二章 第10話


 知り合いに探りを入れる。

 こういう仕事が、ジークは苦手だった。

 相手を騙しているようで気が進まないし、探っていたのがバレたら当然、諍いの元になる。

 リトルズギルドの依頼と違って、こちらのケースはあまり受けたくはなかったが……自分としても気にしていたことだけに、引き受けた。

 できれば、二ムは今回の偽造と無関係であってほしいと思うのだが――

 

「師匠、どんな話でしたか?」


 ロビーに戻ってくるなり、イルネスが質問してくる。


「お前な……わざわざ相談室を使って話した内容を、いきなり聞いてくるか?」

「依頼の話だったら知っておいたほうがいいって、前に師匠が」

「む……」


 なかなかに痛いところを突いてくる。

 同じパーティメンバーだからといって、何から何まで秘密なしという訳にはいかない。

 しかし、個人的に受けた依頼については、最低限の情報は共有するべきというのが冒険者の常識である。

 基本的に、パーティを組んだらメンバー全員で受けられるものを選ぶ。

 個人で依頼を受けるのは、例えばそういった依頼がなく、暇を持て余している間にちょっと稼ぐ、といった場合だ。

 これも、パーティで受ける依頼に迷惑にならないよう、短期でさっさと終わらせられるものが基本である。

 万が一、日程が被ったらパーティ依頼が優先だ。

 ただ、個人依頼の報酬も一定額――二割とか三割とか――をパーティ運営資金に提供する内規があるのが普通。

 パーティだって、暇な期間があるくらいなら働いたほうがいいに決まっている。

 だから、通常は個人依頼であってもパーティで情報を共有し、個人とパーティ双方に無理のないようにスケジュールを組む。

 普通ならば。

 ただ今回は、非常にややこしい。

 ジークが今受けている依頼は二つあるが、どちらも【密偵スパイ】のようなデリケートな仕事内容だ。

 リトルズギルドの方は、イルネスになら話してしまってもいいだろう。

 組長だって、そのくらいは想定していると思う。

 だが今は二ムが側にいるので、迂闊に話はできない。

 二ムをさらに待たせておいて、自分たちだけ仕事の話をする、というのも、こちらの勝手すぎるだろう。

 かといって、ここで二ムと別れる訳にもいかない。

 ルインの依頼にも関わるし、何よりジークとしても、昨日の誘拐未遂が引っ掛かったままだ。

 解決とまではいかないまでも、せめて彼が帰宅するまでは送り届けたいと考えている。


「……そうだな。話せる部分は説明しよう。でもまずは、今日の予定を決めるところから話をさせてくれ」

「師匠がそう言うなら、構いません」

「助かる。まずは、ニムニリトのことなんだが……」

「ふぇっ?」


 成り行きを見守っていた二ムが、少し驚いたように肩を跳ね上げた。


「彼がこの街で買い物を終えて、家に着くまで、オレが護衛しよう」

「そっ、そんな! そこまでご迷惑をおかけするわけには!」


 二ムは首をぶんぶんと振っている。


「ボクは、ウルウェンテさんに一言挨拶だけするつもりでここに――」

「危険は、まだ続いているとオレは思っている」


 彼の言葉を遮るように、ジークは言う。


「あの三人は、ただのゴロツキじゃない。明らかに荒事に慣れていて、連携を取る訓練を積んでいた。目的があって、二ムを連れ去ろうとしたんだ」

「アタシもそう思うぜ。んで、連中がもし次のチャンスを狙ってくるなら、ボウズが一人になる時……つまり街の外に出て、家に帰るまでの間だ」


 ウルウェンテが捕捉する。

 ジークの意図を即座に汲んでくれたようだ。


「だから、アタシらが側にいて、一緒に街の外へ出れば『護衛を雇った』と判断して手を引くかもしれねぇ。まあ、大きなお世話かもしれねぇが、変な奴らに絡まれたと思って諦めな」

