二章 第17話

 リトルズギルドでのやり取りから、二日が過ぎた。

 ジークたちは万が一のことを考え、できるだけ三人で行動するように心がけた。

 昼はもちろん、夜もジークは自宅ではなく、二人が泊まっている宿に部屋を取った。

 いつでも救出に旅立てるよう準備を整え、冒険者ギルドなどを利用して自発的に情報も収集する。

 夕暮れになるとジークは冒険者の訓練場を借りて、身体を動かす。

 怪我の影響を確かめるためと、すぐにでも戦えるように勘を鈍らせないためだ。


「シッ!」


 盾を持つようになり、必然的に剣も片手で扱うのが基本となった。

 それに合わせて剣を少し短く、軽いものに持ち替えたため、攻撃力自体は落ちたと言える。

 木偶を破壊できないのは相変わらずなので、大差ないと言えばそうなのだが。

 しばらく無心で木偶を叩いていると、誰かに声をかけられた気がして動きを止めた。


「……え?」

「その辺にしといたほうがいいんじゃねーの、って言ったんだよ」


 振り返ると、ウルウェンテが少し呆れたような顔をして立っていた。

 いつものマントにフードを被った姿。

 この街の冒険者は、ほとんど彼女がエルフであることを知っているし、精霊術を使えないことも分かっていると思うのだが、それでも彼女は顔を隠すような恰好を止めない。


「そういえば、少し寒くなってきたな。そんなに経っていたか」

「無我夢中だねぇ。ほれ」


 近づいてきたウルウェンテが、タオルを投げて寄越したので、ありがたく使わせてもらう。

 夕焼け頃から始めていたが、すでに星が見えている。

 たった二日。

 その何と長く感じることだろう。

 ジークが訓練をしているのは、そうしていれば気が紛れるからでもあった。

 二ムとダイアモンは無事だろうか。

 居場所を掴める距離にいるだろうか。

 副組長側だって、証拠を消してから拠点を移すには時間がかかるだろうし、あのリーダーの男がミスの発覚を恐れて報告を上げなかったら、未だに撤収を考えていないということもありえる。

 まだ時間はあるはずだ。


「そう思い詰めんな」


 ウルウェンテに肩を軽く叩かれて、ジークは苦笑を浮かべた。

 時間が経てば経つほど、ニムニリトが拷問を受ける可能性は高くなる。

 ダイアモンが連中の要求をすぐ受け入れたとしても、見せしめに傷つけられることだってあるし、ある程度ダイアモンが従順になったら「そのうち合わせてやる」とだけ言っておいて、裏で始末してしまうことだってある。

 ダイアモン自身だって、拷問されないとは限らないし、もし組長の手が伸びていると分かったら、早々に口封じをされてしまうことも考えられる。

 本当は今すぐ街を飛び出したい。

 だが場所も知らず、戦う力もない。

 ジークにできることは、リトルズギルドの粛清の動きに乗じて、どさくさ紛れに二人を救出することだけだ。


「……でも、まあ、なんだ」


 ウルウェンテは視線を逸らし、鼻の頭を指先で掻きながらもごもごと言う。


「よくやったと、思うぜ。あの組長相手にさ」

「正直、生きた心地がしなかったよ」

「……でも、アンタはやり切った。アタシだったら、プレッシャーに潰されて何も言えなくなってた」

「オレも腕が震えっぱなしだった。ビビってたのはお互い様だよ」

「だからこそ、さ。勝てる相手に立ち向かうのは誰でもできる。負けて……殺されるかもしれないって相手に、誰かのために命を張ることができるってのは、すげえと思うのさ。アタシはそれこそ、英雄の行動だと思うけどね」


