一章 第20話
「ポンコツ冒険者は英雄になりたかった」 第20話
猛烈な気だるさの中、目が覚める。
身体を起こそうとして、あちこちに痛みが走り、うめき声が洩れた。
「よっ、起きたか?」
ウルウェンテの声だった。
苦痛を我慢して上体を起こす。
どこかの室内だ。窓から差し込む光が明るい。
「ここはローロ村の村長の家だ。川の下流で倒れてたから、村人たちにも手伝ってもらってここまで運んだ。ったく、死体かと思ったんだぞ、ビビらせやがって」
ウルウェンテは苦笑して言う。
ジークの当初の予定では、イルネスに川の水を浴びせて『テンプテーションゼリー』を洗い流し、そこから川沿いに歩いて下山するつもりだった。
その作戦はウルウェンテにも伝えていた。もしジークたちが村に戻らない場合は、下流を探してほしいと頼んでおいたのだ。
「心配かけたな、すまない。イルネスは……」
ウルウェンテが指差す方を見ると、ジークから少し離れたところで、少女が静かな寝息を立てていた。
生きている――
「かなりヤバかったみてーだけどよ。マルフィアの仲間の【
「病気が治ったのか……?」
「病気? いや、それは知らねえけど、たぶん違う。体力を戻すとか分け与えるとか、よく分からんがそういう術だって言ってた」
「そうか……」
ジークも聖術については詳しくない。
とりあえず、自分とイルネスの命が助かり、小康状態であることに感謝すべきだろう。
「ちなみにジークの方は脇腹と腕の骨折、あと打撲がそれなりに。けっこう高いところから川に飛び込んだのか?」
「……まあまあだ。それより、あれから何日経った?」
「そんなに過ぎてねえよ。昨日の明け方に二人が助かって、そこから寝っぱなし。
みんな朝メシ食ってるタイミングだ」
部屋のドアがノックされた。
ジークが「どうぞ」と言うと、驚くほどの勢いでドアが開く。
「ジっ、ジーク、起きたの?」
「マルフィア……おはよう、でいいのか?」
「のんきな挨拶してないの、死ぬところだったんだから!」
どうやら彼女にも相当な心配をかけたようだ。
ジークが謝ると、マルフィアは静かに首を振った。
「今回の発端はあたし。そもそも『依頼回し』は回した側に非があるものだし。ギルドにもそう報告した。罰則もあたし達が受けるよ」
「いや、そういうわけには」
「お願い、そうさせて。……あたしも、ね。情に流されて、甘い判断をした自覚はあるから。冒険者として、中堅レベルから抜け出せなかったのは、そこらへんが理由だったのかも」
そう言ってマルフィアは、ジークとイルネスを交互に見た。
その目には、じわりと涙が浮かんでいた。
「本当に……二人が助かってよかった。二人に何かあったら、あたし……一生後悔するところだった」
「村の被害ゼロだったし、まあ、そんな厳しいペナルティはねーだろ、たぶん」
ウルウェンテが気楽な口調で言う。
彼女なりの気遣いだろう。
マルフィアは小さく笑った後、次の増援が来ることを教えてくれた。
今度こそ【
妥当な裁定だろう。
マルフィアたち『疾風のマーメイド』は、村の被害を減らすための先遣隊として一足先にやってきたのだ。
「イルネスは後で厳しく叱っておくよ。師匠として……いや、仲間として」
ジークの言葉に、ウルウェンテがほほ笑んで肩を竦めた。
意図に気づいたのだろう。
「んじゃ、アタシは先にメシ食ってくるわ。ほとんど寝てねーし」
「ありがとう」
おそらく、ずっと看病してくれていたのだろう。
ウルウェンテは手だけ振って部屋を出て行った。
「ん……ししょう……」
「あっ、イルネスも起きそうね。あたし、二人の食事持ってくるよ」
「助かる」
マルフィアも部屋を出ていき、寝ているイルネスと二人きりになる。
今後の処分次第になるが……もし、冒険者でいることを許されるのなら。
「あ、あれ……師匠、ここは?」
身体を起こそうとして、顔をしかめるイルネス。
大きな外傷はなかったようだが、疲労と筋肉痛で動けないのだろう。
聖術による回復があったとしても、彼女のほうがずっと激しく戦っていたのだ。
そんなイルネスに、話すことはたくさんあった。
独断行動への説教や、事情の説明。
だがそれよりも先に、伝えたいことがあった。
「イルネス……俺は、子供の頃、英雄になりたかったんだ。本に出てくるような、誰もが憧れるような、英雄に」
少女は横になったまま、きょとんとした顔をしていた。
ジークはちょっと恥ずかしくなって、視線を逸らしつつ話を続ける。
「あー、まあ……つまりだ。俺はこれから、その英雄を目指したい。自分の夢だった英雄を……もう一度」
「……はい」
「実力的にも、年齢的にも、先はほぼない。すぐに潰れて終わる夢かもしれない。でも俺は、命をかけてぶつかってこなかった。全身全霊で、やってこなかった……気がする。だから、諦める前に、最後の挑戦だ」
「はい……師匠なら、大丈夫です。きっとできます」
「そこで、だ。英雄になるには、仲間が必要だよな。ほとんどの英雄譚は、仲間がいてこそ偉業を達成できた。だから……」
ジークは顔が熱くなってくるのを自覚しつつ、小声で言う。
「俺の仲間に、ならないか」
「え、あ、は……」
驚きに見開かれた少女の瞳が、みるみる潤んでいく。
ジークは横目で、震える彼女の唇から発せられる言葉を待った。
「はい……はいっ! 私でよければ、ぜひ!」
涙を流しつつも、満面の笑顔で何度も頷くイルネス。
どこまでもまっすぐで、ちょっと非常識で、でも強い。
そんな少女が弟子になり、そしてこれからは仲間だ。
ジークは再び顔を逸らし、窓の外を見つめた。
明るい日差しが、心地よかった。
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