二章 第3話
日が昇り、活気づく商店街の前を、ジークは歩いていた。
盾はベルトで背負うように固定してある。
木をメインに、薄く伸ばした鉄板を張り付けた造りで軽めの盾ではあるが、腕につけたままでは少し気になる。
何より、食事や買い物には邪魔だ。
「師匠、聖魔武具って何ですか?」
食後に解散したのだが、イルネスは結局ジークについてきた。
マルフィアは自分のパーティメンバーと話をするとかで別れている。
イルネスが同行してきても彼女のすることはないが、邪魔というわけでもないので好きにさせている。
むしろこの機に教えておくべきか。
「簡単に言えば『術によって強化された武器や防具』のことだ」
「それって、普通の武器とかより強いんですか?」
「モノにもよるが、まあ、断然強いと言っていいだろうな。普通の武器に、術の強さが上乗せされてるわけだから」
「じゃあ、それを師匠が手に入れたら、一気にパワーアップですね!」
「あのなあ……」
確かにそれを期待して、これから聖魔武具の店に行こうとしているわけなのだが……あまりに能天気なイルネスの様子に、少し苦言を呈したくなる。
「オレも実力が伸びず悩んでいた時、それを真っ先に考えた。だが、考えてみてくれ。使うだけで強くなる武器なら、冒険者はみんな欲しがるだろう?」
「それはそうですね」
「聖魔武具は特殊な作り方をするらしくて、たくさんは生産されない。しかし欲しいと思う人は冒険者だけじゃない。領主や国王だって、自分の兵士たちに装備させたいと考えるだろう。すると当然、値段はどんどん上がっていく。強い武器や防具ほど、とんでもない値段になる」
「あ、そっか……じゃあ、稼げる冒険者とか、金持ちの領主しか買えないってことになりませんか?」
「正解。しかも稼げる冒険者とは、強い魔物と戦える冒険者だ。その結果、強い奴のところには優秀な聖魔武具が集まり、オレのような底辺にはほとんど回ってこない」
「それじゃ、強い人はどんどん強くなって、弱い人は弱いままってことですか?」
「……まあ、な」
これもまた、冒険者の真実の一面だ。
冒険者ギルドは、この傾向に「待った」をかけるべく働きかけをしているが、そう簡単にはいかないだろう。
強い武器を弱い冒険者が使えば、戦闘力は間違いなく上がる。
しかし、それでも魔物に殺されてしまった時、強い武器も破壊されたり失くしたりしてしまったら、稀少で強力な武器が無駄になってしまう。
強い者が、強い装備を使う。
それは至極当然の流れなのだ。
もちろん貴族や豪商など、金があれば戦闘力がなくとも手に入れること自体は難しくないが。
ちなみに、中級冒険者と上級冒険者の境目は「強力な聖魔武具に手が届くかどうか」が基準の一つだ。
「じゃあ、強い武器を買えるように、どんどん魔物を倒さないといけませんね!」
ここで「金持ちはずるい!」とか「世の中不公平だ!」と言い出さないのがイルネスの美徳だろう。
孤児であり、身体に病を抱えて生きてきた彼女なら、他人を羨み、妬みたくなることなどいくらでもあっただろうに。
「おっと、ここだ」
冒険者向けの店が並ぶエリアの、端の方。
『ルイン聖魔具修繕店』の看板が飾られた店は、こじんまりとした外観をしていた。
名前の通り、ルインという店主が一人でやっている店で、主な仕事は修繕。
新品はあまり置いていないと聞いている。
ジークは底辺冒険者であり、仕事の準備にかけられる金もあまりないため聖魔道具も必要最低限しか使わない。
買う場合でも、冒険者ギルドが斡旋してくれたものを手に入れているので、こうした専門店に足を運んだことはない。
ただ話を聞く限り、ここの店主ルインは冒険者の評判は悪くない。
特に下級冒険者からは「利用しやすい」「良心価格」など好評を博している。
「師匠の行きつけの店ですか?」
「いや、オレはほとんど聖魔具を買わないからな。場所は知っていたが、利用したことは一度もない」
