二章 第7話

「ボクは先生の元で勉強中なんです」


 商店街へと案内する道すがら、二ムはそう言った。


「学者を目指しているのか?」

「いえ、先生は【創具士フルクリエイター】なんです」

「初めて聞くな……何をする人なんだ?」


 ジークが質問を重ねると、二ムの目が輝き始めた。


「はい、聖魔具全般を作る人のことです!」


 聖魔具とは、聖魔道具と聖魔武具を一括りにした総称だ。

 もともとは、聖術のような効果を示すものを「聖具」、魔術の効果なら「魔具」と呼んでいた。

 このあたりの細かい説明は、聖教会やら魔術師ギルドやらの政治的駆け引きがあったので割愛するが、今は一括りに「聖魔具」と呼んでしまうほうが一般的だ。

 

「なんだっけ、聖魔武具のほうが作るの難しいんだったか?」


 ウルウェンテの言葉に、二ムは頷いた。


「そもそも、武器や防具は鍛冶場が必要になりますので。聖魔具なら、専用の工具は必要ですが、武具の方に比べて準備がしやすいと思います。ただ、作成技術に関してはどちらも同じくらい高度です」

「なるほど。二ムの言う先生という人は、その技術を両方持っているのか」

「はい! ボクはいつか、先生みたいな職人になりたいんです。……と言っても、まだお世話になって半年しか経ってないんですけど」

「二ムは、聖魔武具に関して詳しいのか?」

「そんな、ボクなんてまだまだです。勉強あるのみです」


 ふとジークは「あの質問」をしてみることにした。


「聖魔武具の中に、使用者の運動能力を高めるようなものって、あったりしないか?」

「運動能力ですか?」

「ああ。できれば、今以上に素早く動けるものとか」


 二ムは歩きながら、腕を組んで必死に思考を巡らせている。


「それって、装備するだけで動きのパフォーマンスが向上するって意味ですよね?」

「ああ。やっぱりそんな都合のいいものはないか?」

「うーん、可能性は……低いと思います」


 店主ルインに聞いた後なので落胆は小さかったが、それでも残念と思う気持ちはあった。


「ジークさんは『神魔力の独立個性』についてご存じですか?」

「いや、聞いたことがないな」

「簡単に言うと、神魔力というのは人それぞれ違っていて、一つに合わさることはないという性質です。有名なのは、神魔力の回復についての研究ですね」


 神魔力は、個人ごとに独立していて、他人のものと混ざり合うことはない。

 だから、例えば消耗した自分の神魔力を、他から分け与えてもらって回復するといったことができない。

 体力の回復と同様に、食事や睡眠、時間経過といった方法で自然に回復するのを待つしかないのだ。

 二ムの説明を聞いて、ジークは感心して相槌を打った。


「へぇ、物知りだな」


 誉め言葉を聞いて、ぱっと顔を赤くした二ムは、その動揺をごまかすように説明を続ける。


「えっと、つまり運動能力の強化ってことは『活性型』の神魔力を使うということですが、結局それは自分の中の力を使うしかなくて、聖魔武具とか聖魔道具でどうこうできる問題じゃないんです」


 そこでウルウェンテが質問する。


「そういや、魔術にはアレがあるだろ。なんだっけ、ほら、パーティ全員を宙に浮かせて、川とか落とし穴とかを飛び越える奴が」

「ええと『フリエール』の術ですね」

「そうそれ。そういうので、びゅーんと動ける聖魔武具とかねえの?」

「あの術は、使いながら常に調整して動いてるんです。術者が進みたい方向に誘導したり、高くしたり低くしたり。でも聖魔具はそういう、現場に合わせて効果を調整するのは苦手なんです。聖魔具の効果は、作られた時に指定されたことしかできません」


