二章 第20話
砦から脱出したジークたちは、麓の村から宿場町を経由してアグロアーに帰ることにした。
結局、組長や彼の部下たち、副組長側の敵とも出会うことはなかった。
四人の負傷や疲労を考慮して、乗り合い馬車を使って余裕のある行程を組む。
そうして五日後、無事にアグロアーまで帰ってくることができた。
「……よう、久しぶりだな」
そう呟いたのは、組長アイザー。
ジークたちは、リトルズギルドの組長室に呼び出されていた。
息つく暇もないとはこのことである。
応接用ソファに添わっているのはジークとウルウェンテ、ニムニリト。
イルネスは念のためということでソファの後ろに立っていた。
ウルウェンテはジークと一緒に来るのを渋ったが、依頼の件と言われれば同行する他ない。
ちなみにニムニリトは、リトルズギルドとの話が一段落するまでという話でジークの家に泊まらせている。
二ムはものすごく恐縮していたが、そうしなければ救出した意味がなくなる。
状況がどうなったかも分からない内に一人にしては、また誘拐や口封じといった危険に晒されることになりかねない。
「組長さんもご無事で何よりです」
「たりめーよ。この椅子は、単なるまとめ役では座れねぇ」
組長が椅子をばしばしと叩く。
その様子を見ると、どうやら作戦はうまくいったようだ。
「副組長は捕まえられましたか?」
「いや、逃げられた。どうやらあの砦自体を囮に使ったようだな」
え、と思っていると、組長がすぐ補足する。
「砦に証拠もあったし、奴の逃走ルートも把握済みだ。どっちみちギルド内では死んだも同然、目的はほぼ達成された。まあ……俺の沽券に関わることでもある。最後まで始末はつけるがな」
組長の目の奥に冷たい光が見えた気がして、ジークはぞっとした。
やはりリトルズギルドを敵に回しては、まともに生きていけないだろう。
「あの……先生の遺体は、どうなったんでしょうか?」
ニムニリトが、おずおずと手を挙げながら質問する。
組長は小さく頷いた。
「今日、あんたら四人を呼んだのも、まあそれ絡みだ。あのドワーフの職人だが」
「言っとくが、アタシらじゃねーぞ」
ウルウェンテが口を挟むが、組長は手を振って答える。
「分かってる。刺し傷は一つで、ウチの支給品でやられていた。あの首を折られてた奴に返り血もあった。状況証拠は問題ねえが……最後の確認も含めて、あの場であったことを教えてくれ」
「分かりました」
ジークは地下に下りてからの一連の出来事を説明した。
「……なるほどな。こちらの集めた証拠とも一致する。嘘じゃなさそうだ。もう一つ、このノームは弟子と聞いているが、偽装との関わりは?」
「たまたま見抜いただけです。過去の修行遍歴でも、ほとんど工具に触らせてもらったことすらないそうです」
「ふむ……そうか」
組長はそう答えてから、二ムに視線を移した。
「結論から言うと、あのドワーフの遺体は返せねえ。今回の出来事は、リトルズギルドにとって汚点だ。特にウチの支部じゃ特大のな。国や領主に知られちゃ困る。証拠はできる限り、消さなきゃならねえ」
「それじゃお葬式もできないじゃないですか!」
叫んだのはイルネスだ。
気持ちは分かるが、こういう場であまり激しい感情を見せるのはよろしくない。
今後は改善していくよう指導する必要がある。
「……お前たちに遺体を返し、聖教会で葬儀となれば、領主に報告が行く可能性が高い。何せ死因がショートソードでの刺し傷だからな。そうなれば、偽装の件も公になり、それを製造した『先生』も罪人として公衆に晒されることになる。遺骨は没収され、罪人墓地に納められるだろう。それでも返せって言うのか?」
「そっ……それは……」
イルネスは言いにくそうに、ニムニリトの背中を見る。
しばらく沈黙が続いたが、二ムは応接用テーブルをじっと見つめた後、呟いた。
「……分かりました。遺体はお任せします」
「賢明で助かる。……まあ、あれだ。消すとは言ったが、埋葬についてはウチ流のやり方で、丁重にやろう。ぞんざいに扱わないと約束する」
「あ、ありがとう……ございます」
礼を言うべきか迷ったような声で、二ムは頭を下げた。
内心は複雑だろうが、ダイアモンの名誉を考えると、これが落としどころなのかもしれない。
彼がそれを望んでいたのかどうかは、今のジークたちには分からない。