「お、大きなお世話なんて、そんな……ボクとしては、とっても心強いですけど……」

「昨日も言ったが、こちらにも気になることがある。……勝手なことを言って悪いが、ぜひ、護衛させてくれないか」

「でも、お返しできるものが……」


 それはいらない、と言いかけて、ジークは考え直した。

 確かに、お節介のやき過ぎは、受け取る側も気持ち悪いだろう。

 二ムの性格だと、ジークたちへの恩義が重荷になってしまうかもしれない。


「そうだな。じゃあ、二ムが作った聖魔具を一つ、オレたちに譲ってくれないか」

「へっ?」


 きょとんとする二ムに、ジークは微笑みかけた。


「将来、二ムが職人になった時に作ったものだ。そうだな……ちょうど話題になっている『ライカ』でいい。どうだ?」

「それって……」


 二ムが顔を赤くしながらジークを見ていたが、やがて大きく頷いた。

 何とか説得することができたようだ。


「……粋なことするじゃん」


 隣にやってきたウルウェンテが、ニヤリとしながらジークの肩を軽く叩く。

 ジークは照れ笑いを浮かべそうになり、自分の口元を片手で覆った。

 咳払いをしてから、ジークはウルウェンテに小声で話しかける。


「護衛はこちらに任せて、ウルウェンテは『本来の仕事』をしてほしい」

「いいのか?」

「オレたちに監視がついているとは思えないが、何日も調査をしない訳にはいかない」


 ジークとウルウェンテが二人とも街を離れて護衛をしていると知られたら、さすがに組長も「依頼を諦めたか、無視している」と判断するかもしれない。

 さすがに、依頼を達成した後で「なかったことに」はならないだろうが、報酬を下げられたり、ゴネられたりしたら分が悪い。

 何しろ正式な契約書もなく、あくまで口約束なのだ。


「……分かった。ちなみに昨日の件だが、特に噂はねえ。まあ、引き続き調べてみるけどよ」

「助かる」


 偽装と誘拐を結びつけるのは早計にしても、職人を狙っているという線もありえるかと思ったのだが。

 例えば、有名な職人が誘拐されれば騒ぎになるが、弟子ならば、とか。

 ――いや、それはないか。

 一人前の技術がないから弟子なのであって、そんな未熟な職人を誘拐したところで旨味は薄い。

 奴隷として売るにしても大した価値はないだろうし、もちろん今回のような高度な偽装なんてできるわけがない。

 そこまで考えて、ふと気づいた。

 ――二ムは、偽装する技術を持っているのか?

 見破る目はあった。

 どこかで知識を得たからこそ、というのは当然だが、それを彼自身が実行できるかどうかは別だ。

 そこも含めて、二ムに問い質すときは注意しなければ。

 

「私も行きますっ!」


 思考に耽っていたジークは、イルネスの声で意識を引き戻される。

 どうやら護衛についてきてくれるようだ。

 イルネスは何かとジークと行動を共にしたがるので、おそらくそういう流れになるだろうは思っていたが……何やらニムニリトに対して警戒心のようなものを持っている気がするのは気のせいだろうか。

 誤解は解けたはずなのだが。

 