 例えば『フレイギア』という比較的ポピュラーな聖魔武具がある。

 これは指定の言葉と動作で炎が噴き出すという剣だが、炎の出る方向や火力は常に同じ。

 焚火を起こすのにちょこっとだけ火を出すとか、逆にドラゴンを丸焼きにするほどの爆炎を出すといったことはできないらしい。


「でも……そうですね、例えばですけど『ハイシュートアロー』を応用して、ちょっとした力を得ることはできるかもしれません」

「まず『ハイシュートアロー』が分かんねーよ」

「すみません、ええと、より遠くまで飛ばせるようにした矢のことです」

「それを応用するというのは?」

「『ハイシュートアロー』は、矢自身に飛んでいく力が加わるように、効果を組み込むんですけど、これをブーツとか鎧に仕込んで、発動した瞬間に前へ飛び出すようにすることはできるかもしれません」

「……それって実戦で使えんの?」


 胡散臭そうに呟き、ジークに意見を求めるウルウェンテ。

 一定方向のみ、瞬間的に動く……要するに、背中を強く押してもらって速く動くということか。

 経験のないことなのでイメージするしかないが……

 おそらく、あまり役に立たない。

 実戦において「機敏さ」というのは「無意識の行動」だ。

 瞬発力、反射神経は言うに及ばず、訓練して身に着けた技も自然に、無意識に使えるように慣らしていく。

 先の『フレイギア』のように、聖魔武具には起動型のものがあるが、実戦の中で使いこなすには相当な訓練が必要なはずだ。

 奇襲でもない限り、敵も味方も動いている。

 特に前衛は敵との距離、攻撃と防御、接近と回避……常に変化し続けている。

 訓練を重ね、時間をかけて慣れて行った先にあるものが「使った瞬間だけ背中を押されるように前へ飛び出す」能力。

 ――正直、微妙だ。

 そもそもジークが欲しているのは、魔物より素早く動いて攻撃を回避し、こちらの攻撃を当てるための速さだ。

 一瞬だけでは意味がないし、外から押されるような速さでは今までに得た剣技などの技能感覚を潰されてしまう恐れもある。


「……そんなに旨い話はないか」

「あん?」

「いや、オレが欲をかいていたのが分かったよ。他の方法を考えてみよう」

「すみません、お役に立てなかったみたいで……」

「二ムのせいじゃない。むしろ、教えてくれてありがたい。二ムの知識はすごいな」

「えへへ……」


 胸の前で指を突き合わせて照れ笑いをするニムニリト。

 こういう姿を見ると、本当に子供のようだ。

 そんな話をしながら歩いているうちに、目的の店へとやってきた。

 昼過ぎに来たばかりの『ルイン武具商店』だ。


「初めてのお店に来るのは、なんだかワクワクします」

「ははっ、その気持ちは分かる気がするよ。じゃあ中に――」


 ジークが扉を開いた瞬間。


「だから、どうなってんだって言ってんだよ!」


 怒声が飛び出してきた。

 踏み出しかけた足を止めて中を覗き込むと、大柄の男が店主ルインに詰め寄っているところだった。

 カウンター越しだが、今にも額がぶつかりそうなほど身を乗り出している。


「いやぁ、そう言われても……」

「テメエんところで買ったもんだぞ、責任取るのがスジってもんだろうが!」


 どうやら男はクレームを入れているようだ。

 後ろ姿だが、腰にぶら下げている戦斧を見て気づいた。

 この街屈指の冒険者ボルグだ。

 肩を怒らせて、今にもルインの胸倉を掴みそうだった。


「と、とにかく落ち着いて……あ、いらっしゃい」

「おい、まだ俺の話が終わってねえぞ!」


 ボルグはルインを詰めつつ、視線をこちらに向けた。


「誰かと思えば死神ジークじゃねえか。お前のような底辺が買えるもんなんてねえぞ!」


 クレームの興奮が残っているのか、怒鳴られるジーク。

 剛毅な性格ではあるが、ここまで怒鳴り散らすボルグは見たことがない。


「何かあったのか?」

「てめえに話すことなんざねえよ!」

