一章 第14話
ジークが冒険者になったのは、単純な憧れからだった。
神魔力の型識別検査で「該当なし」と言われ、才能がないことは子供の頃から分かっていたことだ。
後衛になる選択肢は最初から捨てた。
ヒューマンが術士になるには、幼少からの勉強がほぼ必須だ。
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どちらもスカウトか推薦が必要で、ジークには縁のない話だった。
それならば、前衛を目指すしかない。
かの英雄の冒険譚でも、主人公は剣士や槍士だったのだから。
様々な道場を渡り歩いた。
弟子入りし、戦力外通告を受けては次の道場を探して入る、この繰り返し。
そして、何とか冒険者の入り口に立ったのが十八歳の時だった。
田舎の道場で、師範から「辛うじて冒険者になれる」と、ギリギリの合格判定をもらって、ギルド登録に踏み切ったのだ。
ただ、十五歳の成人と同時に冒険者になる者が多い中、かなりの遅咲きだ。
それでも、ドッグタグを身に着けた時の感動は、今も覚えている。
最初にパーティを組んだのは二年後、若い新人たちに誘われたのがきっかけだった。
討伐経験が「ニー」のまま一向に上達しないジークだったが、二年間の経験値で業界にはそれなりに詳しくなり始めていた。その知識を頼られてのことだった。
ジークを含めて六人。標準的なパーティ構成だ。
だが、三ヶ月が過ぎた頃……ジークは脱退を申し出た。
仲間たちの伸びていく実力に、ジークがついていけなくなったからだ。
ジークの持つ知識といっても、基本的なことばかり。特別な情報収集能力があるわけでもない。
三ヶ月も一緒にいれば、すでに教えられることは何もなかった。
『何でそんなこと言うんですか、一緒に頑張りましょうよ!』
リーダーの少年、アルダートがそう言って引き留めてくれた。
『そうです。私たちはジークさんがいてこそ、喧嘩しても解散せず、やってこられたんですよ?』
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彼ら五人は、確かによく仲違いをした。若さゆえの衝突だ。そのたびに、ジークが仲裁し、角が立たないよう折衷案を出した。
彼らはいつも真剣で、まっすぐで、優しさがあった。
五人がみんな、ジークを引き留めてくれた。
嬉しさがあった半面、そうじゃないという思いも強くあった。
自分がなりたかったのは、そんな「相談役」のような立場じゃない。
まだ、諦めたくはなかった。
こんな気持ちのままパーティに残っても、惨めになっていくだけだ。
ジークはパーティを抜けた。
それから一年後。
ソロ冒険者をしつつ仲間を探していたジークは、三人組のパーティに誘われる。
『俺たちの仲間が、引退しちまってな。せっかくなんで一から出直そうと、若い奴を誘ってるんだ。どうだい?』
三人は二十代後半くらいの、風格ある冒険者たちだ。
ジークの他にも二人ほど、新人とソロ冒険者が加えられ、六人で組まれたパーティとなった。
だが……わずか一週間で、パーティは壊滅することになる。
結成を呼び掛けた三人組は、盗賊と手を組んだ奴隷商だった。
世情に疎い新米や底辺冒険者を、他国へ奴隷として売り渡していたのだ。
ジークがそのことに気づいたのは偶然だった。
冒険の依頼のフリをして国境へ向かう、その途中、夜中に三人が盗賊の一人と話をしている場面を目撃したのだ。
次の日の夜、ジークは他の二人に事情を話した。
『そんな……僕たちが?』
『せっかく魔術士ギルドを卒業したってのに……』
二人は顔を青くしていた。
ジークよりもずっと若く、そして才能もあるだろう。
せめて二人だけでも逃がしてやりたいと決意する。
ジークは必死に恐怖心を押し殺し、脱走を計画、実行に移した。
盗賊と本格的に合流される前しかチャンスはない。
火の見張り番交代の隙を狙い、一気に逃げる。
だが、地の利は三人組にあった。
すぐに回り込まれ、追い詰められてしまう。
『抵抗すれば命はねえぞ。生きていたければ大人しくしてろ』
三人組の誰かが言った。
一度奴隷に身を落とせば、そこから抜け出すのは容易ではない。それも他国へ売られるとなれば、奴隷のまま一生を終える可能性が高い。
ここで戦わなければ、死んだも同然だ。
ジークは二人に、手短に作戦を伝え、一人で飛び出した。
自分が囮となり、三人組の包囲を崩す。
その隙に、敵を一人ずつ倒していくのだ。
最も危険なのはジークだが、せめて若い二人が生き延びてくれれば。
――だが。
結果的に、その願いは逆転してしまう。