「もちろんだ。頼りにしている」

「は、はいっ、お任せを!」


 ぱっとイルネスが笑顔になり、胸を張る。

 実際、イルネスの心臓の病を考えると、護衛は彼女に向いている任務だ。

 襲ってくる敵を撃退すればいいので、敵を倒しきる必要はなく、逃げる相手を追撃することも不要。

 規模にもよるが、普通の魔物討伐よりも体力の消費は抑えられる。


「とりあえず、話はまとまったな。ウルウェンテは昨日付き合わせて悪かった」

「いいっての。こないだのスイートビーの一件で、けっこう懐は温かいからな。焦って稼ぐ必要ねーし」

「うっ……その節はどうもです」


 イルネスが小さく頭を下げる。

 彼女の暴走で始まった一件で、スイートビー退治そのものの報酬は別パーティに譲る形となった。

 ただ、ギルドの温情か、スイートビーに誘われて集まってきたその他の魔物討伐の褒賞はジークたちに支払われた。

 ポイズンウルフなどを含め、下級冒険者では危険な魔物もずいぶん倒されていたので、けっこうな額になったのだ。

 村人たちも、当面の間は魔物に怯えなくて済むと大変喜んでいたとか。

 イルネスはその褒賞を三等分し、ジークとウルウェンテに渡した。

 盗賊の時と同様だ。

 ほぼイルネスの手柄なのだが、仲間だから――というより、今回は贖罪の意味が多分にあるだろう。


「さあ、何はともあれ出発しましょう!」


 イルネスが話を切り替えるように声を上げ、ジークたちはギルドを出た。

 今後の方針も決まったので、さっそく二ムの買い出しの続きである。

 彼が必要としているのは聖魔具そのものではなく、それを作る材料なので、一つの店舗だけでは終わらなかった。

 イルネスも、最初は警戒するように黙って歩いていたが、商店街を歩きながら案内するうちに口数が増え、二ムとも雑談程度の会話はするようになっていった。


「へぇ、君もデイール地方の出身なんだ。懐かしいなぁ」

「そうですね。ノイゴの実を食べたくなってきます」

「それ分かる! 酸っぱいけど、つい手が伸びちゃうんだよねー」


 二人は同郷ということもあり、共通の話題もあるようだ。

 ――ジークとしては、痛恨の記憶しか残されていない場所。

『その話題』が出ないか、冷や汗をかいている間に、最後の店にやってきた。

 小さな店で、薬品の類を売っているようではあるが、冒険者とは縁がないので詳細はジークも知らない。


「じゃあ行ってきます」


 二ムはペコリと頭を下げて、店の中へ入って行った。

 ジークは外で待っている間に、リトルズギルドから依頼を受けたことをイルネスに説明した。

 黙ったままという選択肢も考えたが、二ムの護衛として数日、一緒に行動するのなら、話しておいたほうが安全だろう。

 相手がリトルズギルドの幹部だと知っていれば、慎重になってくれるだろうし、普段の警戒度も上がる。


「……そういう訳で、相手は情報戦のプロだ。イルネスも、積極的に手伝おうとしなくていい」

「えー、どうしてですか?」


 イルネスの不満げな声に、ジークは自分の目元を指先でつつく。


「何かを知りたがってる奴は、顔に出る。オレも誤魔化すのは苦手なほうだが……イルネスはオレ以上に、な」

「そんなことないですぅ!」


 ふくれっ面をするイルネス。

 手鏡があれば、すぐさま突きつけてやるところだ。


「相手にバレて、情報を隠されるくらいならまだいい。だが、嗅ぎまわる俺たちを邪魔に思って、始末しようと動かれたら……オレではどうしようもない」

「その時は私が!」

「力でどうにかなる方法ならいいけどな。例えば毒を使われたら、解毒のできる【聖術士セインティ】が身近にいないオレたちは即アウトだ」


 毒にもいろいろある。

 食事や飲み水に混ぜるものもあれば、矢やナイフに仕込むものもある。

 他には、空気に乗って嗅ぐだけで効果を現わす毒もある。

 そして問題は――『自分は狙われている』と思わされたら、もう終わりであることだ。

 いつ、どこで、何を仕込まれるかもわからない恐怖と、一生付き合っていかなければならない。

 満足に寝られず、食べ物はすべて警戒し、近づいてくる人はすべて疑う。

 ……そうやって追い詰められて自殺した『補助』の冒険者を、ジークは知っている。

 複雑な顔をするイルネスに、ジークは諭すように言う。


「パーティにポジションがあるように、依頼にも向いている特性がある。もし戦闘が起きた時、イルネスは一番頼りになるんだ」

「そ、そうですか、えへへ……」

「だから、リトルズギルドの依頼については、オレとウルウェンテが受けている、という事実だけ覚えておいてくれればいい。こっちに任せてくれ。その代わり、荒事になったら力を貸してほしい」