「落ち着きなよ、ボルグのダンナ。客が怯えてるぜ」


 ウルウェンテが指差す先には、ジークの後ろで震えている二ムがいた。

 ボルグはちらりと目をやり、次にルインを向いてから大きく息を吐いた。


「……ちっ、言い訳くらいはさせてやる」


 そう言って、近くの椅子を引っ張り寄せて座る。

 ジークはカウンターに近づいた。

 ボルグと店主ルインの間には、カンテラに似た道具が置かれている。


「それは『ライカ』か?」


 『ライカ』は、聖術の明かりを灯す聖魔道具だ。

 聖魔具の中でもかなり安価で、ジークも何度か依頼の都合で使ったことがある。

 使い方としてはカンテラとほぼ同じだが、軽くて丈夫で、使い捨てながらもかなり長時間の使用が可能だ。

 貴族や冒険者でなくても手の届くレベルで、例えばジークたちがよく利用する『エルパーネの酒場』などはこれを照明としていくつか導入している。


「そうなんだよ……どうも、故障してしまったらしくて」

「他人事のように言ってんじゃねえ。てめえが仕入れたもんだろうが!」


 さっきよりは抑えているものの、苛立たしげにボルグが言う。


「こ、壊れた……んですか?」


 ジークの後ろに隠れるようにしていた二ムが、恐る恐る顔を出してカンテラ型の聖具『ライカ』を見る。


「言っとくが、雑に扱ったり落としたりはしてねえ。それがこの前『リッチ』退治で入った洞窟の中で、いきなり爆発しやがったんだ!」

「ばっ、ばくはつ!?」


 二ムが素っ頓狂な声を上げる。

 ジークもさすがに信じがたい話だと思った。

 『ライカ』は火薬を使っていないし、火ではなく光を起こす術を発動させるだけだ。

 周囲の反応に、ボルグは軽く咳払いをする。


「……爆発といっても、炸裂弾のようなものじゃねえ。最初に目もくらむような閃光が出て、次に体が痺れるような衝撃波だ。体が吹っ飛ぶようなものじゃねえが、眩しくて目は開けられねえし、指先は痺れるしで、とにかく驚いた」

「ライカの神魔力不足が原因というわけじゃなさそうだな」

「たりめーだ。仕事の前に毎回必ず確認してる」


 ジークの問いに鼻息荒く答える。

 『ライカ』は、発光に必要な神魔力を内蔵していて、胴体に刻まれた文字の光り方によって残量が確認できる。

 また、発光そのものも徐々に弱くなっていくため、使っていれば普通に気づく。

 残量ゼロで最初から点かないのならともかく、いきなり途切れるなんてことはジークも見たことがなかった。


「この爆発は、俺の仲間が『リッチ』の仕掛けた罠を解除してる最中だった。そのせいで危うく死にかけたんだ。仲間の【解錠士クリアラー】は大怪我、依頼は中断。もし『リッチ』に見つかってたらどうなってたか分からねえんだ……!」


 ボルグは歯をむき出しにして、怒りと悔しさを噛み殺している。

 『リッチ』は悪霊系の魔物の中でもかなり危険度が高い。

 多彩な魔術を操り、罠を仕掛け、誰かが近づけば術の実験台とばかりに襲い掛かってくる。

 中級冒険者以上でないと討伐依頼を受けられない、手ごわい相手だ。


「聖魔具のことは俺たち冒険者には分からねえ。知ってるのは使い方と効果だけだ。だが、職人がプライドをかけて作ったモノだから、俺たちは信じて使う。それが冒険者と聖魔具の関係ってもんだろうが」

「それは……」


 ルインが口ごもる。

 ジークの心情も、どちらかといえばボルグ寄りだ。

 二ムやその先生のように、聖魔具を作るには高度な知識と経験が必要だ。

 中級だろうが上級だろうが、たいていの冒険者は聖魔具の詳しい構造なんて知らないし、直し方も分からない。

 ジークは『ライカ』を手に取ってスイッチを入れてみたが、確かに光らない。


「ルインさん、これの仕入れ先は?」

「……実は、この店でもそろそろ聖魔具の新品を扱いたいと思っていてね。ちょうど卸の売り込みがあったから、扱わせてもらったんだ。王都で製造されたものではないんだけど、動作確認や細かいチェックはしたよ」