ジークは緊張をごまかすように喋りつつ、ドアを開ける。
初めて見る店内は、思ったより手狭な印象を受けた。
壁には様々な部品や商品が飾られているが、適当に並べているだけなのか、あまり統一感はない。
床に積んである箱も乱雑で、重さで変形してしまっているものもあった。
口に出すのは憚られるが……まさに庶民の店、といった印象だ。
ふと、油のような臭いが鼻を突いた。
視線を奥に向けると、木製のカウンターの奥で店主が黙々と何かの作業をしているのに気付いた。
ジークたちが近づいていくと、ようやく気付いたように店主は顔を上げた。
「おっと、いらっしゃいませ……おや、珍しい客だね」
中年の男は、眼鏡の位置を直しながら立ち上がった。
彼が店主ルイン。顔だけは知っている。
年齢はジークより一回りくらい上だろうか。
中肉中背で、紫のメッシュを入れた頭髪が印象的だ。
首からタオルをかけ、汚れた手袋をつけていた。
長袖の上に真っ赤なエプロンを付けていて、これも油汚れが目立っている。
「こんな姿で悪いね。ちょっと手入れをしていたんだ」
手に持った部品と工具を掲げて見せる。
気さくな言葉遣いだが、不快な感じはない。
珍しい客――店主はジークのことを知っているのか。
すると当然「死神」云々についても知っていると思うが、見下したり嫌悪する様子はなく、ごく自然体に見える。
イルネスがジークの後ろから顔を出した。
「何か、汚れるような作業をしてたんですか?」
「ウチは修繕メインだからね。持ち込まれた道具を直してたのさ。他の店からは『そういうのは裏でやれ』ってよく注意されるんだけどさ。汚い恰好で店にいるといい客がつかないって。でも店番を雇う余裕もないし、まあ、こういう適当な感じのほうが、冒険者は利用しやすいんじゃないかって思うわけよ。思わない?」
「あ、いや……」
急に話を振られて、ジークは言葉に詰まる。
代わりにイルネスが質問を続けた。
「ここって、聖魔武具を売ってるお店じゃないんですか?」
「いちおう取り扱い大歓迎なんだけどね。ウチみたいな小さな個人店は、なかなか商品を卸してもらえなくて。食うために聖魔具全般の修繕を受け付けてたら、そっちのほうが有名になっちゃってね」
イルネスは今一つピンときていないようだ。
聖魔武具というのは高価で、仕入れにも金が必要だし、卸商人からの信用もいる。
ルインはおそらく、食いつなぐために修繕の仕事を始めたのだが、そちらの噂が広まってしまい、修繕の客が多く集まるようになってしまった。
それ自体は決して悪いことではないのだが、修繕とはつまり「買い替えを控え、何とか直してやりくりしている冒険者たち」がほとんどだ。
つまり下級冒険者であり、当然、所持している予算もさして多くない。
「客入りは多いが稼ぎは少ない」という状況なのだろう。
ルインの苦笑に、自分の非礼を察したイルネスが小さく頭を下げた。
「すみません、私、事情に疎くて……」
「なぁに。修繕というのも、意外と面白くてね。俺は元々、職人に憧れててさ。けっこう頑張ったんだけど、残念ながら作るほうの才能はなかったみたいで。しょうがないから販売の方で聖魔具を扱えないかと思ったのが始まりさ。店を開くまでもいろいろ苦労があってさ、聞いてくれよ――」
会話が好きなのか、すごい勢いでルインが喋り始め、イルネスも丁寧に相槌を打って応じている。
ジークは完全にカヤの外になってしまった。
悪い人でないのは伝わってきたが、少し変わった男のようだ……。
「――っと、少し喋り過ぎたな。今日はどんなご用件で、ジークさん?」
ジークの視線に気づいたのか、ルインが仕切り直すようにして顔を向けてくる。
「師匠、来るの初めてって言ってましたよね?」
どうしてジークの顔と名前が分かるのか、と不思議そうなイルネス。
