二章 第13話
謎の闖入者。
ジークが立ち上がり、イルネスは壁に立てかけてある杖を取りに走る。
しかし相手も早かった。
男たちが次々に駆け込んできて、一番近くにいたニムニリトを羽交い絞めにする。
別の男二人がそれぞれショートソードを抜き、座ったままのダイアモンの首筋に左右から刃を向けた。
まさに一瞬の出来事だ。
「おっと、客人はそれ以上、動かないでもらおうかな。月並みだが、このドワーフとノームの命が惜しければ……ってやつ」
最初に入ってきたクォルトの男が、余裕のある笑みを浮かべて言う。
クォルトの年齢はジークにはよく分からないが、おそらく若い。
目つきは鋭く、緑がかった黒髪を雑に後ろで束ねている。
「あんたに会うのは二度目だな……よくも邪魔してくれたもんだ」
クォルトの目はジークを見据えていた。
腰に佩いた二振りのショートソードと併せて考えれば、二ムを襲った奴であることは容易に想像できた。
「そこのお嬢さんは、手に持った武器を離してもらおう。それが済んだら両手を挙げて降参のポーズだ」
杖を構えたままだったイルネスが、脱力して杖を床に転がし、ゆっくり手を挙げる。
「よし。そこの中年はともかく、そっちのお嬢さんは最近、盗賊を仕留めたとかで話題になってたよな。一人で五人同時に仕留めたとか」
脚色気味だが、彼女の力がなければ達成できなかったことなので、おおむね間違っていない。
ジークは目だけで男たちを見回す。
喋っているのはクォルトの男一人だけ。
おそらくこいつがリーダーなのだろう。
二ムを羽交い絞めにしているのがスキンヘッドのヒューマンの男。
胴を抱えつつ片手で口を塞ぎ、暴れる二ムを苦も無く封じている。
ダイアモンの首に剣を突きつけている二人は、クォルトとヒューマンか。
さらに、リーダーの後ろに一人と、戸口の前に一人。
戸口の前の一人だけは、全身を覆うようなローブを羽織っていた。
リーダーを含めて相手は六人。
――どう頑張っても打開できそうにない。
イルネスならば一瞬で二、三人は叩き伏せられるかもしれないが、離れたところにいる二ムとダイアモンの二人は助からない。
ダイアモンはおそらく、連中の「商売」に関わっているので簡単には殺されないかもしれないが、二ムは絶望的だ。
そもそも人質を取られた時点で、イルネスは満足に戦えないだろう。
屋内というのも分が悪い。
ジークのロングソードでも扱いづらいのに、イルネスは身長ほどもある長尺の杖だ。
謝って机や天井にぶつけるヘマはしないかもしれないが、機敏な動きは阻害されるに違いない。
ウルウェンテがここにいないのは痛手だった。
彼女なら、これだけの人数が建物に近づいてくれば察知してくれたはずなのに。
「油断をするつもりはないよ。念入りにいかせてもらう」
リーダーが腰の後ろでハンドサインを出すような動きを見せる。
――突如として床が光った。
反射的に体を動かそうとする前に、床から光の鞭が何本も伸びてきて、ジークの身体を縛り付ける。
話には聞いたことがある、おそらく魔術の『バリージ』だ。
見ての通り、敵を光の鞭で縛り付けて動けなくするもので、物理的な力に対してはめっぽう強い。
成功すれば、バイトール級の魔物であるオーガやサイクロプスすら、短時間ながら身動きを封じてしまう。
まさか【
どさっ、という音が聞こえたので視線を動かすと、イルネスが光りの鞭に絡めとられて地面に倒れていた。
どうやら横っ飛びで避けようとしたようだが、間に合わなかったらしい。
むしろあの一瞬で回避行動を取れた反射神経が信じられない。
『バリージ』はダイアモンにもかけられていたようで、椅子ごと縛られている。
ニムニリトだけは男に羽交い絞めされたままで、浮いた手足をばたつかせているが抵抗の効果はなさそうだ。
片手に掴んだ『ライカ』の核を放り出さないのが彼らしい。
「動くなって言っただろう。次はないからな?」
リーダーが倒れたイルネスの元に歩み寄り、肩あたりを蹴飛ばした。
「……っぐ!」
「ちなみに、許可なしの発言も許さない。勝手に喋れば、誰かが血を見ることになる。いいね」
イルネスが悔しそうな顔をするが、何も言い返さなかった。
「……取引は三日後だったはずだが」
ダイアモンの言葉に、リーダーは小さく肩を竦めた。
「あんたがいつまでたっても折れないから、こっちとしても悠長に待っていられなくなったんだよ。そこのヒューマンにも聞いただろ。このガキを攫おうとしたのは俺だ」
「……だろうな」
「へぇ、意外と落ち着いてるな。せめて『ワシのことはどうなってもいい、こいつだけには手を出すな』とか言ってほしいんだが」
ダイアモンは微動だにせず、鼻から息だけを吐いた。
「……こいつは今クビにした。ワシとは無関係だ」
「ははっ、そのやり取りも聞いてたけどさ、今さらすぎるよな。面倒見てる内に情が移ったのか知らないけど、もっと早く自分の立場を考えて遠ざけておけば、違った状況だったかもよ? まあ、世間知らずの頑固職人には、そこまで頭が回らないかもしれないけどさ」
ダイアモンの口が、苛立たしげに歪む。
「じゃあ、返事を聞かせてもらおうか。やっぱり聖魔道具だけじゃ売り上げが物足りなくてね。聖魔武具のほうも頼みたいんだよ。こういうのはスピードが大事でさ、アシが付くまえに稼ぐだけ稼がないとならないんだ」
「……断る」
「あ、そう。じゃあ、お弟子さんの小指からいかせてもらおうかな。そのくらいなら無くなっても職人にはなれるでしょ。無理? まあどっちでもいいけど。あ、それとも指ごと行くより、爪だけとかのほうがいいかな。俺、拷問の経験はなくてね。やってみたいと思ってたんだよ」
リーダーが、羽交い絞めされたままの二ムに近づきつつ、懐からナイフを抜く。
羽交い絞めで宙づりにされたままの二ムが、目を見開いて震え出す。
――まずい!