「はい、お任せください!」


 イルネスは胸を張って答えた。

 ちょっと露骨な持ち上げ方をしたかと不安を覚えたが、大丈夫そうだ。

 そんなことを思っていると、店からニムニリトが出てきた。


「お待たせしました。これでボクの買い出しはすべて完了です」


 二ムが背負っている背嚢はかなりの大きさに膨れ上がっていた。

 歩く様子からして、嵩はあるが重さはそれほどでもなさそうだ。


「よし、じゃあイルネスは旅の準備だ。途中で一泊、往復で二泊だな。宿場町を経由するから食事は非常携帯用だけで構わない」

「分かりました!」

「一時間後に冒険者ギルドで待ち合わせだ」

「はいっ!」


 イルネスは嬉しそうに頷くと、意気揚々と去って行った。

 ジークと一緒に依頼の旅ができるのが嬉しい、といった様子だ。


「すごく元気な人ですね」

「そうだな。あいつは今、冒険者という夢を叶えている最中だからな……毎日が楽しいんだろう」

「いいですね、そういうの。羨ましいです」


 ニムと話しながら、冒険者ギルドへと向かう。

 ジークは最初からニムの護衛をするつもりでいたので、家を出る前に準備は終えている。

 後はイルネスが来るまで待ち、一緒に出発するだけだ。


 ――ここしかないな。


 聖魔具の一件を聞くなら今しかない。

 だが、どうやって切り出すか……


「……朝のヒト、昨日の店主さんですよね。聖魔具のお店の」


 二ムが、遠慮がちに尋ねてきた。

 思わぬチャンスである。


「そうだな。昨日会ったばかりだし、さすがに覚えてるか」

「……どんな話だったんですか?」


 ストレートに来た。

 これは逆に……二ムから探りを入れられているのか。

 イルネスに「二人きりで話した内容を聞いてくるな」と忠告した場面を二ムも見ていたはずだが、それでもなお聞くということは、よほど気にしているのだろう。

 ――ここは、ある程度本当のことを話すか。

 変に改変して、辻褄合わせに失敗するとまずい。


「偽装を見破った二ムの腕に驚いていたよ」

「てことは、やっぱりあの故障に関する話だったんですね?」

「そうだ。あの店主、ルインは、指摘された後よく調べてみて、ようやく気付いたと言っていた。それをちょっと見ただけで気付くのはすごいと」

「すごい……んでしょうか」


 二ムの声は少し沈んでいた。


「かなり難しい技術という話だったろう?」

「確かに、あの偽装を可能にする技術はすごいです。ボクではとても真似できません」

「……できないのか?」

「はい。ボクが気付いたのは偶然というか、何というか……」


 歯切れの悪い物言いだった。

 適当な言い訳を考えているのかもしれない。

 次の言葉を待っていると、二ムは自信なさげに話し始めた。


「……ボクは【聖魔具士クリエイティ】や【創具士フルクリエイター】になりたくて、いろんな職人に会いに行きました。とにかく勉強するために、何とか頼み込んで、下働きでも何でも雇って欲しくて」


 いろんな職人に会いに。

 つまり、ほとんどの職人が、雇ってくれなかった、ということだろう。


「職人になるには『固着型』の神魔力に長けている必要があります。でも、ノーム族にはあまり縁のない力で……最初から無理だと決めつけられてました。運よく雇ってくれたと思っても、本当に雑用だけで、工房には立ち入り禁止。職人さんに話しかけることも禁止。何も勉強させてもらえませんでした。他の新人ドワーフにはどんどん教えているのに、ボクだけ……」


 二ムの声が震えていた。

 怒りか、悲しみか……

 辛い日々だったことは想像に難くない。

 だが、世の中には向き不向きがあるのも事実だ。

 道具や武器、防具を作る職人なら、一定水準以上の品質を生み出す腕が必要であろう。

 もちろん、技術や知識は最初からあるものではない。

 しかし職人の数は多くはなく、弟子の教育に割ける時間も限度がある。

 多くの弟子入り志願者の中から「こいつは伸びる」と判断した者を優遇し、他を切り捨てるのもまた、自然の淘汰と言えるかもしれない。

 二ムニリトを冷遇した職人たちの判断は、間違いとは言い切れない。


 ――皮肉だな。


 ジークは自分の腕を軽く撫でる。

 才能不足を否定したくて必死にもがいていた自分が、他人のことになると平気で才能について割り切って考えてしまっている。

 いや、もがき続けたからこそ、というべきか。

 ジークは結局、四十目前になってもその壁を越える方法を見つけられなかった。

 英雄になるという夢こそ再燃しているが、それは「才能のない自分」を前提としている。

 だから聖魔具を利用することに活路を見出そうとしているのだ。


「だからボクは、職人さんがミスして廃棄になった未完成品を、処分前によく分解して眺めていました。職人さんの使い古した処分用の道具を使って、ルーンを刻む真似事をしてみたり。……ずっとそんなことをして気づいたのは、職人さんごとにルーン文字の癖や流れがあるということです」