三人組は危険な【
そこからは、どう戦ったか記憶がない。
何度か斬りつけた感触はあったが、それがどの程度ダメージを与えたのかはまったく覚えていない。
次に意識が戻った時には、ジークは全身ボロボロだった。
切り傷、骨折、打撲は数知れず。呼吸も乱れ、両膝をついて座り込んでいた。
三人組は全員が倒れ、事切れていた。
若手二人が奮闘したのだろう。
そしてその二人も――息はしていなかった。
冒険者ギルドへの報告は、翌日になった。
奴隷売買する冒険者崩れのことはギルドも把握しており、ジークは一切罪に問われることはなかった。
ギルドは冒険者の汚点を内々で処理したかったようで「口外しないこと」を約束させられ、討伐経験も記されなかった。
代わりに、破格の臨時報酬が手渡された。
ジークはその報酬を等分し、二人の遺族に届けるよう頼んだ。
彼らを助けられなかった自分が、報酬を手にしていいはずがない。
そう思った。
三度目のパーティは、ジークが二十六歳になった時に誘われた。
すでに中堅の年齢で、今後の成長もさして見込めない、底辺の前衛。
そんなジークに、平均年齢五十越えの大ベテランパーティが声をかけてくれた。
どうも彼らは、高齢化もあって無理が効かず、ほぼ全員が引退を考え始めていたらしい。
――これから消滅しようとしているパーティに、何故俺を?
ジークの疑問に、リーダーのドワーフは言った。
『俺たち老人の、最後の仕事ってやつを思いついたんだ。なぁみんな』
『おうともさ。そんな顔して冒険者やってるなんて、もったいねぇ』
『冒険ってなぁ、人生を懸けて、命を張って、その金で旨い酒を飲む。これがたまんねぇんだ。分かるか坊主?』
そんなことを口々に言って、大笑いしている。
乗り気でないジークを半ば強引にパーティに組み込み、一つ、また一つと依頼をこなしていく。
彼らの実力は中堅の下辺といったところで、言葉や性格の割に地味な依頼を多く受けていた。それは年齢も考慮してのことかもしれない。
それでも、やはり魔物との戦闘は避けられない。
高齢パーティの中にあっても、ジークが戦闘で役立つ場面はほぼない。だが彼らはジークに前衛の仕事を任せ、手に負えないとすぐフォローしてくれた。
これでは「白金の獅子」の時と同じだ。
そう思って脱退を申し出ても「ワシらが引退するまで」と言われ、依頼に連れ回された。
仕事が終わればだいたい飲み会で、大騒ぎしてはジークが酔っぱらいの世話と後片付けをする。
最初はウンザリしていたが、そんな生活にも次第に慣れていく。
何より、彼らの戦闘技術や工夫、経験は、どれも勉強になった。
そうして半年が過ぎた、ある日。
魔物の分布地図を作るため、森林を探索している最中……本来遭遇するはずのない魔物と出くわしてしまう。
ファイアドレイク。
空を飛ばないだけのドラゴン、と言えばその危険度が分かるだろうか。
砦のような巨体に、岩を一瞬でかみ砕く牙。
吐き出す炎は鉄を容易に溶かし、地形を変える。
鱗は分厚くて刃が簡単には通らず、炎も氷も効果が薄い。
ありえない。何故ここに。気配はなかった。
寝ていたのか。他の魔物が少ない理由。目撃情報はゼロだった。
『おいお前ら、逃げ――』
その判断はあまりに遅すぎた。
空腹だったらしいファイアドレイクは、リーダーのドワーフを一瞬でかみ砕いた。
ガギ、ゴギ、と鎧や兜が砕ける音。
『逃げろ! 近くの村に避難を伝えろ! 散開!』
サブリーダーが指示を出す。
そのサブリーダーも次の一瞬で食われ……あとは無茶苦茶だった。
ジークは一人、森を走る。体中を枝にぶつけ、転がりながらも走る。
どこをどう走ったのかは記憶にない。
息が切れ、倒れ、呼吸を整えてまた走る。
何度かそれを繰り返し、時間も分からなくなった頃、焦げた臭いが鼻をついた。
冷静に考えれば、ファイアドレイクの吹いた炎が何かを燃やしたのだと察することができる。
だがジークは、恐怖と疲労から、漫然とその臭いの元へ足を運んだ。
そして見る。
一面が赤く染まった農村を。
依頼のため一泊した場所だった。
巨体からは想像できないほどファイアドレイクの足は速い。
とっくにジークを追い越し、人や家畜を食い荒らし、邪魔な建物や備蓄された穀物を炎で焼いた後だった。
一歩踏み出したジークは、何かを蹴飛ばした……人の腕だ。その部位だけが、食べ残しのように転がっていたのだ。
ギリギリで嘔吐しなかったのは、かつて殺し合いの経験があったからか。
ドレイクの姿はない。次の餌場へ向かったのか。
農村はまだ、それほど遠くない場所に二つあったはずだ。
走って間に合うのか?
