販売していた。
正確に言えば、仕入れ品に違和感があったものの、そのまま売ったのだ。
その後、自分の罪を認めて商人ギルドに自ら申告したのだが、その裁定は「一ヶ月間の営業停止」と「聖魔具の商品の買い付け禁止三ヶ月」だった。
偽装聖魔具と分かった上で売ったのならもっと重い罪になり、場合によっては領主による実刑もありえた。
しかし今回は、他の商人が見ても偽装の細工が巧妙で「言われてもなかなか気づかない」レベルだったことがルインにとって幸いだった。
要するに「騙されて仕入れても仕方ない」と認められたのだ。
「俺のとこは軽い処罰で済んだけど、もっとヤバい橋を渡ってた奴もいたみたいで。そっちは夜逃げしたみたいだ」
「ヤバい橋というのは?」
「聖魔武具の密造品とか、呪術系の聖魔道具とか、詳しくは知らないけど……こっちは見つかり次第、死罪は間違いないだろうってさ」
「そんな店もあったんですか……じゃあ、ルインさんも取り調べとか大変だったんじゃないですか?」
「まあ、俺は自業自得だし、店の商品も帳簿も、すべて見せたよ。俺のところに聖魔武具とか呪術品とかはないしな。……それでも、店を畳もうかと考えたよ」
ルインは、少し恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
「でも、ボルグを始め、何人かが『辞めるな』って励ましてくれてな。店が大きくならなくても、俺の仕事に期待してくれるヒトがいる限り、頑張ってみようと思ったんだ」
ボルグがそんなことを言うとは意外だった。
彼の仲間は、偽装された『ライカ』の暴発によって負傷したと言っていた。
ルインの店に怒鳴り込んできたときも、相当な剣幕だったのを覚えている。
「悪いのは、俺たちを騙して儲けようとした奴らだってさ。ボルグなんか『犯人を血祭に上げてやる』って息巻いてたよ」
「あいつらしいですね」
実は、実行犯の一部をすでにジークが葬った後なのだが、そのことは他の誰にも話していない。
リトルズギルドとの話でそういう約束にしている。
「そんなわけで、店を開けることにはしたけど……もし偽装された聖魔具を見かけたら、持ってきてくれ。買ったヒトに、できる限りの補償をするよ」
「それは商人ギルドが動いてるんじゃないですか?」
「そうだけど、やっぱり俺としても、ちゃんと謝罪したいんだ。俺を許して、店に来てくれるヒトだけじゃなくて、許さないと思っているヒトに対しても、きちんと頭を下げたいんだ」
改めて、ルインの店が冒険者に支持される理由が分かる。
ジークが頷くと、ルインは小さく笑みを浮かべ、それから思い出したように話を変えた。
「そういえば、お礼を言うのを忘れてたな。ニムニリトくんを紹介してくれてありがとう」
偽装事件が一応の終わりとなってすぐ、ジークはまず二ムの仕事を探した。
冒険者となり、ジークのパーティに入った後で、ファイアドレイクの話をするのはフェアじゃない。
まずは二ムの生活のため、働く場所を用意してから、改めて二ムに判断を委ねたかったのだ。
「彼の働きぶりはどうですか?」
「ものすごく助かってるよ! 彼は元々、聖魔具には詳しいし、扱い方も心得ている。取り引きについても知ってるし、物覚えも早い。大助かりだよ!」
「でも、元々はルインさん一人で回してた店なんですよね。ヒトを雇って、やりくりとか大丈夫ですか?」
「以前は、俺の手が回らなくて、一人でできる範囲で仕事を引き受けてたからね。でも、彼のような優秀な人材がいれば、二人分……いや、分担を考えたら三人分くらいは仕事を引き受けられる。むしろ利益はマシマシさ」
「そんなにですか……」
「あ、もちろん今回のように冒険に出るときは遠慮なく言ってくれ。元は冒険者を応援したくて始めた仕事でもあるからね。ジークたちの足を引っ張ることはしないよ」
活き活きと話すルインは、二ムニリトがいて本当に助かっていると思っているようだ。
彼の店で偽装された聖魔具だと見抜いたのは二ムだ。
見方によっては、彼のせいでルインは窮地に立たされたと考えることもできる。
しかしルインは、本質をきちんと理解し、反省した上で、次への一歩を踏み出そうとしていた。
すごい人だな、とジークは思う。
何度かの挫折を味わい、それでもルインは前に進もうとしている。
……いつまでも底辺から、果てしない夢に縋りついている自分とは違う。
「ありがとうございます。二ムニリトのこと、よろしくお願いします」
「何だ、まるで親みたいなことを言うんだな」
ルインは軽く笑って流したが、ジークは少し違う意味も込めていた。
ニムニリトの選択によっては、これからどうなるか分からないのだから。
「……っと、長話をしてすまないな。店が開いたらまた寄ってくれよ」
