二章 第15話

 イルネスの強い勧めもあり、聖教会で聖術による治癒を受けることにした。

 治癒にかかる代金は決して高価ではないが、負傷度合いによってはやはりある程度の出費はかかる。

 なので一度自宅に戻り、治療費を用意してから聖教会に向かった。

 『後衛』の中では【聖術士セインティ】は最も数が多い。

 冒険者に限らず、聖教会に努める司教やシスター、修道院の院長なども、聖術を使えるヒトがほとんどだ。

 これは聖教会という組織の半数がノームによって構成される故である。

 ノームは「顕現型」の神魔力に秀でており、聖術の適正が最も高い。

 【魔術士ウィザード】に必要な才能も「顕現型」だが、聖術とは必要とされる修行や知識がまったく別で、どちらも扱える者は稀である。


「はい……では、気持ちを落ち着けて。力を抜いてください」


 ジークの治療にあたってくれたのは、高齢の男性ノームだった。

 理知的な顔つきの中にも、穏やかな包容力を感じさせる、立派な印象のノームだった。

 診察台に横になったジークの胸に手を当て、聞き取れないほどの声量で何かを呟く。

 ノームの手がぼんやりと光り、身体が温かくなっていく。

 特に、負傷したと思わしき部分が熱を持ち、血液がそこに流れ込んでいくような錯覚を覚えた。


「……こんなところでいかがでしょう?」


 ノームが手を下ろしたので、上半身を起こして触ってみる。

 痛みがまったくない。

 少し、引きつるような違和感はあるが、ほとんど気にならないレベルだ。


「局所的に肉体に活力を与えたので、少し変な感じがするかもしれませんが、異常ではありませんよ。むしろ急に元気になったので体がびっくりしている証拠です」

「ありがとうございます……本当に助かりました」

「いえいえ。数日間は、肉やミルクを積極的にとってください。お酒はできれば飲まずに……飲むとしてもちょこっとだけにしてくださいね」

「肉やミルク?」

「聖術で体を元気にして、傷を治したわけですからね。頑張った自分の身体に、栄養を与えてあげてください」


 独特な言い回しだが、理屈は理解できた。

 ジークは改めて彼に礼を言い、聖教会を出た。

 外で待っていたイルネスと合流する。


「師匠、具合は?」

「完璧だ――というか、こちらが頼んだ以上に治療してくれたな」


 胸の骨折を治してくれと頼んだはずだが、顔や脇腹の痛みも感じない。

 代金はおそらく「骨折」に対するものだったと把握しているので、あの老ノームが気を利かせてくれたのだろう。

 ――名前を伺っておくべきだったか。

 ひとまず胸中で感謝の言葉を重ねつつ、イルネスを伴って商店街へ行く。


「とりあえず飯を食うぞ。ゆっくりしたいところだが、食べ歩きできるものを選んでくれ。飲み物はミルクで」

「ミルク? 珍しいですね。私は好きですけど」

「たまには、な」


 露店でそれぞれ食事を買い、食べながら歩く。

 ちなみにジークはマスタード多めのホットドッグとチキンのニンニク上げを3切れ、ミルクの大カップ。

 イルネスはハムと野菜のサンドイッチ4人分にゆでたソーセージを十本、リンゴが2つ、ミルクの大カップ2杯。

 ……ジークも十分に腹が減っているが、イルネスの抱えている量を見ると、食べる前から胸やけしてきそうな気分になる。

 商店街のヒトたちも、イルネスの食事量には慣れているので、たくさん買ってくれる上客としてニコニコ顔で応対してくれた。


「……二ムくんたちにも、食べさせてあげたいですね」

「そうだな。帰ってきたらご馳走しよう」

「はいっ!」


 イルネスがサンドイッチにかぶりつく。


「ひひょう、ほれはらどほへ?」

「食いながら喋るな……まずは、ウルウェンテと合流したい。彼女が何か情報を掴んだかもしれない」