しかし次の瞬間、ハッと何かに気づいたように口に手を当てた。
「まさか、師匠のすばらしさが、ついに街の人々に認められたのでは?」
「どういう理屈だそれは」
「あっはっはっ!」
ルインは大笑いしてから説明する。
「違うよ、彼はついこの間、ウチに来たんだよ」
「え?」
「ほら、血相変えて飛び込んできて『俺の弟子を見なかったか』って。ずいぶん慌ててたし、汗びっしょりだったし、よっぽど大事な人を探してるんだなと思ったよ。それがあの『死神』ジークさんだって知ったのは後日だけどね。言ってた通り、杖を持った赤毛の女の子を連れて入ってきたから、間違いないって思って」
ルインの後ろでは、話を聞いていたイルネスが頬を染めつつ目を輝かせていた。
「師匠、あの時、そんなに私のことを……」
――恥ずかしい。
みるみる自分の顔が熱くなるのを感じる。
確かにあの時は必死で、片っ端から商店街の店を回った覚えがあるが、どこに入ったかまでは記憶にない。
ジークはわざと大きく咳払いをした。
「あ、当たり前だ。お前が失敗したら、多くの人が迷惑を被ったかもしれないんだから、当然だろう」
「あっ、そ、そうですよね……」
しゅん、と気落ちするイルネス。
……くそ、話を逸らそうとして、逆にイルネスをヘコませてしまった。
「まあ、その……心配だったのも間違いじゃない。これから何かしたい時は、ちゃんと相談するように」
「は、はいっ!」
そんなやり取りをする二人を見ていたルインが、笑みを浮かべつつ頷いた。
「というわけで、だ。実は俺も昔、冒険者をやってたことがあってね。仲間思いの奴を見ると、応援というか、協力というか、まあ気持ちが入るわけさ。んで、要件は修繕のほうかい?」
「ああ、いや……今日は、尋ねたいことがあって来たんですが」
「それは聖魔具のことで?」
「ええ。どんな物でもいいんですが、使うことでスピードが上がるものって、どこかにありませんか?」
「スピードっていうと、軽くてよく切れるような、レイピアやサーベル系?」
「いや、そうじゃなく、なんていうか……俺の動きそのものを加速してくれるようなものです」
前衛の戦いにおいて、もっとも大切なのは素早さだ。
敵より早く動けるだけで、攻撃も回避も、あるいは逃走も、すべて優位に行える。
逆に動きが遅ければ、攻撃は当たらず、回避もできずにダメージを負い、逃げ切ることすらできない。
最低でも相手と同程度の素早さで動くことで、初めて武器の威力が必要になってくるのだ。
だから今まで、自身の少ない神魔力でも素早く動けるように軽い鎧しか身に着けず、盾も持たなかった。
防御力を下げて、一撃でも魔物の攻撃を食らえば瀕死になる危険を冒しながら、それでも身軽さを選ばなければならなかったのだ。
だから欲しいのは、攻撃力や防御力よりも先に、まずは素早さ。
聖魔武具の不思議な力の中には、スピードが手に入るものがあるのではないか――と思ったのだ。
もちろん、そんな効果のある装備品ならば、破格の値段に違いない。町一つ、あるいは城一つが丸ごと買えるほどの価値があるかもしれない。
当然ジークも、すぐ買えるとは思っていない。
ただ、あるのかどうか、手に入るとしたらどのくらいを知っておきたかった。
「装備するだけで軽快に動けるようになるものってことかい?」
ルインは腕を組んで、うなり始めてしまった。
首をぐるぐる回して視線をあちこちに向けていたが、やがて両手を挙げた。
「さすがに聞いたことないなぁ。威力の上がる武器とか、簡単な術を使える防具とか、そういうのはあるが……装備した人の素早さを上げるものはちょっと記憶にないよ」
「そうか……」
「もしかしたら『
やはり厳しいか。
あまり期待していないと言いつつ、ジークは落胆している自分に気づいた。
これまで散々、努力と試行錯誤を繰り返して実力を伸ばそうとしてきた。
だが、その結果が今の自分だ。