「もちろんです」
ルインと挨拶して別れたジークは、その足で貧民区へと向かった。
目的はもちろん、リトルズギルドである。
「よお、ずいぶんこっぴどくやられたみたいじゃねえか」
ほとんど顔パス状態で組長アイザーの部屋へ通されたジークは、組長の言葉に肩を竦めながら応接テーブルの席に着く。
「相変わらず情報が早いですね」
「それが仕事だからな。ウチの情報網をナメてもらっちゃ困る」
「こんな底辺冒険者の動向なんて、調べても金にはならないでしょうに」
「元副組長に一泡吹かせたヤツが、どの口で言ってんだ」
組長の口元は笑っていたが、目は鋭かった。
結果的に彼の利となったが、偽装事件では組長自身もジークにうまく利用された一人だった。
ジークとしては、そうしないとどうにもならなかったから必死でやっただけで、もう一度この男をやり込めることができるかと言われれば否だ。
一瞬、謙遜しようと口が動きかけたが……やめた。
せっかく高く見積もってもらっているのに、自分から値を下げる必要はないし、何というか、組長はこのやり取りすらも楽しんでいるように見えた。
対等とは言わないが、自分にパンチを食らわせた男を認めているかのような。
しかし一方で、ジークの情報を詳細に集めているということは、警戒されているということでもある。
もしもに備えてチェックの必要はある――といったところか。
組長は口元のヒゲを触りながら、ジークの姿を無遠慮に眺めた。
「しかしまぁ、木っ端とはいえ、ウチのギルドメンバーを殺った男が、オーク一匹に歯が立たねぇとはなぁ」
「……オレの口から言わせようってことですか」
少しだけむっとして、ジークは呟いた。
砦に乗り込んだ時、ジークはウルウェンテと協力して四人を倒した。
それが可能だったのは、組長の言うように木っ端、つまり捨て駒程度の相手だったのと、彼らが「補助」だったからだ。
リトルズギルドに加入している者たちは「補助」のポジションだ。
「前衛」のような肉体的な強度も「後衛」のような必殺の術もない。
正面からぶつかれば「前衛」としては底辺のジークでも勝負になった、というだけのことだ。
ただ……それでも、実行犯の指揮官と思わしき二刀の男は互角以上の強者だった。
副組長が捨て駒として切った男ですら、ジークは命がけで倒さなければならなかったのだ。
「ちょっといじめ過ぎたか。まぁ、オッサンの若手いびりだと思って諦めてくれ」
「オレ、もうすぐ四十歳なんですけどね……」
「んで、だ。ここに来たってことは、例の催促だろ?」
ジークは組長からの依頼の報酬として「情報」を貰うことになっている。
その内容は、すでに決めて組長に伝えてあった。
「どうです?」
「そんなすぐに掴めるかよ。未確認の『
渋い顔をする組長に、ジークも少し落胆する。
『
魔物の大量発生によって滅びる前は、現在の水準をはるかに上回るほどの技術があったという古代文明。
彼らが当時の技術を駆使して作られた聖魔具もまた、その跡地に残されている。
もちろん発見できるかは運次第で、まったく残っていない可能性もある。
それでも、市場に出回っている破格の聖魔具に手が出ない冒険者や地方領主などは、一攫千金や絶大な力を求めて『
冒険者が「冒険者」と呼ばれる所以は、ここから生まれたとも言われている。
百年前の大戦争によって魔物の勢力はかなり減ったとはいえ、大陸にはまだまだ未踏の地がある。
あるいは、すでに発見された『
ジークは、そうした場所を探して、教えてほしいと組長に頼んだのだ。
だが、それは冒険者の誰もが――いや、領主や国王でさえ、手にしたい情報だ。
最初に踏み込むことができれば、見たこともない夢のような聖魔具や財宝が手に入るかもしれないのだから。
組長は机を指先でトントンとつつく。
「いいか、未確認の『
「……分かっています」
「ホントかよ。まあ、約束は約束だからな。引き続き調べるが……ガチでいいネタが入った場合は、他に回すぞ」
つまり『
ジークは小さく笑みを浮かべて頷いた。
組長がどんな情報を掴んだか、なんてこちらには分からない。
それなのに、わざわざこんな宣言をするとは……真面目というか、義理堅いというか。
たぶん組長個人としては、そうした「ガチでいいネタ」を渡してもいいと思っているのかもしれない。
しかし、彼はリトルズギルドの長だ。
組織の莫大な利益をフイにしてまで、底辺冒険者を贔屓することはできないと判断したのだろう。
「……何笑ってんだ、気持ちワリぃ」
「いえ。組長の判断に任せます。ただ、できたら早めにお願いします」
ジークは小さく頭を下げると、出された水を一口だけ飲んで部屋を出た。
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