「今日はよく喋るんだな」
気付けば、ジークの口から言葉が出ていた。
リーダーが横目でこちらを見つつ返事をする。
「底辺のクズ冒険者は黙ってなよ」
「……その底辺のクズに叩きのめされた仲間は元気か?」
リーダーの足が止まった。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、ジークに近づいてくる。
――よし、これでわずかでも時間が稼げる。
策も何も思いつかない、ただの遅延だ。
だが今はそれしかできないし、その数秒で何かが変わるかもしれない。
可能性はゼロに近いが、ゼロではない。
――きっと、物語に登場する「英雄」なら、諦めない。
「こいつなんて痛めつけても、じいさんの脅しにはならんよな――っと!」
ドゴッ!
リーダーの蹴りが、ジークの脇腹に叩き込まれた。
つま先が、鎧の隙間に見事に入り込み、内臓を抉られたかのような激痛が走る。
「っ……ぐぇっ」
身体を折り、両膝をつく。
『バリージ』の光の鞭が、床へとジークを引っ張るが、何とか這いつくばるのは堪えることができた。
口から洩れかけた何かを強引に飲み込み、できるかぎり平静を装う。
「……さすがに、いい一撃だな。組織から教えてもらったのか?」
「んなわけないでしょ。俺は【
言い終わると同時に、下から突き上げるような拳。
ガギッと歯が打ち鳴らされて軋む音がした。
顎を砕きかねない一撃を、神魔力を総動員して耐える。
視界が明滅し、全身の力が抜けそうになるのを何とか食いしばった。
その視界の端で、イルネスが何かを叫ぼうとして、慌てて言葉を飲み込むのが見えた。
心配をかけて悪いが……もう少しやられる必要がありそうだ。
「……お前のような武闘派は、組織では重宝されるんじゃないか? クォルトはどうしても、腕力にモノを言わせる仕事は苦手だからな」
「さてね。そうであってくれると、俺の今後は安泰なんだけどっ」
再び拳。
顔面を横から殴られ、ジークの身体がぐらりと傾く。
右目の視界が赤く染まっていく。
内出血か、まぶたが切れたか……しかし眼球が潰れていないからマシだ。
ふらつく頭の中で、ジークは手ごたえを感じていた。
彼らの組織は、上役にクォルトがいる。
若さ故の経験不足か、武闘派な性格のせいか……おそらく両方が影響したのだろうが、このリーダーは口が軽い。
いくら圧倒的優勢とはいえ、心理的にこちらを揺さぶる意図でもない限り、身内の情報を晒していいことなどないのに。
「うーん、やっぱり打撃だけじゃ、見せしめとしてはヌルい気がするな。もっと悲鳴上げるとか、命乞いとかしてくれないと。……さっさと終わらせて次に行くか」
リーダーがナイフを抜いた。
トドメを刺して二ムの拷問に戻る気だろう。
限界か……いや、まだ時間は稼げる。
「……国外逃亡」
「あん?」
「お前の上役のクォルトは、ここで荒稼ぎしたら他国へ行くつもりだろう。たぶん、故障した聖魔具を仕入れている相手のところへ」
「…………」
「アシが付く前に逃げる算段だろうが……お前はどうだろうな?」
「……何だと?」
「行方を眩ますのに、組織の全員を連れていくのは手間がかかる。……むしろ、証拠を抱えて捕まってくれた奴がいたほうが、時間稼ぎや責任逃れができてありがたい、まである。……お前は、どっち側だ?」
リーダーの動きが止まった。
ジークを鋭く睨みながら、おそらく頭では今言われたことに思考を巡らせているに違いない。
「金や仕入れた聖魔具の保管場所は知っているか? 上役の名前は? 組織のメンバーの数は? 交渉相手である他国の関係者の顔は? 知っているほど、お前が重要な幹部である証拠だが……知らなければ、切り捨てられる候補になる。誘拐や殺人、脅迫を実行したグループのリーダーなんて、人身御供には最適だ」
「黙れ!」
リーダーが怒り任せの前蹴りを放つ。
革鎧の胸当て部分を砕き、そのまま胸を潰しかねない威力。
実際、胸骨か肋骨のどこかは折れただろう。
今までの比ではない痛みに悶絶し、今度こそ意識が飛びかける。
