二章 第11話

 冒険者ギルドでイルネスを待つ間、ジークは簡単な手紙を書き、受付のモルトーネに手渡した。


「あら、これは恋文かしら?」

「違います」

「でも私宛じゃないのね。残念だわ」

「違いますって!」

「うふふ、冗談です」


 手紙の封がきちんとされていることを確認し、モルトーネは手紙を預り棚の引き出しに片付ける。

 冒険者ギルドでは、こうした預り物サービスもやっている。

 鍵のない引き出しなら手間賃程度の格安料金で預かってもらえる。

 重要度の高いものなら鍵付き、さらに高価なものなら奥にある金庫へ預けられるが、その分料金も上がる。

 そして手紙のように、冒険者仲間への伝言として渡してもらうこともできる。

 配達はなく、ギルドを訪れた時にしか受け渡しはないが、安いし、冒険者は頻繁にギルドを訪れるので、みんな活用している。

 ただ、単なる「安価な預り所」では、冒険者がみんな荷物をここに預けてしまい、ギルドがパンクしてしまう。

 そうならないようにルールが決められている。

 一人の冒険者が利用できる枠は二つまで、そして利用者が死亡もしくは行方不明となった場合、預り品はギルド所有となる。

 後者は特に重要で、例えば家族や仲間がいても没収されてしまうので、本当に重要なものは銀行か、正規の預り所、もしくは自宅に金庫を用意するのが常識だ。

 ちなみに例外となるギルド預りサービスが「遺書」なのだが……こちらはあまり利用者がいない。

 稀少な利用例としては、危険な依頼を受ける時に、家族にメッセージを遺していく場合などがあるが、そもそも冒険者は結婚すれば引退するか転職する者が多い。

 もちろんジークも利用したことはない。


「ウルウェンテさんにお渡しすればいいんですね、確かにお預かりしました」

「よろしくお願いします」

「どこかに急ぎでお出かけですか?」


 ギルドの預りサービスを利用して手紙を渡すということは、そういうことだ。

 ジークが今現在ギルドの依頼を受けていないことはモルトーネも知っているので、少し不思議に思ったのかもしれない。

 

「ええ。実は彼の護衛をすることになりまして。ほんの数日だけですが」


 ジークの陰に隠れるようにして立っているニムニリトに視線を向けつつ答え、再びモルトーネに視線を戻すと、何故か彼女は固まっていた。

 これくらいなら話してしまっても構わないだろうと思ったのだが、目を丸くして口元に手を当てている。

 そんなに驚くことだっただろうか?


「……もしかしてジークさん、そっちの……」

「は?」

「いえ、なんでもありませんわ、おほほほ……」


 彼女にしてはとても珍しい笑い方をして、視線をそらしてしまった。

 ジークが首を捻っていると、ギルドのドアが勢いよく開かれた。

 もう慣れた音なので、ジークはモルトーネに会釈しつつその場を離れ、入り口へと向かう。


「師匠、お待たせしました!」

「ああ。それじゃあ出発しよう」

「あの……お手数をかけます……」


 こうしてジークたちはアグロアーの街を出発した。

 街の西門から乗り合い馬車で出発し、宿場町で一泊。

 当初、二部屋取ってジークは二ムと同室にしようと思っていたのだが、イルネスの猛反対に遭い、結局は三人同室となった。

 二ムの護衛を考えるなら、イルネスが近くにいたほうが安心だ。

 ただ、未婚でおそらく男性経験なしのイルネスと同じ部屋というのは、いろいろと心配事があるのだが……最終的には「やむなし」と割り切った。

 同じパーティとして依頼をこなしてく以上、これから先にも同じような状況は起こりえる。

 宿でなくとも、例えば野宿することになったとして、イルネスだけを離れたところで寝させるわけにもいかない。

 二ムも少し戸惑っていたが、どちらかというと女性がいることの照れというより、同じ部屋になりたがる彼女に困惑しているといった様子だった。

 結局、平然としていたのはイルネスだけで、ジークと二ムは少しギクシャクしたものを感じながら一晩を過ごした。

 そんな空気の中では間違いが起こるはずもなく、翌朝、宿の用意した簡素な朝食を頂いてから出発した。

 馬車に乗って、昼過ぎに到着した宿場町で降り、残りは徒歩となるそうだ。


「二ムの先生というのは、こんな辺鄙なところに住んでいるのか」

「はい。ボクも最初はびっくりしました。でも、孤高の職人って感じでカッコいいと思いませんか?」


 二ムは嬉しそうに『先生』について話している。

 『先生』の自宅は工房を兼ねていて、周囲には人が住んでいないという。

 今は二ムも弟子として住み込んでいるので、二ムの家でもある。

 宿場町から少し離れたところに森があり、その中を川沿いに進んでいく。


「実は、特殊な材料の買い出しは今回が初めてなんです。日用品とか食材は、配達してくれる業者がいるんですが、聖魔具の材料だけは先生が自分で買いに出てました。『目利きが必要だから、他人には任せられん』って」