 照れくさそうに、少し早口に喋る彼女を見てようやく、励まそうとしてくれていることに気付く。


「ありがとう」

「別に、礼を言われるようなことじゃ……」


 ウルウェンテがここまで照れている姿を見るのは初めてだ。

 ジークもそうだが、ソロ活動が長かったこともあり、親しい間柄でのこうしたやり取りに慣れておらず、気恥ずかしいのかもしれない。


「そういえば、イルネスは?」

「アンタが夢中で訓練してるのを見て、夜食を買ってくるってさ」


 説明しながら、ウルウェンテが背後に親指を向ける。

 そこには、何かの包みを片手に持ったイルネスが、こちらに向かって歩いてくるところだった。


「ただいま戻りました! もう修行は終わりましたか?」


 ジークを気遣って、栄養補給のために買ってきてくれたのだろう。

 単独行動は褒められたものではないが、提案した自身が訓練に没頭していて、イルネスがいないことに気づかなかった。

 彼女を責めるより先に、自分が反省すべきだろう。


「……悪い。手間をかけさせたな」

「いえ、このくらいは。あ、もちろんウルウェンテさんの分もありますよ!」

「そりゃどうも」


 イルネスが買ってきたのはクラブサンドだった。

 露店は閉まっていたので、近くの酒場で持ち帰りを頼んだという。

 やたらと噛み応えのあるそれを三人で頬張っていると、一人の男が近づいてきた。

 体格から見てクォルトだろう。

 ジークたちの他に訓練場の使用者はいないので、遠くからでもはっきり、こちらに用があるのだと分かる。

 イルネスとウルウェンテが、緊張の面持ちで近づいてくる男を見る。

 きっとジークも同じような顔をしているだろう。


「組長からのメッセージだ」


 クォルトは手紙を手渡してくると、用は済んだとばかりにさっさと引き返して去って行った。

 ジークは深呼吸を一つして、丁寧に封のされた手紙を開ける。

 ざっと目を通した。


「……見つかったのか?」 

「ああ。どうやら組長は、オレたちとの共同戦線を了承してくれたらしい。無事に証拠が見つかってくれてよかった」

「自信なかったのかよ!?」


 ウルウェンテが目を丸くする。

 ジークは首を振りつつ、


「副組長が偽装に絡んでいることは間違いない。だが、その証拠を組長側が掴めるかどうかは分からないだろ?」

「組長はリトルズギルド支部トップの実力があるから、組長なんだぜ」

「それはそうかもしれないが、同じ身内だからこそ、手口も知っている。しかもナンバーワンとナンバーツーだ。お互いに隠し合い、探り合い、慎重に動いていたはずだ。いくらオレたちの情報があったとしても、慎重姿勢を変えて一気に踏み込むのは難しいかも――と思ったんだが。どうやら踏み込んでくれたようだ」