もしかしたら、領主によって裁かれ、人々に真実と罪を晒すことこそ、彼が望んでいた末路かもしれない。
ただ、思う。
ダイアモンが追い詰められ、それでも大切にしていたのは、自分の命でも、名誉でもなく――ただ一人の弟子だったのではないかと。
もしダイアモンが罪人になれば、弟子であった二ムにも汚名が着せられる。
そうならないよう、自分のことは闇に葬ってほしいと願っていたのでは。
あの時「体に触るな」と言ったのは、自分の遺体がどうなるかまで予測していた言葉ではないか。
そんな風に考えるのは、都合が良すぎるだろうか。
「……さて、次の話に行こう」
組長がそう言って、手を叩く。
すると入り口のドアが開いて、布のかかったワゴンを押して男が入ってきた。
使用人のような恰好をした男は、無言でワゴンを組長の横まで持ってくると、そのまま無言で立ち去る。
足音も、衣擦れの音すらもないのはさすがだ。
組長がワゴンの布を取ると、大きな革袋が乗っていた。
袋を手に取って揺すると、じゃり、と金属の音がした。
察するに貨幣の入った袋か。
相当な額に見える。
「これは、例の工房にあったものをすべて換金したものだ。さっきも言ったが、こっちは証拠を残すわけにはいかねえ。足がつかねえように流した」
「それって偽装品も?」
「アホか、それを悟られねえように工作してんのに、そのまま売るわけねえだろ。バラして、売れる部品だけだ。芯盤は砕いて廃棄した」
アホ呼ばわりされたイルネスが頬を膨らませる。
それはともかく、処分したお金をここに持ってきたということは――
「工房も、資材もあのクソ野郎……元副組長ギルモアの出したもんだ。こっちで回収してもいいんだが、あんたたちは予想以上に頑張ってくれた。おかげでウチの負傷者はほぼゼロだからな。謝礼代わりだ」
「えっ……」
二ムが驚いたように声を漏らす。
慌てるように周囲を見回した後、何か言いたげにジークの方を向いた。
この遺産をどうするかは、ニムニリトに任せるのがいいだろう。
仮に、彼が自分で受け取ることを選択しても、それを尊重したい。
ジークが頷くと、二ムは意を決したように組長に向き直った。
「このお金は……受け取れません」
「なに?」
「その代わり、偽装魔道具を買ってしまったヒトたちの補償に、使ってくれませんか? 買い戻すとか、代わりの品を渡すとか……怪我したヒトがいたら、治療費とかのために」
「……ふぅむ」
組長はしばらく考えていたが、やがて小さく手を叩くと、先ほどの男が再び入室してワゴンを押して出ていく。
「……お前の言っている作業は、どのみちこっちでやるつもりだ。証拠はできる限り処分しなきゃならんからな。市場に流れちまった偽装品の回収と、購入者への口止め。関係者や各ギルドへの根回しも必要になる。もちろん例の商会にもな。クソ野郎の遺した金だけじゃ足りなさそうで頭を抱えていたところだ」
そういえば、ベネクシア商会も絡んでいたんだったな。
ジークは会ったこともない商会の幹部たちに密かに同情した。
会長の息子が跡目争いで違法行為に手を染めた挙句、リトルズギルドに借りを作ってしまうとは。
「さて、そうなると、ウチとしては別の報酬を用意せにゃならん」
「え、別に――」
「いらない、は勘弁してくれねぇか? おめえらが内密に手伝ってくれてた内はよかったんだが、こっちと連携して戦った以上、成果に見合った報酬を出さねえと格好がつかねえ」
イルネスが正直に答えそうになるのを、組長が止める。
確かに、実際はともかく、組長の部下たちはジークたちを「共闘した冒険者」と認識しているだろう。
ならば、きちんと謝礼を出しておかないと、身内から道義を欠く男、あるいはケチな男と思われてしまうかもしれない。
対外的な評価も下がる可能性がある。
追加の金品や情報を貰うことも一瞬、考えたが、ジークは別の提案をしてみることにした。
「じゃあ、オレから提案です。この件に関して、今後一切、オレたちに関わらないと約束してください。あ、もちろん絶交とかそういう意味じゃないですよ。あくまでこの一連の偽装事件についてです。オレたちの協力はここまで。疑うことも、見張ることもやめてください。オレたちも、この件は口外しません」
組長の視線が一瞬、二ムに移った。
それからジークを見て、口角を吊り上げる。