「へぇー。じゃあ、今回二ムくんが任せられたってことは、先生って人に認められたんだね!」


 イルネスが相槌を打つ。

 昨日からまた一層、仲良くなっているようで、見ていて安心だ。

 

「そうだったらいいなって思います。まだ、直接の指導は受けたことがありませんが……先生の技術は本当にすごいんです。今は聖魔道具が中心ですが、聖魔武具も以前は作っていたそうで、少しだけ設計図を見せてもらいました」

「武器って、設計図があるの?」


 イルネスが首を傾げる。

 確かにジークもその話は初耳だった。

 二ムは力強く頷く。


「はい、もちろんです。掘り込まれるルーン文字や、それを最大限に活かせる素材や寸法など、記録しておかないといけませんから」

「そういうのって、書き残したら技術が盗まれちゃうんじゃないの?」

「もちろん、自分自身が生み出した『秘技』は書きません。でも、王都の工房とかで一定量を生産しようとしたら、みんなで共有できる設計図がないと不便ですし」

「なるほど」


 職人が、聖魔武具などを一つずつゼロから完成まで作っていたら、確かに量産することはできない。

 剣ならば、柄や刀身などは他の職人に任せ、肝心な力を生み出す部分だけ『秘技』を持った職人が手掛ければ、生産数も上がるということか。


「職人の『秘技』は、知識として国が買い取ることがあります。そのレベルによりますが、ものすごい額になるそうで。買い取られた『秘技』は、国のお抱え職人に共有されて『秘技』ではなくなります。でもこれは職人に選択する権利があるので『秘技』を売らない職人もいます」

「なるほど、自分だけの技術のままにして、ずっと稼ぐこともできるし、売り払って大金を一気に手にすることもできると」

「そうですね。でもごくたまに、利益を無視して『秘技』を公開しちゃうヒトもいますよ。国のためとか、多くのヒトのためとかで。例えば『ライカ』も世界中で普及してる聖魔道具ですが、ずっと昔に商業ギルドを通じて無償で『秘技』を公開したヒトが――」


 二ムは楽しそうに、聖魔具の話を続ける。

 イルネスたちも、分かりやすい彼の話に興味をひかれている。

 話していると、二ムの、聖魔具に対する思いが伝わってくる。


「――っと、そろそろ見えてきますよ、工房が」


 徐々に道が荒れて歩きづらくなってきた頃、ようやく二ムが言う。

 アグロアーの民家なら三軒分はありそうな横長の建物が目に入ってきた。

 この地方によく見られる、木材と石材を組み合わせた建築様式で、屋根には煙突も見える。

 自宅兼工房ということだったが、外観は「大きな民家」といった様子だ。


「でも、ずいぶん町から離れた場所だね。不便じゃないの?」


 イルネスが二ムに尋ねる。

 それはジークも思った。

 こんな遠くに工房を作って、仕入れも不便だし、商品を売るのも大変だ。

 立地的にここしか建てられないのならともかく、宿場町からここまで、開けた場所はいくつもあった。

 わざと人目を避けているようにも思える。


「ボクには詳しいことは分かりませんが、この場所が適しているそうです。理由はまだ教えてくれませんが、先生の『秘技』に関するものかもしれません」

「日用品は配達してもらっているんだったか?」

「はい。といっても大半は食べ物ですけど。あと、完成した聖魔具も商人が買い取りに来てくれてます。だからボクも先生も、こういう素材の買い出し以外ではほとんど町に行かないんですよ」