まさに消えようとした視界の中で――何かが動いた気がした。
二ムニリトだった。
相変わらず大柄な男に後ろから羽交い絞めにされ、足をばたつかせているが、手は抵抗とは違う動きをしていた。
ジークと、二ムの目が合う。
何かを伝えようとする、意思のこもった目。
そして二ムは、手に持っていたものを部屋の中央に向かって放り投げる。
それが何かを知ったジークは、大声で叫んだ。
「二ム!」
リーダーが、そして敵が、一斉に二ムと、放り投げられた物体を見た。
それは、ずっと持っていた『ライカ』の芯盤だった。
ジークはぎゅっと目を閉じ、顔を逸らせ、腹に力を溜め込む。
――閃光と、衝撃。
誤作動を起こしたライカの芯盤が『弾けた』のだと分かる。
これだけ目を閉じて避けていても、なお眩しいと感じるほどの光量。
そして、全身を硬い空気で叩かれたような感覚が走り、ジークは押されたように地面に転がった。
『バリージ』の魔術で受けていた圧迫感が消えている。
術そのものが打ち消されたのか、あるいは衝撃を受けた術者が術を中断したのか……理屈は分からないが。
「ぐわっ!」
「なっ、何だ、何が起きた!」
「おい、みんな、いるのか?」
「このガキ、何をしやがった!」
「おまえら、落ち着け! 武器は抜くな!」
動揺してあれこれ喋り出す男たち。
武器を抜くな、と言ったのはおそらくリーダーだろう。
混乱した味方による同士討ちを避けるためだろうが――ここしかない。
目を開けたジークは、机の輪郭がぼんやり見えていることを確認。
上半身の尋常ではない痛みに耐え、机の端を掴みながら、とにかく今できる最速で立ち上がる。
部屋の様子はまだ見通せず、ごく近くがうっすら見える程度であるが、悠長に回復を待っている場合ではない。
「イルネス!」
ジークが叫ぶ。
少女は戸惑った顔をしながらも、しゃがみ込んだまま杖を拾い、警戒の姿勢を取っていた。
おそらく彼女はジークのように光を避けることはできなかっただろう。
それでも、次の出来事に備えるべく最善の行動を取ろうとしているあたりは、ベテランの風格すら漂っている。
未だ視界はゼロだと思うが、これもやはり待ってやるわけにはいかない。
出口に向かって駆け出しつつ、ジークは腰のロングソードを抜こうとして――息が止まるような痛みに断念する。
上半身に少しでも力を入れると、悲鳴を上げて倒れそうになる。
代わりに、腰から投擲用のナイフを抜く。
力が入らない。
投げることは諦めて、両手で柄を保持することだけ考える。
攻撃できるのはおそらく一度きり。
誰を狙うか――リーダーの男?
いや、違う。
危険度で行けば、狙うのは……
「……うぐぁぁっ!」
ほとんど体当たりのように、一番奥にいた【
わずかに角度をつけ、肝臓を狙ったつもりだが、命中したかどうかは分からない。
しかし、鈍い手ごたえと、柄を伝ってくる温かくぬめった液体は感じ取った。
本来ならすぐ抜いて失血させるか、捻り込んでやるところだが、うまくいきそうにないので、体重をかけて柄を横から押してやった。
多少でも傷口が広がれば儲けものだ。
目の前の男が呻きながら崩れ落ちたので、すぐにジークは扉に体当たりする。
幸い鍵はかけられておらず、そのまま外に飛び出すことができた。
懸命に走りながら後ろを振り返ると、イルネスが目を閉じたまま少し身を屈めた状態で建物を脱出するのが見えた。
ジークの意図を察して、悲鳴と扉の開く音を頼りに、ついてきてくれたようだ。
――つくづく超人だな、こいつは。
期待通りの動きに安堵しつつ、その技術の高さと落ち着いた行動力に感心する。
目を閉じているのは「どうせ見えないなら、気配や肌感覚を優先しよう」ということなのだろう……たぶん。
それでするすると走れてしまうのは、もう武芸の達人のようだ。
「いいぞ、イルネス、止まるな!」
「はいっ!」
声で誘導しつつ、ジークは走った。
建物の中のことは、今は考えないようにして。
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