 そう言って、ルインはカウンターの下から別の『ライカ』を取り出し、二つを並べてジークに見せた。

 ルインが指差す部分を見ると、片方には王都を示す印章が彫られていた。

 少し薄汚れているから、こちらはおそらく修理を頼まれた中古品だろう。

 その一方で、ボルグが爆発したと言っている『ライカ』には、この刻印はない。


「これは認可印といって、国から許可を得た者だけが刻印できる。国のお墨付きってやつさ」


 聖魔具づくりはどの国でも重要な産業だ。

 聖魔具を作る職人たちは、国から手厚く保護、管理されている。

 その職人たちが作り出す聖魔具も当然、厳しい品質管理がされている。

 この刻印は一定以上の上質なものにしかつけられないし、つけたからには職人はその質の責任を負う。

 一般市場でも、この刻印の有無で値段も売れ行きも大きな差となる。

 ボルグの様子からも分かるように、冒険者にとって聖魔具の質は、自分たちの命を左右することもある重要な要素なのだ。

 なるほど、とジークは頷いた。


「つまり今回、ボルグが爆発したと言っているのは、認可印がないから王都製ではないと?」

「そうなるね。でも、例えば地方貴族の有力者だって職人を抱えているところはあるし、独立した工房で細々と作っている職人もごく稀にいる。王都製だけがすべてじゃないし……とにかく、この『ライカ』は確かな商品だよ」