改めて、自分が目指そうとしているものが、分不相応だということを思い知る。
「師匠、今の『
イルネスが尋ねてくる。
そういえば、その辺の話はしたことがなかったか。
「『
「そんな古い建物の中に、聖魔武具があるんですか?」
「むしろ昔の方が、技術がすごかったんだよ!」
話に入ってきたルインが、タオルを握りしめて力説する。
「はるか昔、魔物の数は今よりずっと少なかった。大地の多くはヒトが支配し、技術も発展していた。ところが千年ほど前、世界各地で魔物が突如、大量発生し、人々を窮地に追い込んだ。大陸の八割の国や街が滅んだというよ」
「そ、そんなに!」
「魔物が珍しい時代だったから、戦う武器も、戦い方すらも未熟だったんじゃないかな。でも、人々もただ負け続けるだけじゃなかった。技術を結集して、魔物と戦う武器を作り上げ、抵抗した。……結局、戦乱の中でその技術はほとんど失われてしまったけど、作り出された武器や防具は、わずかに残った人々を救ったのさ」
「はえー、大昔にそんなことがあったんですねぇ」
「そうさ。今ある聖魔武具の製造技術も、千年前に残された武器防具を必死に解析して復活させた部分がけっこうあるんだ」
「なるほどぉ……つまり千年前の建物に行けば、中に当時のすごい武器とかが残っている可能性があるってことですね」
「そういうこと。ただ、今も残されているってことは、千年前から今まで、探索が進んでいない場所という意味でもある。どうして探索が進んでいないのかは……分かるね?」
イルネスが、小さく唾を飲み込んだ。
ヒトの歴史は、魔物との戦いの歴史だ。
千年前の厄災、そして百年前の大戦――それらを乗り越えても、人々は魔物に怯えて暮らしているし、大陸の多くは安全な場所ではない。
上級冒険者や、それを越えた英雄。
そんな彼らでさえ、見つけられないものがあり、踏み込めない場所があるのだ。
「それは『
ただ聞いているだけなのも暇だったので、ジークも口を挟んだ。
「魔物は、数が集まると自分たちが生存しやすいように空間を作り変える。一説によると、この世界の空間を、魔界と同じように瘴気の満ちた空間にしてしまうそうだ。そこでは魔物はより強くなり、他の生物は息をするのも苦しくなるという。まさに魔物の住処となるわけだ」
「それが『
「そうだ。魔物は『
その結果、戦死した者たちの装備が、今も残っている可能性がある。
『
そういう「旨味」がなければ、危険な『
イルネスが首を捻って必死に考えている。
「つまり……誰にも見つかっていない『
「あるいは、その『
ルインが捕捉する。
千年前の人々が戦って敗北し、そこに魔物が住み着いて『
現代の人々が『
宝のほうは、確実にあると決まっているわけではないが。
「なるほど、勉強になりました! じゃあ師匠、次の目標は『
ルインの目が丸くなる。
声に出して驚かなかっただけよく我慢したと言えるだろう。
荒唐無稽な話だ……ジークのような底辺冒険者が『
むしろそこにたどり着く前に、周辺に住む魔物に襲われておしまいだ。
だが……場合によっては、それも視野に入れないと、ジークの目指す先には行けないかもしれない。
自分で無茶だ、不可能だと思いつつも、英雄を目指すと決めたのだ。
――イルネスの言葉を、俺が受け止めないでどうする。
ジークは少女の肩をポンと叩いた。
「慌てるな。その前の準備はまだ山ほどある」
「はいっ、頑張ります!」
ルインがそれを聞いてか、納得するような笑みを浮かべた。
「力になれなくて悪いが、応援してるよ。また聞きたいことがあったら来てくれ」
「ありがとう、ルインさん」
「よしてくれ、呼び捨てで構わないよ。今後ともごひいきに」
サムズアップするルインに、ジークは何故ここが冒険者に評判なのか分かった気がした。
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