「なるほど……用心深い奴だ。いいだろう」
組長はどこか楽しそうにしながら手を叩く。
先ほどの男が入ってきて、テーブルの前で立ち止まったのを見て、組長は咳払いをしつつ宣言する。
「今後、偽装の件でここにいる四人への干渉は禁止する。また、ギルドを訪れた際は、優先して俺に話を通せ。これが俺からの報酬だ」
「かしこまりました」
男は再び、無音で退出する。
今の組長の言葉をギルド内に伝達するためだろう。
「やっぱり食えねえ奴だな、てめえ」
「職歴だけは長いので」
「冒険者ってのは、もっと目先の金だけ追いかけてりゃいいのによ」
「今は金よりも、欲しいものがありますから」
「なるほどな……っと、そういや調査依頼の報酬も、話しておかねえとな」
当初、ジークは「情報二つ」という報酬で、ギルモアの調査を引き受けた。
ウルウェンテは違う内容だったようだが、そちらは知らない。
そう思っていると、組長はウルウェンテに視線を移した。
「今回の件で、ウチでのお前たちの評判も高くなってきている。もう少し時間をくれれば、腕利きのを見繕って――」
「あーっと、組長、ストップだ」
ウルウェンテがやけに大きな声で待ったをかけた。
これには組長も予想外だったようで、目を丸くして驚いていた。
しかしすぐに、何かを察したようで、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ははぁ、そういうことか。お前、こいつらに何も言ってねえな?」
「……っ!」
ウルウェンテの褐色の頬が、かっと赤くなる。
何の話をしているのかと様子を見守っていると、組長がジークに言った。
「このエルフはな、お前たちのパーティに、優秀な『補助』の仲間を紹介してやってほしいと頼みに来ていたのさ」
「仲間って……どういうことですか?」
身を乗り出すイルネスに、組長は答える。
「嬢ちゃんが、ウルウェンテを勧誘してたのは知ってる。でも自分の能力じゃ嬢ちゃんたちに迷惑をかけるから、代わりの人員を見つけてやろうって思ったんだろうな」
「ストップっつったろーが!」
本気で恥ずかしがるというか、今にも組長に飛びつきそうな勢いのウルウェンテに、イルネスは感動したような視線を送っていた。
「ウルウェンテさん、私たちのこと、そんな風に思ってくれてたなんて……」
「やめろ! そういうんじゃねーから!」
何だか変な方向に話が行きそうだったので、ジークはウルウェンテの肩を軽く叩いて落ち着かせ、組長に向き直った。
「お話は分かりました。それについては、オレの分も含めて、後日改めて伺いますので、その時に」
「あんまり待たせるなよ」
組長の言葉に頷いて、ジークたちは部屋を後にするのだった。
リトルズギルドを出て、宿へと向かう道。
さっそくイルネスが、先ほどの話を蒸し返していた。
「ウルウェンテさん、一緒にパーティ組みましょうよ!」
「だぁーから、それは何度も断ってるだろーが!」
「ぜったい楽しい冒険になります!」
「楽しいかどうかが基準かよ!」
恥ずかしさからなのか、ウルウェンテの声も大きくなり、怒鳴り合いのような形になってきている。
ジークは足を止めて、ウルウェンテに向き直った。
「……オレからも、改めて頼みたい。パーティに、入ってくれないか」
「だから――」
勢いのまま言いかけたエルフは、ジークの真面目な雰囲気を察したのか、声を飲み込む。
一呼吸置いて、ジークは離し始めた。
「ウルウェンテにも、旅をする理由が何かあるんだろう。もし、その『何か』に出会ったのなら、そちらを優先してもらっていいし、パーティを抜けてもいい」
彼女は、割り切ったような性格に見えて、実際はとても義理堅く、情に厚い。
そのことはこの数ヶ月、何度も協力してもらったことで分かっている。
だからこそ、彼女は「自分の目的」と「パーティの目的」が被った時、どうするか迷ってしまうことを恐れている気がした。
だがそもそも、冒険者のパーティはそこまで強固な制約を課すものではない。
例えばマルフィアのパーティにいる【
結局その話は流れて、パーティを続けているようだが。
「いや、それは……そもそも、アタシの実力じゃ、とても役には立てねーよ」