「……ちょっと、見せてもらっていいですか?」


 二ムニリトが、興味深そうに『ライカ』を見ている。

 職人の卵として、好奇心が抑えられないのだろう。

 ジークの手から『ライカ』を受け取った二ムは、様々な角度からそれを眺めていたが、やがて片手をローブの中に入れて、ごそごそと何かを取り出した。

 小さな、金属の棒だった。

 先端が細く、平らになっているが、刃物というわけではなさそうだった。

 二ムはそれを『ライカ』に差し込もうとする。


「ちょ……少年!」


 ルインの声に、二ムはハッとなって顔を上げた。


「す、すみません、つい夢中に……あの」

「……何だ」


 呼びかけられたのが自分だと気付き、ボルグは二ムを横目で睨む。

 二ムは少し怯みつつ、懸命に声を出した。


「これ……分解してみたいんですけど、いいですか?」

「あぁ?」

「彼は【創具士フルクリエイター】を目指しているんだ」


 ジークの言葉に、ボルグは一瞬黙ってから、小さく鼻息をついた。


「……好きにしな。どうせ捨てるつもりだったんだ」

「あ、ありがとうございます……!」


 少しだけ嬉しそうな顔をした二ムは、カウンターに『ライカ』を置いて、手にした鉄の棒を隙間に差し込んで分解し始める。

 その動きは淀みなく、大した力を込めているようには見えないのに、あれよという間にパーツが外れていく。

 この手の作業に慣れているはずの店主ルインも、驚いているようだった。

 パーツの様子を確認し、さらに二ムは、中に入っていた芯のような部分を慎重にチェックしている。

 その表情が一瞬曇ったのを、ジークは見逃さなかった。


「何か分かりそうか?」

「え、あっ……その」


 自分が意見していいのか、迷っているようだった。

 店主ルインが頷きながら言う。


「意見を聞かせてくれ」

「オレも聞きたい。二ム、君の考えを教えてほしい」

「ジークさんが、そう言うなら……」


 二ムは少しはにかんでから、おずおずと切り出した。


「この、芯盤ですけど……後から手を加えた形跡があります」

「……なんだって?」


 ルインが、何を言われたのか分からないという顔をした。

 彼ですらそうなのだから、ジークにはもっと意味が分からない。


「すまない、もう少し分かりやすく説明してくれないか」

「あっ、はい、ええと……」


 二ムは全員の顔を見渡しながら、どこまで噛み砕いて説明すればいいのかを考えているようだった。

 やがて結論が出たのか、ジークの前に『ライカ』の中身を見せる。


「これは芯盤といって、ルーン文字を刻み込む特殊な鉱石の板です。ルーン文字についてはご存じですか?」

「主にドワーフが使う、神魔力のこもった文字のことだと聞いたことがある」

「発祥はそうですね。今では、聖魔具職人は必須で習得します」

「共通言語みたいなもんか?」

「というより、ルーン文字によるルーン術が使えないと、そもそも聖魔具を作れないんです」


 ウルウェンテの質問に、二ムが答える。 

 【魔術士ウィザード】や【聖術士セインティ】が使う術は「呪文」という。

 これは『顕現型』の神魔力を言葉と音に乗せることで発動させる術だ。

 それに対して、ルーン文字は物に刻むことで術を発動させる。

 『ルーン術』や『刻印術』などと呼ぶ。

 これは『固着型』と呼ばれる神魔力に適した術だ。

 書き記すことで長時間、神魔力を保持し、効果を発揮し続けることができる。

 欠点は、あらかじめ刻印された術しか使えない点と、文字が途切れたり消えたりすると効果が弱まったり発動しなくなったりする点だ。

 通常は硬いものに刻むのだが、布や紙などに記すこともできる。

 例えば、実体のない邪霊系の魔物を専門に扱う【除霊士エクソシスト】というクラスがあるが、彼らがよく扱う『呪符』は、聖術とルーン術の融合によって生まれたものだという。

 二ムは、芯盤の一部を指で指し示しながら言う。


「この部分なんですが、一度壊れて、作り直されています……おそらく、他の人の手によって」

「いやいや、ありえないよ!」


 即座に声を上げたのはルインだった。


「そんなことは不可能だ。『神魔力の独立個性』の法則で、他人の作ったルーン術を直すなんてできるわけがない」

「その通りです」


 二ムが素直に頷く。


「だから、こんなことをすれば、一時的に機能を補ったとしても、すぐに無理がきて作動しなくなる……と推測できます」

「するってぇと、つまりこいつぁ、壊れたモンを無理やり直しただけの不良品ってことじゃねえか!」


 ボルグが再び怒りをルインに向ける。

 そのルインは顔を青くして、二ムの手元の芯盤を見ていた。


「いや、待ってくれ、そもそも『一時的に』とかそういう話じゃない。ルーン術が他人によって破壊されることはあっても、補うことができるなんて聞いたことがない」

「ただの想像というか、推測ですけど……術式そのものを直したんじゃないと思うんです」

「どういうことだい?」

「どの部分が壊れたかは分かりませんが……『ライカ』が明かりを灯すには、いくつかの手順があります。光を生み出し、媒体に移し、それを留める、といった具合に――ええと、うまく説明できませんが、いくつかの段取りを経て『ライカ』は周囲を照らすことができるわけです」

「……つまり、段取りの場所によっては、他人が手を加えても問題ない箇所があるということかい?」

「そうだと、思います。もちろん、そこも含めて一つの術なので、明らかに違う術式を書き込んだら失敗します。なので、元の術に似せて、術本体が『正常だ』と錯覚するようにしないと」

「待ってくれ……頭が痛くなってきた」


 ルインが額を押さえながら椅子に座り込む。

 その道に詳しいはずのルインですらこの調子だ。

 ジークにはさっぱり理解できなかったし、イルネスに至ってはすでに話を聞かずに店内を見回して暇つぶしをしている。


「ええと……すみません。ボクが言いたいのはつまり、非常に高度というか、特殊な技術ですが、非常に短期間だけ誤魔化して『直ったように見せかけている』状態だったと思います」

「なんてこった……」


 ルインは半信半疑ながらも、二ムから受け取った芯盤をまじまじと見ている。

 それから、大きなため息をついた。


「とにかく、今の話も含めて、俺の方でも調べてみるよ。結果が分かったらすぐに知らせよう。ボルグ、それで今は勘弁してくれないか?」

「……けっ、俺にゃあそういう技術的なことは分からねえ。だが、俺を騙そうとするんじゃねえぞ。確実にやれよ」

「ああ、任せてくれ」

「……じゃあ、もう一度だけ信じてやらぁ。もし今の話が本当で、犯人が見つかったら真っ先に教えてくれ。あいつの怪我の代償を死んでも払わせてやる――」


 ボルグはそう言い残して、店を出て行った。

 二ムとルインが意見を交わす様子をよそに、ジークは目の前の『ライカ』をじっと見つめていた。

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