「なるほど……写本とかでも、同じ人が書いたものは何となく分かるしな」

「そうです、まさにそれです!」


 我が意を得たりと、二ムの頬が嬉しそうに緩む。

 ジークは商家の出身で、家族は全員読み書きができた。

 メモ一つを見ても、家族の誰が書いたかはすぐ分かったものだ。


「だから、昨日の偽装も気づきました。ただ、おそらく偽装する側も、文字を似せようとしていたので、よく見ないと分かりにくくはなっていましたけど」

「その小さな違和感をすぐ見つけ出したのか……すごいな」

「いえ、それほどでも……」


 照れていた二ムは、すぐに視線を落とした。


「でも……偽装なんて酷いです。聖魔道具や聖魔武具は、使う場面によってはヒトの命に係わることなのに。職人さんたちは、それを分かっているからこそ命がけで作っているはずなのに……」


 ボルグの激怒した様子を思い出す。

 もしジークが同じ立場だったとしたら――聖魔具の不備で、イルネスやウルウェンテが大怪我したとしたら、作った職人や、売った店に怒りをぶちまけに行くかもしれない。


「そういえば、あの『ライカ』は爆発したとボルグが言っていたが……」

「本当の意味での爆発ではないと思います。もしそうなら『ライカ』がそのまま残っているわけがないので」

「それもそうか」

「おそらく、貯めてあった神魔力が、偽装した部分に集中して一気に溢れてしまったんだと思います。だから爆発するように光って、神魔力がぶわっと周囲に飛び散ったんだと推測できます」

「衝撃波ってのは神魔力を直接受けたからか?」

「たぶん。解除しようとしていた罠も、その神魔力を受けて暴発してしまったんじゃないでしょうか」


 改めて、ボルグが怒った理由が分かる。

 罠は物理的な仕掛けのものだけでなく、神魔力を使ったものも存在する。

 ルーン術などを用いて、仕掛けに触れると術が発動するタイプのものだ。

 これに対応するには【解錠士クリアラー】が使う、神魔力を指先から流して仕掛けられた術を無効化する技術が必要だ。

 繊細な技術だと聞いたことがある。

 その【解錠士クリアラー】の作業中、神魔力の衝撃波と閃光が襲ってきたら……とてもじゃないが、成功はしないだろう。

  大怪我を負ったということだが、無事に復帰してほしいと思う。


「他に、何か気づいたことはあったか?」


 二ムが偽装に嫌悪感を抱いていることは分かった。

 おそらく彼は、この件には関わっていないだろう。

 少しほっとした気持ちで尋ねたのだが、二ムは足を止めてしまった。

 考え込んでいる……というよりは、迷っているように見える。


「どうした?」

「……いえ、推測だけで、変なことを言うわけには」

「それで構わない。よかったら聞かせてくれないか?」


 ジークも足を止めて二ムに向かいあう。

 少年はジークの顔をチラチラと覗き見るような素振りを見せた後、少し小声で答え始めた。


「ボク、考えていたんです。この偽装は、どうして行われたのか。ルインさんの話によれば、最近こうした故障がよくあるって。たぶん、こうして無理やり修復された商品は、一つや二つじゃないんだと思います」

「……組織的にやってるってことか」

「『ライカ』が使えなくなる理由は、だいたい三つです。込められた神魔力が切れたのが一つ。持ち手や発光部分が壊れる外部破損が一つ。そして内部のルーン術が傷つくなどして機能を発揮できない内部破損です」