「とにかく、これで二ムくんたちを助けることができるんですね!」


 イルネスが拳を握り、鼻息を荒くしている。

 手紙には、作戦決行は三日後、そして今日の深夜に目的地へ出発するから同行しろと書いてある。

 こちらが先に暴走しないよう監視も兼ねてのことだろうが、連れていってもらえるなら文句はない。

 手紙の内容を二人に伝え、ジークは片付けを始めた。

 それが終わると宿に戻り、それぞれ準備してあった荷物を持ってくる。

 食料は保存食で五日分ほど。

 嵩張らないように乾燥干し肉やベーコン、チーズ、乾パンが中心だ。

 イルネスには辛いだろうが、冒険者として慣れてもらうしかない。

 ……こっそり五割増しの量を持っていることには目を瞑ってやろう。

 徒歩でアグロアーの門まで向かい、名前と「リトルズギルドの件で」と告げると、門番はすぐに通してくれた。

 ここまでは手紙の指示通りだ。


「……こんだけ?」


 ウルウェンテが呟いたのは、集合場所でのことだ。

 黒い外套を羽織った人影が三人、街道脇の木の側に立っていた。

 その内の一人が、前に出た。


「たりめぇだ。ぞろぞろと大人数で出て行ったら、相手にすぐバレるだろうが。ギルドにも影武者を立ててある」


 組長が面倒臭げに答えつつ、片手を上げる。

 それに応じて、別の男が馬を三頭引いてくる。


「俺たち三人が乗る。お前らは後ろに一人ずつ、別々に乗れ。それが嫌なら来なくて構わん」


 指示に従わないのなら同行させない、ということか。

 ジークはすぐに頷いた。


「それでオッケーだ。オレは組長の後ろに乗せてもらいたい。そちらの二人は女性だろう?」

「……よく気づいたな」


 組長が少しだけ意外そうな声で言う。

 組長が連れてきた二人は、体格から見てクォルトだろう。

 小柄で外套も羽織っているため外見からは性別が分かりにくいが、男性と女性では微妙に神魔力の流れに違いがある。

 戦闘状態や術を使っている時など、激しく神魔力を使っている時は分からないが、平常時なら、男性の方が体内を巡る神魔力に勢いがあり、女性はマイルドだ。

 ジークはいつからか、それを見抜くのが少しだけ得意だった。

 ちなみに、ニムニリトの性別を見抜けなかったのは、彼が興奮状態だったのと、ノームにほとんど知り合いがおらず、比較対象がなかったからだと思っている。

 ……だから何だと言われれば、役に立つ特技ではないが。


「んじゃ、乗れや」


 組長たちクォルトが先に馬に乗り、ジークたちもそれに続く。

 三頭が別々の道へ分かれ、その先で個別に暗殺――といった可能性はない。

 手紙を寄越した時点で、組長は腹を決めているのだろう。

 そもそも、こちらに背中を預けると言っている時点で、組長の誠意は伝わっている。

 ならば余計なことは考えず、こちらも信用するべきだ。

 イルネスの長い杖はどうするのかと思ったが、どうやら片手に持ったまま騎乗するようだ。

 あれで運動能力や戦闘技能は超人的なので、落としたり、何かに引っかけて落馬したりすることはないと思いたいが……騎手の女性クォルトも心配そうに振り返っているし。

 とにかく、三頭は真夜中の街道を走り始めた。

 少し進んですぐに街道脇の道に入り、そこからは見たことのない景色が続く。

 山道や、ほとんど整備されていない森を、ひたすら進む。

 何度か馬の休息を挟みつつ、夜明けになると馬を下りた。

 どうやら事前に野営準備は整えてあったようで、待機していた男たちが馬だけを連れていく。

 この場で夕方まで眠り、日暮れと共に新たな馬でまた走り始める。

 いろいろな仕事をしてきたジークだが、さすがに昼夜逆転で馬に乗り続けるという荒行は経験がない。

 おかげで二日目の昼は、周囲が明るくてもぐっすり眠ることができた。

 ――そうして訪れた、三度目の夜。

 野営から起き、徒歩で森に入る。

 少し進んだところに、ひっそりと集まった人々がいた。


「組長、ご無事で」

「誰に言ってんだ。てめえらこそ、バレてねえだろうな」

「問題ありません」

「ではゆくぞ」


 総勢、二十人ほどだろうか。

 剣や槍、弓矢を携えた者たちが、警戒しつつ粛々と森を進んでいく。

 相手の人数にもよるが、やはり少ないように思えてしまう。

 しかし組長が何も言わないところを見ると、これが当初の予定人数なのだろう。

 相手もクォルトだ。

 当然、見張りは立てているだろうし、感覚の鋭い彼らの警戒網を潜り抜けるには、少数精鋭のほうが適しているのかもしれない。

 その群れの中央あたりで組長と共に歩いていたジークは、小声で尋ねる。


「そろそろ目的地を教えてくれ。ここはどこで、どこへ向かってるんだ?」

「アグロアーから北東の、アルニカ地区だ。旅馬車で向かえば五日かかる」


 予想以上に走っていた。

 走破した馬が潰れていないか心配だ。


「向かっているのは、かつて小さな砦があった場所だ。この森が『領域(テリトリー)』だった頃の名残でな。アグロアーの城と違って規模は小さいが、それなりに頑丈なシロモノだ」