「今の時間なら、たぶんあそこにいますよ」


 イルネスが指差した先には、老舗の飲食店があった。

 いわゆる大衆食堂であり、料金お手頃で腹を満たしてくれる。

 確かにウルウェンテなら、カフェやレストランよりも、こうした庶民的な店のほうが好きそうだ。


「師匠、ちょっと待っていてください」


 イルネスが半分以下になった食料を抱えながら小走りに店に入っていく。

 数分後にはフードを被った人物を伴って出てきた。

 ウルウェンテだ。


「……ヤバいことになってんだって?」

「ああ。歩きながら話そう」


 商店街を抜け、人通りが減ったあたりで、ジークは状況を説明した。

 ウルウェンテは相槌だけ打っていたが、その表情は険しかった。


「……そっちの事情は分かった。んで、どうすんだ?」

「もちろん助けに行く」

「作戦はあんのか?」


 ウルウェンテの言葉に、イルネスも不安そうにジークを見る。

 助け出すと一言で言っても、問題は多い。

 まず場所が分からない。

 あのリーダーが、いかに失態を知られたくないと言っても、まさか工房にダイアモンたちをそのまま残しておくはずがない。

 そもそも連中は最初から、あの工房を廃棄する予定だったのではないだろうか。

 あんな強硬策に出たのだから、おそらくダイアモンと二ムを監禁状態にして、ダイアモンに作業を強制させるつもりだったに違いない。

 もっと閉じ込めるのに適した場所――例えば地下室とか、牢とか――に移送する予定だったはず。

 そして、時間的猶予もあまりない。

 連れ去られた先はおそらく連中の拠点だろうが、もし今回の騒動で「商売」をいったん引き上げるつもりなら、そこからさらに遠くへ逃げていくだろう。

 そうなれば、こちらが追跡するのは絶望的に苦しくなる。

 だが今なら……低いが、可能性はある。


「まずは、調べてきた情報を教えてくれ」

「ああ。アンタから頼まれたこともあたってみたが」


 ジークがモルトーネに託した手紙のことだ。


「まず、この街にある聖魔具関連の店だが、ほとんどが認可印の入った、王都の商品のみ扱ってるってよ。認可印のないものは、どうしても売り上げが伸びないし、仕入れも安定しないから敬遠されるんだと」


 アグロアーの街は大きく、冒険者も多く集まる。

 その分、聖魔具を扱う店も他の街より多く、ルインのような修繕中心の店や、使いかけの中古を専門に扱う店もある。

 しかし、流通する聖魔具のほとんどが認可印入りのものばかりだ。

 地方によっては領主が職人を抱えて聖魔具を作らせているところもあるが、アグロアーの場合はそれよりも王都から仕入れ、経済的な繋がりを持つことを選んだのだろう。

 そして認可印入りの聖魔具は冒険者にも信用され、よく売れるという好循環を生み出しているわけだ。

 

「もう一つの方は?」

「王都の聖魔具をこの街に卸している商会――『ベネクシア商会』だが、最近、新しい仕入れ先と取引を始めたんだと」


 ベネクシア商会は、この地方では有名な商会で、中間卸業が主幹産業だ。

 王都で作られた認可印入りの聖魔具を一括で扱う王都の大商会と取引をして、それを南方各地の都市に届けているのだ。


「んで、その理由だが、どうも跡目争いがあるらしくてな。会長の子供三人が競ってるらしい。長男が既定路線だが、次男、三男がそれを覆そうと躍起になって、成果を欲しがっているとかなんとか」

「なるほどな」


 商家の子だったジークには分かりやすい話だ。

 相続が法律と慣習でガチガチになっている王侯貴族と違い、商家は実力主義で決めるところがままある。

 普通は貴族と同じく、揉めた挙句に分裂といった最悪のシナリオを回避するため「長男相続が基本」としているところがほとんどだが、それでも一代で財を築いた商人などは、子供にも実力を求める傾向にある。