「なるほど。今回の偽装は、内部破損を直したのか」

「そうなります。外部破損は部品交換だけで簡単に直せますし、込められた神魔力が切れたものはそもそも廃棄するしかありません。ルインさんがやっている『修理』も、この外装部分に関してだと思います」


『神魔力の独立個性』の法則によって、他人の神魔力を受け取ったり、他人の術に自分の神魔力を付け足すようなことはできない。

 神魔力を使い切った聖魔具は、捨てるしかないのだ。


「内部破損も本来は廃棄なんだろう?」

「もちろんです。作った本人ですら、新たに術をゼロから作り直すことでしか対処できません」


 それでは、修理というより新品を作っているのと同じだ。

 輸送費や作った職人を探し出す手間を考えると、新品を買ったほうがよほど安上がりだ。


「それなのに、他人が強引に手を加えて『直ったように見せかける』なんて……例えるなら、の空いた鍋に、粘土を詰めてごまかすようなものです。そんなもので料理を作ったら、また壊れるどころか、料理を食べた人まで苦しむような異常を引き起こします」

「それを理解した上で無理やり修復して売った奴がいるってことか……」

「気になるのは、故障した『ライカ』のうち、内部破損だけを集めた方法です」


 確かにそうだ。

 内部破損というのがどのくらいの割合で発生するのか知らないが、ジークが過去に廃棄した『ライカ』はほぼ「神魔力切れ」だったはずだ。

 もし、この偽造が個人ではなく組織的に、違法な金儲けとして行われているのだとしたら、相当数の故障品を集め、選別しなければならないだろう。


「捨てられるものだからタダ同然で集められるとはいえ……そんなものを大量に回収しているとなると、かなり目立つな……」


 村や小さな町では、ゴミは「そのへん」に捨てられるのが常だが、アグロアーのような大きな街では集積場が指定され、そこに投棄される。

 店や各家庭のゴミを集めて集積場へ運ぶ仕事もあるくらいだ。

 壊れた聖魔具も、店で修理不能と判断されたら当然、ゴミとして捨てられる。

 ……故障品を集めるとしたら、そのあたりか。


「分かった、調べてみよう」

「それと……これは小さなことかもしれないんですけど」


 前置きして、二ムは小声で話し始めた。


「あの『ライカ』の芯盤……この国で作られたものじゃないかもしれません」

「外国製ということか?」

「たぶん、ですけど。ルーン文字の特徴に、馴染みのない癖が見られました。前に一度、国境向こうの街から来たっていう職人さんがいましたが、癖がとても似ています」

「その国から仕入れた『ライカ』だったってことか」

「そうかもしれませんが……『ライカ』は基本的に、どこの国も作れます。ルーン術式も知れ渡っていて、素材集めもそれほど難しくありません。だから、よほどのことがない限り、他国に商品として持って行っても輸送費がかかるだけで旨味がないんです」

「そうなると、もしかしたら……この偽装に使われている芯盤というのは、他国で集められている可能性もあるということか」

「そうかもしれません」


 集められた偽装の材料と、売られる場所の距離が遠い。

 これならば、確かに発覚の恐れは低くなる。

 しかしそうなると、国を越えた大きな組織的活動が必要だ。

 例えば地方領主同士の結託や、聖教会なら可能。

 そしてもう一つ――リトルズギルド。

 その他のギルドも各国にあって協力関係にあるが、どちらかといえば自国の活動を中心にしていて、利害が一致しなければ絡むことも少ない。

 半面、リトルズギルドは大陸中にいるクォルト生存のために作られたものであり、横の繋がりは非常に強い。

 表裏は違うが、特権を認められている聖教会に匹敵するだろう。

 ジークの脳裏に、組長の言葉が甦る。

 ――これは、もしかして本当に、何らかの関わりがあるか。

 二ムの護衛を終えたら、さっそく調べにかかったほうがいいかもしれない。

 そんなことを思っていると、二ムがぽつりと呟いた。


「……気づかなかったのかな」

「何の話だ?」

「あっ、いいえ、こっちの話です……何でもないです」


 二ムは話を切り上げたように歩き始めた。

 話すつもりがなさそうなので、些細なことかもしれない。

 そう切り替えて、ジークは少年の隣に並んだ。

 

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