「冒険者にとって、仲間は命と財産を預け合う、運命共同体だ。技術や能力はもちろん大事だが、それと同じくらい大切なものを、オレたちなら共有できると思っている」
「私もそう思います!」
イルネスも乗ってきて、ウルウェンテが困ったように視線を彷徨わせる。
「あー、くそ……こういう雰囲気になるのが嫌で、隠してたのによ。組長の奴」
フードの上からガシガシと頭を掻いて、そっぽを向きながら呟く。
「……アンタらが、そこまで言うなら……いつでも抜けていいって約束を守れるんなら」
「ああ、もちろんだ」
「やったぁー!」
イルネスが飛び上がり、ウルウェンテに抱き着いて喜ぶ。
エルフは嫌そうな顔をして見せるが、本気で少女を突き離そうとはしなかった。
「……あの」
それまでじっと話を聞いていたニムニリトが、ローブの前をぎゅっと握りしめて声を挙げた。
「ああ、すまない。身内だけの話をしてしまったな」
「いえ、そうではなく……その、ボクを、みなさんのパーティに加えてほしいんです!」
イルネスとウルウェンテが、ぽかんとした顔で二ムを見る。
予想外の発言に、ジークも内心で驚いていたが、できるだけ表情に出さないようにしながら尋ねる。
「それは、冒険者になるということか?」
「はい……あ、いえ、自分の適性とか、冒険者に役立つ技能とか、よく知らないので、冒険者になれるかどうか分からないんですけど……」
恐る恐るといった様子で前置きしつつ、ばっと頭を下げる。
「お願いします! できることなら、何でもやります! 荷物持ちでも、雑用でも、手伝えることなら何でも!」
「……理由を聞かせてもらえるか?」
「ボク、ずっと考えていました。職人になりたくて、でも相手にされなくて……何度も諦めかけて。でも、先生が最期に言ってくれました。ボクには無理だって」
「二ムくん、そんなことないよ!」
「ありがとうございます。でも……先生のもう一つの言葉を聞いて、思い出したんです。ボクが本当に目指したかったものが、何だったのか」
二ムはローブのポケットから、板を取り出した。
小さく割れているが、それは芯盤だった。
「信仰とか、才能とか関係なく、誰でも『術』が使えるように、その仕組みや理論を解き明かすこと。聖魔具づくりは、その第一歩として始めたんだってこと。だからボクは……もっといろんな聖魔具や、術や、魔物を見て回りたいと思ったんです」
「……オレは、底辺冒険者だ。今は、イルネスやウルウェンテの力を借りて何とかやってきているが、正直、どこまで行けるか分からない」
「さっき、ジークさんが言ったじゃないですか。仲間に必要なのは実力だけじゃないって。……みなさんは、ボクと先生のために命を懸けてくれました。だからボクもすべてを懸けて、みなさんの力になりたいんです!」
イルネスとウルウェンテが、ジークに視線を向けていた。
判断を委ねる、ということだろう。
「ボク、聖魔具のことなら詳しいです! 自分で作る技術は未熟ですが、ルーン術やルーン文字にも明るいつもりです。本当に、やれることは何でもやります。ボクをパーティに加えてください!」
「…………」
ジークは頭を下げたままの二ムに歩み寄ると、彼の持つ芯盤を取った。
「ジークさん……?」
「オレは、組長に一つだけ嘘をついた。二ムが偽装を見抜いたのは偶々だって」
あの工房で、二ムが咄嗟に投げつけた『ライカ』の芯盤の暴走。
それは彼が、構造を熟知し、細工をしたからこそできたことだ。
「ぜひ、オレたちに、その知識と技術を貸してほしい。これからよろしく頼む、ニムニリト」
「は……はいっ、お願いしますっ!」
「一度に仲間が二人も……今日は最高の日です!」
イルネスが再びジャンプし、全身で喜びを表現する。
冒険者に夢と希望しか抱いていない彼女ならではだと思った。
彼らを活かし、まとめていくジークとしてはそこまで楽観的にはなれないが……少なくとも悪いことではないだろう。
「軽くパーティでもすっか? アタシらの歓迎会も兼ねてよ」
ウルウェンテが冗談めかして言う。
ジークはその照れ隠しのような冗談に乗っかることにした。
すべて思い通りにはならないし、都合のいいことばかりは起こらない。
それでもジークは、英雄への道をみんなで探して行こうと決意するのだった。
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