一章 第13話
ジークが去った後の冒険者ギルドは、どこか居たたまれない雰囲気になっていた。
イルネスはすっかり肩を落として俯いている。
ウルウェンテはどうしたものかとフードの上から頭をガシガシと掻いた。
周辺の冒険者たちは、こちらを遠巻きに見て何か囁き合っているだけで、特に声をかけてくる様子もない。
昨日、盗賊討伐を成し遂げた新人という噂が広まったことは、ウルウェンテも知っていた。
だから、どこかのパーティがイルネスに声を掛けにくるかもしれないと思っていたのだが……さすがにこの空気の中、スカウトに来る奴はいないか。
仕方なく、ウルウェンテはイルネスの肩を軽く叩いた。
「とりあえず、そこで休憩すっか。突っ立っててもアレだしな」
「師匠は、私と……私たちと、冒険したくないんでしょうか」
ベンチに促されたイルネスは、とぼとぼと歩きながら呟く。
「さぁ、な。アタシは、まともな仕事と報酬なら、誰と組んでも構わねぇ。でもジークはそうじゃねえ、ってだけだ」
「私、師匠を怒らせてしまいました……」
確かに怒っているように見えたが、少し大げさな気もする。
ウルウェンテは冒険者を五十年以上は続けている。その旅の経験で、ヒューマンの感情の機微は自分なりに理解しているつもりだ。
とはいえ、出会って数日の相手の気持ちを慮るのはさすがに難しい。
「アイツ、死神って渾名で、こっちに迷惑かけたくねぇとか思ってそうだな」
「師匠は死神なんかじゃありません!」
ベンチに座ろうとしていたイルネスは、ウルウェンテに食って掛かった。
その反応の強さに、一歩下がってしまう。
「お、おいおい、何だよ急に」
「あっ、すみません……でも、師匠は死神じゃありません!」
「ふむ……」
この少女が、ここまであの男に入れ込む理由も分からない。
ウルウェンテから見ても、イルネスがジークを師匠と仰ぐ必要などない。いや、あの盗賊との戦闘を見れば、誰だってそう思うだろう。
ドワーフの鍛冶場仕事のように、厳格な年功序列がある世界ならまだしも、冒険者は実力こそがすべてだ。
新人がベテランの知識や経験を欲するのは分かる。だが、イルネスの執着はそれ以上だ。妄信と言ってもいい。
ウルウェンテはイルネスに落ち着くよう言って、ベンチに座らせる。
「そういえば、ジークが死神とか呼ばれてる理由、アタシ知らねーんだよな」
ジークはギルド職員に信頼されているように見えた。
だったら、妬みや僻みの類の噂だと思い、その時は深入りしなかった。この地に定住するつもりがないイルネスにとっては、どうせ短い付き合いだ。
ウルウェンテも故郷では村八分にされていた身だ。そういった視線や噂話が、どれだけ苦しいかも知っている。
その中にいてジークは、否定もせずに耐えて生活している。
それなら、あえてこちらから詮索するのは避けようと思っていたのだが。
――アタシはもっと、サバサバした性格だと自分で思ってたんだけどな。
どこか不器用な印象のジークと、落ち込むイルネスを見て、何かできないかと考えている自分がいることに、内心で苦笑する。
その時、女性の声が聞こえた。
「はろー。あなたたち、ジークの知り合い……よね?」
視線を向けると、若いヒューマンの女性が立っていた。
茶髪を肩口で切り揃え、軽装の前衛がよく使う額当てをつけた女だ。
「何か、みょーな空気っていうの? になってるけど、よかったら話、聞かせてくれない?」
遠巻きに見ている冒険者たちを見渡して、女性は言う。
「アンタ誰だよ」
「あ、ごめん。あたしはマルフィア。『疾風のマーメイド』のサブリーダーやってるの。ジークとも仲いいよ、けっこう」
何故か「けっこう」の部分にアクセントを置いて、自己紹介するマルフィア。
『疾風のマーメイド』はウルウェンテも聞いたことがある。この街で五指に入る腕利きパーティだ。
初めて名前を聞いた時「マーメイドなのに疾風て」と噴き出しかけたのだが、それは言わなくていいだろう。
「……それで?」
「最近、イルネスっていう女の子が弟子入りに来たって言ってたし、ウルウェンテ……さん? と一緒に盗賊討伐したっていう話も聞いたよ。そんで、ええと……話っていうか、どんな女の子たちか気になったっていうか」
少し言葉を選ぶように、視線を泳がせながら喋るマルフィア。
怪しさ満点だが、うっすら頬を染めて髪をいじっている様子を見て、すぐにウルウェンテも察した。