「……そこを改築して拠点にしていると?」

「ここ自体を拠点にしているわけじゃねえ。おそらく、秘密の取り引きや、非常時に隠れ潜むように用意してあったんだろう。こんな人里離れた場所を普段から拠点にしていたら、ヒトの出入りだけで怪しいと言ってるもんだからな」

「なるほど」


 そんな「人里離れた場所」の情報を、どうやってこの組長が手に入れたのはか興味あるが……さすがにそこまで手の内を晒してはくれないだろう。

 ふと、先頭のクォルトの足が止まった。

 即座に全員も歩くのを止めて身を屈める。

 暗くてよく見えないが、何やらハンドサインでやり取りをしているようだ。

 組長が視線と顔の動きで、イルネスとウルウェンテに近づくように促す。

 ジークを含めた四人が、顔を突き合わせた。


「ここから先は、どんな音でも相手に気づかれる。てめえらとは、ここで別行動だ」


 組長が説明をする間にも、部下たちは三人一組を作って、それぞれ右へ左へと迂回するように散っていく。

 一点突破ではなく、分散してバラバラに仕掛けることで相手を混乱させる戦法なのだろう。

 組長が遠くを指差す。


「あそこに二又に割れた大木があるだろう。そこを目指し、まっすぐ通り抜けろ。その先に砦はある」

「二ムたちも一緒にいるってことで間違いないか?」

「保証しよう。仲間たちにも、ドワーフとノームを見つけたら可能な限り保護するよう伝えてある」

「助かる。オレたちも、副組長を見たら情報を提供しよう。できたら確保も試みる」

「てめえらに捕まえられるとは思わねえけどな」


 組長が初めてニヤリと表情を崩した。

 次の瞬間には、組長は跳び上がって近くの木を登り、別の木に飛び移って見えなくなってしまった。

 部下たちもいなくなり、気付けばジークたちだけが取り残された格好だ。


「師匠……どうします?」

「行動の合図があるとは思えない。おそらく、自由に行動を開始して構わないということだろうな」

「囮にされてんぞ」


 ウルウェンテの言葉に、イルネスが首を傾げる。


「同時に行動するなら、誰が囮とかないんじゃ?」

「アタシも含め、隠密行動なんてまともにできねえだろ。どうやったって、アタシらだけ目立つに決まってる」

「……そうだな。道も、組長の言った直進ルートしか知らない」

「えっ、ズルい!」

「まあ、そこはお互い様といったところだ」


 元は依頼から始まったが、組長はこちらを切り捨てる前提での話だったし、こちらもそれを承知して受けた。

 そして今は、巻き込む形でジークたちの望みを受け入れさせた代わりに、囮役をやらされる流れになっている。


「……待つ、って手もあるぜ」


 ウルウェンテが呟く。

 このまま黙って待っていれば、組長たちは先に仕掛ける。

 そうすれば、ジークたちが囮になる意味もなくなるし、むしろ相手は組長のほうに注意を多く振り向けるから、こちらはかなり楽になるはずだ。

 しかし、もしその混乱で二ムたちを連れて砦を脱出されたら、深夜の森をクォルト相手に追跡するのはジークたちには不可能だ。

 突然の襲撃に焦った相手が、荷物となる二ムたちを「処分」してしまうこともありえる。

 また、組長は約束を守る気でも、部下が忖度して、身内の不正の証拠である職人を口封じしてしまうことだって考えられる。

 混乱が起きると同時に踏み込み、可能な限り早く発見する以外に、二人を確実に助ける方法はないのだ。


「……行こう。イルネスはオレの右側へ。ウルウェンテはオレたちを壁にするように後ろからついてきてくれ。気づいたことは何でも報告を」

「あいよ」

「イルネス、矢が飛んできても弾き落とせるか?」

「お任せください!」

「自分の身を優先して、余裕があるならオレの方のフォローも頼む」

「了解ですっ!」


 イルネスの危機察知能力が超人的なのは知っているし、ジークにその真似ができるはずもない。

 なので、ここは恥を忍んでフォローを頼んでおく。

 三人の様子に頷くと、ジークは一歩を踏み出した。


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