 跡目争いで多少揉めたとしても、優秀な者を中心に据えたいと考えるのだろう。

 三男のジークも幼少の頃は、よく商人の勉強をさせられたものだが、これも親が「上の子が不甲斐ない場合の保険」をかけたのだろう。

 結局、ジーク自身が大した成績を出せず、商売に興味も示さなかったので、早々に放任主義に切り替わったが。


「新たな販路を見つけようとしているのか……仕入れは聖魔具か?」

「そこまでは分からねえ。けど、見かけない奴らが出入りしていたっていうから、商売を始めたばかりの相手じゃないかって噂だ。金も、まあまあ動いたらしい」

「ふむ……」


 決め手には欠ける感じだが……使い方次第か。

 それにしても、ウルウェンテの情報収集はかなり上手い。

 リトルズギルドの情報だけでなく、店舗への聞き込みや、冒険者同士の噂話も当たってくれたのだろう。


「さすがだな」

「おだててもなんも出ねーよ」


 ウルウェンテの軽口に、イルネスがくすっと笑った。

 そんな二人を見て、ジークは足を止めた。


「……改めて、確認したい」

「どうしたんですか、師匠」

「今回、二ムには護衛という形で同行したが、理由をこじつけただけで、オレのわがままだということは自覚している。報酬もない」


 二人は黙ったまま、ジークの言葉に耳を傾けている。


「オレはこれから、二ムとダイアモンを助けるために行動する。おそらく、危険な目に遭うだろう。これも、報酬はない。底辺の冒険者が首を突っ込むような状況ではなくなっていることも分かっている。それでも、彼らを助けたい」

「師匠、私もそう思ってますよ。置いていくのはナシですから」


 ジークの言いたいことを察したイルネスが、心強い笑みを浮かべて頷いた。

 ウルウェンテに視線を移すと、ローブの上から頭を掻きつつ、睨まれた。


「あのなあ……ここで降りるつもりなら、最初から協力してねーって。つーか、聖魔具について嗅ぎまわってる時点で、向こうにも怪しまれてるだろうしな。それに、スッキリしないのも気にくわねえ。付き合わせてもらうぜ」

「さすが、ウルウェンテさん!」

「すぐにくっつこうとするな!」


 イルネスが抱き着こうとするのを、ウルウェンテがさっと回避する。

 ジークの胸の奥に、温かなものが広がる。

 本当に、仲間に恵まれたと思う。

 同時に、覚悟も決まった。


「……ありがとう、二人とも」


 ジークはしっかりとした足取りで歩き出す。

 左右に並ぶ二人の存在が、心強かった。

 それからしばらく無言で歩き、やがて目的地が見えてきた。 


「あれ、ここって……」


 イルネスが呟く。

 建物の入り口をくぐる。


「いらっしゃい……おや、ジークさん」


 カウンターの奥で座っていた店主ルインが、少し疲れた笑顔で対応する。

 あまりぐっすりとは眠れていないように見えた。


「お久しぶりです、ルインさん」

「いや、四日前に会ったばかりだけどね……それで、ご用件は?」


 ルインの視線が、ジークをちらりと見て「依頼の件か?」と問いかけてきた。

 ジークはあえてそれを無視しながら、カウンターに近づく。


「……ニムニリトが、何者かに拉致されました」

「えっ、あの子が?!」


 ルインが目を見開いて驚き、立ち上がる。

 勢いで椅子が倒れるのも気にせず、カウンターに身を乗り出す。


「それは本当なのか?」

「前に、一緒にこの店に来た時……あの時も、実は彼を誘拐犯から保護した後のことでした。オレは護衛として、彼を家に送り届けるために同行していたんです」

「そうだったのか……まだ見つかってないのかい?」

「はい。ですが、オレたちが必ず見つけ出し、助け出します」

「そうか――あっ、い、言っておくけど、俺じゃないからな? 確かに俺は頼み事をしたけど、それは彼が偽装に関わっていないかを知るためで」

「落ち着いてください」


 ジークはあえて、それ以上言わずに様子を見る。

 おそらく、あの連中とルインに直接の関わり合いはない。

 だが……不審な点は、ある。


「まず、二ムが見つけたもの以外に、同様の偽装が施された品はありましたか?」

「……ああ、見つけたよ。故障したといって持ち込まれたものの中に、二つほどあった。どれも王都の認可印が入ってないものだ」

「やはりそうでしたか。では、この間の『ライカ』を見せてもらえませんか? 二ムが分解したやつです」

「そりゃ、構わないが……」


 ルインは少し疑念のこもった目でジークを見返しつつも、カウンターの奥の扉を開けて品物を持ってきてくれた。

 トレーの上に乗ったライカは、二ムが触った時のまま、分解状態だ。

 ジークはその芯盤を手に取る。

 専門知識など持ち合わせていないので、何が書いてあるのか、どこが偽装部分なのかもさっぱり分からない。


「……これ、検品をしてから売ったという話でしたよね?」

「もちろんだ。不良品を売ったら店の看板に傷がつく」

「芯盤も?」

「バラせるところは、もちろんバラしたよ。芯盤だって」

「――本当に、気付かなかったんですか?」


 しん、と空気が静まり返ったような錯覚。

 後ろでイルネスが驚いたように小さく息を吸い込んだのが分かった。


「……どういう、ことだい?」

「あなたは職人も目指したことがある。ならば、ルーン文字に国ごとの癖があることはご存じのはずだ。あなたがそれに気づかなかったはずがない」


 本当は確信などない。

 だがジークはあえて、自信を込めてそう話した。

 敬語も使わない。

 ルインが慌てるように首を振る。


「いやいや、そんな――」

「この『ライカ』を調べたあなたは、他国のものであること、そして妙な部分があることに気づいていた。でも、きっと大丈夫だと思って見て見ぬフリをして、そのまま売ることにした――」