どうすればいい?
『うう……えぐ……』
子供の泣き声が聞こえた。
視界の端に、倒壊した小屋の下敷きになっている人影があった。
まだ生きている――
駆け寄り、積み重なった木材を辛うじて持ち上げ、子供を引っ張り出す。
大きな火傷はないが、煙を吸ったのか、意識が朦朧としているようだった。骨折の様子もないように見えるが、内蔵がどれだけ損傷しているかは分からない。
どうする?
助かるのか、それとも間に合わないのか。
まだ襲われていない可能性のある村へ行くべきか。
サブリーダーの命令は「付近の村へ報告」だった。そちらを優先するべきか。
子供を背負って村へ行き、この子は助かるのか。薬はあるか。治療できる術の使える司教や司祭はいるか。
森を出て依頼を受けた町に行けば聖教会がある。冒険者ギルドもある。連れていけば何とかなるかもしれない。
永遠にも感じる葛藤の中、子供が、ジークの袖をかすかに掴んだ。
後は、考えなかった。
子供を背負い、少し乱暴だがロープで二人の胴体をまとめて縛る。
山道を走る。
息が切れて歩き、また走る。
もう体は、痛みを感じない場所がないほどだった。
地面と空が回っているようにも見えたが、倒れることだけは何としても堪えた。
ゆっくりしていては、いつファイアドレイクが来るか分からない。
振り返った瞬間に、リーダーたちをひと飲みしたあの顎が迫ってきそうで、ひたすら前を見て進んだ。
次のジークの記憶は、聖教会の治療室だった。
数日、眠り続けていたらしい。
疲労と負傷で治療室のベッドから動けないジークのところに、冒険者ギルドの職員がやってきて、顛末を教えてくれた。
町へたどり着いたジークはギルドにファイアドレイクのことを伝え、そのまま気絶したという。
ギルドはすぐさま上級パーティに討伐依頼を出した。そして昨日、ドレイクは狩られた。
腹の中から四組のドッグタグが発見され、燃えた村の中でも二組が見つかった。
その二組……所有者だった二人は、焼かれる前に村に到着し、少しでも村民を逃がすために戦ったのだろう。
そう気づいた時、ジークは震えが止まらなくなった。
ドレイクへの恐怖ではない。
ドレイクと戦わなかった、自分への恐怖だった。
――俺は、何のために冒険者になった?
村へ避難を伝えろ、と言われ、自分は何をした?
ただ命を惜しんで、森に突っ込み、むしゃらに逃げ回っただけだ。
燃えた村にたどり着いたのも偶然。子供を助けたのも偶然。
お前が目指していた英雄は、そんな存在だったか?
ギルドの職員から「迅速な連絡により、被害を最小限で食い止められた」と言われた。
聖教会の司教から「助かった命を大切にしなさい」と励まされた。
冒険者たちから「お前たちのレベルではどうしようもなかった」と同情された。
どの声も、空しいだけだった。
いつからか、ジークは「死神」と渾名で囁かれるようになった。
否定はしなかった。
むしろ事実だ。
パーティを壊滅させただけでなく、村も救えなかった。
そのくせ、みっともなく冒険者を続けている。
今さら、何を期待している?
自分が急に強くなって、明日から英雄になれるとでも思っているのか?
そんな自問自答の繰り返し。
そして気が付けば、十年以上、何も進まない日々だけが続いていた。
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