 背中の荷物を揺すり、二ムは答える。

 個人とはいえ、聖魔具の職人ならば相当な収入があるだろうが、稼いだ金で遊ぶことはしないのだろうか。

 そんなことを考えている間に、二ムは先行して建物のドアノッカーに手をかけ、打ち鳴らした。


「先生ーっ、今戻りましたーっ!」


 待つことしばし、中から動く気配があった。

 内鍵を外す金属音がして、分厚いドアがゆっくりと開く。


「……そんな大声でなくても聞こえとる」


 姿を現わしたのは、背の低いドワーフの男だった。

 二ムより少し高いくらいの背丈に、丸太を思わせるどっしりとした胴体。

 むき出しの二の腕は彫刻のように筋骨隆々としていて、どれだけの膂力が発揮されるのか想像もつかない。

 ただ、ドワーフにしては珍しく、アゴヒゲがなかった。

 無精ひげがポツポツと見えるから、生えないのではなく剃っているのだろう。

 ジークが以前、冒険者のドワーフに聞いたのだが、彼ら種族はヒゲが大人の証であり、その有無で扱いがかなり違うという。

 特に鍛冶職人は、ヒゲの先端が焦げて黒く固まることが勲章であるとされる。

 稀に、火が燃え移って洒落にならない怪我を負う事故もあるようだが、それすらも名誉の負傷と言われる。

 それほど「当たり前」になっているヒゲを自ら剃っているのだから、このドワーフには何か特別な事情があるのか、あるいは相当な変わり者なのだろう。


「先生、遅くなってすみません」

「……買い出し一つ満足にできんのか、お前は」


 ぶっきらぼうに言いつつ、二ムの持つ荷物を奪うように受け取る。

 中を覗き込み、手を突っ込んで確認しているようだった。


「……ふん。言われたものは買ってきたようだな」

「はい、品質も大丈夫だと思います」

「余分に外泊する金は渡してなかったはずだが?」


 二ムをじろりと睨むドワーフに、ジークが一歩前に出た。


「それについて、こちらから話したいことが」


 ジークの姿を上から下まで眺めたドワーフは、鼻で笑うように息を吐いた。


「ヒューマンの冒険者か。下級……いや、底辺といった方が正しいか」

「せっ、先生、そんなことは……!」


 二ムが慌ててフォローに入ろうとするが、ジークはそんな少年の肩に軽く手を置いた。

 こういう扱いは慣れている。

 むしろ、ジークの装備品や佇まいを一目見ただけで実力を見抜いたこのドワーフの観察眼に感心するくらいだ。


「おっしゃる通り、冒険者です。オレはジーク、こちらの女性も同じく冒険者イルネス。ニムニリトの護衛として同行させてもらいました」

「護衛……?」


 ドワーフの眉間に殊更、鋭い皺が寄る。


「実は、彼はアグロアーの街で誘拐未遂に巻き込まれたんです。それがどうしても気になって、彼の護衛をすると申し出たんです」

「……入れ」


 言うなり、ドワーフは中に戻っていく。

 事情を詳しく聞きたいのだろうと判断し、イルネスたちを促して建物の中へ向かう。

 室内は薄暗く、中央に大きなテーブルと椅子が六脚ほどある。

 おそらく商談用の応接室も兼ねているのだろう。

 調度品の類はないが、テーブルと天井にそれぞれ『ライカ』が設置されている。明かりがついているのは天井のものだけだ。

 まだ日没には早いが、周囲が木々に囲まれているので日の光が届きにくいのだろう。

 ドワーフはすでに奥の椅子に腰かけていたので、ジークが対面側に座る。

 その横にイルネスが座り、二ムは少し迷って、ドワーフから少し離れたところに立った。

 座ればいいと思ったのだが、職人の立場や作法があるのかもしれないと思い直し、何も言わなかった。

 来客用のためか、椅子やテーブルの高さはヒューマンサイズで座りやすい。


「……ワシの名はダイアモン。聖魔具づくりの職人をしておる」

「【創具士フルクリエイター】と伺いました」

「今は聖魔武具は作っておらん」


 即座に訂正が入る。

 その口調の強さから、何か思うところがあるのだと察する。


「失礼しました。……ええと、それで、ニムニリトのことなんですが」


 ダイアモンは何も言わず、じっとジークを睨むようにしている。

 先を話せ、ということでいいのだろうか。

 

「街の貧民街で、偶然、二ムが襲われているところを助けました。怪我もなく、持ち物も無事です」

「……ほう」

「ただ、オレには、少し不自然に感じたんです。旅人を狙うなら街中で襲う必要はない。それに、手慣れた……というか、連携の取れた動きから、素人じゃないと感じました」

「……なるほどな」


 ダイアモンは席を立つと、部屋の隅にある箱の鍵を開け、中から袋を取り出した。

 戻ってきて、それをジークの前に置く。


「護衛の謝礼だ、受け取れ」

「いや、護衛の報酬はすでに――」

「こいつには余分な金は持たせていない。にも拘わらず、冒険者がここまでついてきたということは、謝礼をアテにしていたのだろう?」


 冒険者という職業柄を考えれば、そう思うのも仕方ない。

 買い出しに送り出した弟子が、護衛と称する冒険者を連れ帰ったら、誰だって胡散臭いと感じるだろう。


「それとも、ワシの作った聖魔具を代金代わりに寄越せとでも言うつもりか?」

「先生! それはちょっと言い過ぎですよ!」


 二ムがテーブルに駆け寄り、抗議の声を上げる。


「ジークさんはボクを助けてくれたし、親身になってくれました。護衛の代金だって、ボクがいつか作る聖魔具を譲る約束で――」

「お前が聖魔具を? フン、笑わせる。そういう約束は、一つでもまともに聖魔具を作れるようになってから言え」

「おじさん、酷い! 何てこと言うんですかっ!」


 これに反論したのはイルネスだった。

 両手をテーブルに突いて立ち上がる。

 

「二ムくんは、あなたのことを尊敬してるんですよ! 職人になろうと、一生懸命に――」

「昨日今日、知り合ったばかりで何が分かる? 夢や理想を信じるのは好きにすればいいが、大言壮語は身を滅ぼす。できもしないことを口にするのはただの阿呆に過ぎん」


 ――耳の痛い言葉だ。


「そんなの、やってみなけりゃ分からないでしょ!」

「ならば、やってみるがいい――と、こいつに対しても思っていたがな。ちょうどいい機会だ」


 ダイアモンは再び席を立ち、奥の引き出しから新たに袋を取り出す。

 それを持って戻ってくると、ニムニリトに向かって放り投げる。

 慌てて受け止めた少年に、ダイアモンは容赦なく告げた。


「お前は、クビだ」


 二ムの目が、驚愕に見開かれた。

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