「待ってくれ!」


 畳みかけるジークに、ルインは両手を挙げて制止を求める。

 その手は小刻みに震えていた。


 ――嘘のつけないヒトだな。


 ジークは頭の片隅で、そんなことを思った。


「俺が偽装に気づいたとか、そのまま売ったとか、何を証拠に言ってるんだい?」

「……ベネクシア商会」


 ルインの顔色が、見事に変わる。

 こちらがすでに事情を把握していることを、彼は察したことだろう。

 だが、あえて口に出して続ける。


「最近、後継者争いで、息子たちが競い合っている。おそらく、次男か三男のどちらかが、新たな販路を切り開こうとしていた。同じ頃、認可印のない聖魔具の売り込みがあり、これを好機と捉えたんだろうな。ただ、認可印のない聖魔具は今まで扱ったことがない。まずは小さなところに少し流して様子を見たかったはずだ」


 ウルウェンテが後ろで「あ、そうか」と呟いた。


「アンタが調べさせた意味が分かったよ。大きな店じゃ、認可印のない聖魔具を扱いたがらないし、損失を出させてベネクシアの評判を落とすわけにもいかない。そこで、小さな個人の店をターゲットに選んだわけだ」

「ここだけじゃなくて、もしかしたら中古店とかにも話を持って行った可能性はあるな。ベネクシアと繋がりを持てるならと、喜んで引き受けた店もあっただろう。ただ……もしかしたら『ベネクシアの名前を出すな』と念を押されてたんじゃないか?」

「なっ――」


 一瞬、反応したルインがすぐ口を閉じる。

 図星だったのだろう。

 つくづく、彼は商売人に向いていないことが分かる。


「そうなると、今回の商品トラブルに関して、ベネクシアは『知らぬ存ぜぬ』を通すかもしれない。ウチの卸したものではないと」

「とんでもねぇな。それこそベネクシアの看板を傷つけることになんねえの?」

「成果を出そうと焦っているのか、そうした危機管理が甘いのか、誰かにそそのかされたのか……どのみちベネクシアの跡取りにするには危険すぎる奴だな。いつか自滅する」

「墓穴を掘ってるわけね」


 ウルウェンテが納得したように頷く。

 ジークは話を続けた。


「もう分かったと思うが、ベネクシアに持ち込まれた、認可印のない魔道具。これこそが、偽装された魔道具だと思う。まあ、さすがにベネクシアも偽装品とは気づかず、ただの安価な地方品だとしか思わなっただろうが」


 さすがに偽装品と知りながら、ベネクシアの跡取り候補がこれに手を出したとは考え辛い。

 バレたら評判悪化どころか、商会そのものが潰れる可能性がある。

 しかし、商会の名を出さないよう念押しして流したところを見ると「もしかしたら」という予感はあったのかもしれない。

 視線をルインに戻すと、視線を落とし、両手をテーブルについて黙っていた。

 イルネスがためらいがちに呟く。


「……じゃあルインさんは、偽装品だと分かっていたのに、売っちゃったってこと、ですか? あんなに、冒険者のことを考えて仕事をしていたのに……」

「――っ!」


 俯くルインの顔が歪んだ。

 まるで体の奥を抉られた苦痛に、必死に耐えているようだった。

 それから突然、ばっと顔を上げると、ジークの手から故障した『ライカ』を奪い取った。

 ルインはそれを、思い切り振りかぶってカウンター目掛けて投げつけようとして……結局、寸前でやめた。

 腕が震えるほどに興奮していたルインは、空気が抜けたように椅子にもたれ掛かった。


「……分かっていたさ。ヤバい取り引きだってことは。でも……このチャンスを逃したくないという気持ちが、勝ってしまった」

「どうしてですか?」


 イルネスの言葉に、ルインは力なく首を振った。


「ジークくんが言ったとおりだ。もしこの取り引きが上手くいって、ベネクシアと懇意になれたら、修繕や中古販売だけでなく、本格的に店を広げられるかもしれない。それにもし商品がトラブルになっても、作ったのは俺じゃない。『知らなかった、気付かなかった』で済むだろうと……軽く考えていた」