「ああ、そういうことね……まあ、説明してやってもいいけど」
ちょうどこの場所に居づらいところだったし、イルネスの気分転換もさせたい。
何にせよこのタイミングを利用させてもらおう。
「商店街に『カフェ』ってのがあるんだろ? アタシ、行ったことないんだよね」
「おっけー。ドリンク一杯ご馳走するわ。あ、デザートは自腹ね」
マルフィアも心得たもので、スムーズに話がまとまる。
イルネスは新人冒険者、ジークは金勘定に固いところがあるので、こういう当意即妙なやり取りは久しぶりで、自然と気分も乗ってくる。
足取りの重そうなイルネスを連れて、ウルウェンテはマルフィアと共にカフェ『シュールリー』にやってきた。
コーヒーがメインの店のようだが、紅茶やハーブティーも人気で、テラス席もあって明るく開放的な雰囲気だ。
あまり目立ちたくなかったので、店内の席を選ぶ。
「あたしはダージリンで」
「同じのを」
「……ミルクってありますか?」
カフェを提案したウルウェンテだったが、行ったことがないから経験してみたかっただけで、別に紅茶が好きなわけでも詳しいわけでもない。適当にマルフィアに合わせる。
イルネスのミルクもメニューにあったようで、注文が通った。
飲み物が届くまでの間に、ウルウェンテはギルドでの出来事を説明する。イルネスはさらに肩を落として小さくなっていた。
「はぁー、ジークがそんなことをねー」
「師匠は悪くないんです!」
「そもそも、なんでジークに弟子入りしようと思ったの?」
「それは、師匠がすごい人だからです!」
「うーん……」
マルフィアは腕を組み、首を捻った。
「ジークがいい人なのは分かるけど、すごい人っていうのはねー。死神の噂は知ってるんでしょ?」
「それを言うなら、アンタだって不思議だ。ギルドは『仕事』っていう物差しで測るから、キッチリ依頼をこなすジークを信頼するのは分かる。でも同じ冒険者なら『死神』と仲良くしてもメリットねぇだろ?」
「それは――」
マルフィアは言葉を飲み込んで、ウルウェンテとイルネスを交互に見た。
沈黙。
しばらく二人の表情を見定めるようにしていたマルフィアは、ゆっくり口を開いた。
「あたし、パーティでは前衛だけど、街では情報収集の役割も持ってるんだ。ジークがこの街に来たのは八年前くらいだけど、ここに来てすぐ『死神』の噂が出回ったわけ。で、噂の出元とか、ジークの過去とか、いろいろ調べたの」
「この街に来る以前からの渾名だったのか?」
「そ。町を行き来する旅の冒険者に当たったら、けっこう有名な渾名だった。本人も死神って言われて否定しないから、定着しちゃったみたい。でも冒険者にとって悪い評判っていうのは大きな痛手だから、普通は打ち消すとか、噂の届かない遠くへ行くとか、最悪、引退して別の仕事を始めるとか考えるんだけど」
百年前の大戦以降、人々は神魔力の型を元に、役割を細分化していった。
肉体を使って戦う前衛、術を駆使して活躍する後衛、戦闘以外の様々なフォローをする補助。
その結果、時代と共に技術は高まり、専門職同士がパーティを組むことでより大きな戦果を手にすることができるようになった。
今の時代、活躍する冒険者というのは例外なくバランスのいいパーティだ。
ソロ冒険者でいることは不安要素でしかない。
だが悪評がついてしまえば、誰ともパーティを組めなくなる。
例えばジークだって、近い実力の冒険者同士なら、パーティを組めたはずだ。
『死神』という渾名さえなければ。
だが彼は、その汚名を否定しない。
――まるでそれが、受けるべき罰であるかのように。
「そうなると、気になるよね。噂通りの出来事が本当にあったのかどうか。で、調べたのよ。信頼できる筋を使ってね。他所の街のことだからちょっと時間かかったけど」
「それ、アタシたちに話していいのか?」
「……本人は嫌がるだろね。だから、特別。この八年、誰ともパーティを組もうとしなかったジークが、一時的にでも一緒に組んだあなたたちだから。ホント、あたしとも臨時パーティ組んでくれなかったし……」
尻すぼみになっていく声が、彼女の気持ちを物語っているようだった。
マルフィアは「本人には内緒で」と前置きした上で、話し始めた。
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