「そのせいで、ボルグの仲間が怪我したんですよ?」

「そんな大事になると思っていなかったんだ! 起動チェックはちゃんとして、問題なかったんだ。それにもし『ライカ』が不良品だったとしても、せいぜい灯りが付かないとか、明度が落ちるとか、その程度だと思っていた……」

「オレにニムニリトの調査を依頼したのは?」

「……もし彼が偽装の犯人を知っていたら、止めるよう頼むつもりだった。ベネクシアの仕入れが止まれば、俺の店に卸すこともなくなる」

「ベネクシアからの仕入れを断ればいいじゃないですか!」

「そんなことをしたら、もう二度と俺の店は相手にしてもらえない。それどころか、俺の店を潰すくらいのことはやってくる。命だって狙われるかもしれない」


 子息の暴走とはいえ、危険な取り引きをした個人店主など、大商会のツテと金を使えば、消すのは難しくないだろう。

 それに、とルインは続ける。


「こんな卓越した技術が、偽装なんていう酷い使われ方をしているなんて……」


 手元の芯盤を見つめるルイン。

 彼はかつて聖魔具の職人を目指していた。

 その苦労をよく知っているだけに……そして自分の売った商品で怪我人が出てしまったという罪悪感もあり、何かできないかと思って行動した結果なのだろう。

 きっとルインは、偽造『ライカ』が売れるたびに、罪悪感を重ねていったに違いない。

 ……そうであってほしい。


「……明日、商人ギルドにすべて話してくるよ。きっと領主にも報告が行くだろう。そこでの裁きを全て受け入れる。それで許してくれないか?」


 ルインが、生気を失った顔でジークを見上げる。

 証拠はない。

 偽装も極めて高度で、常識ではありえない方法だ。

 ルインが罪を告白したとして、それほど大きな罪にはならないだろうとは思う。

 だが店の信用……というかルインの信用は、地に落ちるだろう。

 ルインは、それを受け入れると言っているのだ。

 だが。


「……ルインさん。オレから、頼みたいことがあります」

「まだ何かあるのかい?」


 ルインの表情は自虐じみていた。

 これ以上、何を償うことがあるのか……そんな顔だ。


「商人ギルドに行くのを、少し待って欲しいんです?」

「何だって?」


 ルインは驚いて眉を寄せる。

 それはつまり「罪を白状するのを遅らせてくれ」と言っているのと同じだ。

 ジークは続ける。


「正直、オレには商人のけじめのつけ方については分かりません。ルインさんが、贖罪として商人ギルドに向かうというなら、きっとそれは正しい。……でも、オレは冒険者で、衛兵でも国の査察官でもありません」


 悪事を見逃し、自分の都合のいいように利用する。

 おそらく、自分が目指す「英雄」としては、失格だろう。

 だがジークには、これしか思いつかなかった。


「オレがニムニリトを連れてくるまで、待ってください。それともう一つ、オレが言う人物がこの店を尋ねてきたら、知っていることを話して欲しいんです」

「……商人ギルドには言わず、君の指示した相手にだけ白状しろってのかい?」

「そうなります」


 ルインは、睨むようにジークをじっと見る。

 罪を見抜いたジークが、自分を利用して何をしようとしているのか疑っているのだろう。

 だからジークは、目を逸らさなかった。

 手段は、決してまっとうな方法ではないだろう。

 それでも、必要だと思ったから。


「さっきも言いましたが、オレは仲間たちと一緒に、絶対にニムニリトを助けたい。どうか手を貸してください」

「…………」


 長い沈黙。

 築き上げてきたものを失おうとしているルインが、ジークの頼みに答える意味はない。

 この頼みを聞いたからといって、ジークにルインの罪を軽くすることはできないし、再起のための便宜を図ることもできない。

 むしろ、罪悪感を抱えたまま黙っている方が、彼にとっては苦痛だろう。


「――分かったよ。君の言う通りにしよう」


 それでもルインは、頷いてくれた。


「それで、俺は誰に話せばいいんだい?」

「それなんですが――」


 話を聞いて、イルネスとウルウェンテが目を丸くしていたが、構わずにジークは説明を続けた。

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