一章 第12話


 翌日、ジークたちは改めて墓守の依頼に向かった。

 まだ昨日の出来事なのに、墓地で戦ったのがずいぶん前のような印象を受ける。

 当然ながら盗賊と亡骸たちは衛兵に運ばれていてすでにない。今は血痕のみが残されている。

 墓地の周囲には数人の衛兵がいた。盗賊の残党がここに集まってくる可能性を考慮したのだろう。


「今日は落ち着いて仕事できそうだ。二人とも準備はいいか」

「はい! 頑張りましょう!」

「昨日の臨時報酬もらっちまったら、こっちが急にシケた仕事に思えてくるなぁ……」

「いいえ、この三人でする仕事なんですから、全部大切な仕事です!」

「わぁってるよ。アタシが横取りしたようなもんだし、ちゃんとやるって」


 イルネスとウルウェンテも、かなり打ち解けたようだ。

 時折、ウルウェンテが面倒そうな顔になるが、それでも相手してくれている。

 ジークはさっそく、掃除用の聖水瓶と雑巾を手渡す。

 基本的には墓石に少量の聖水をかけ、数秒待って異常がなければ終わり。

 ただ、鳥の糞や苔など、目立つ汚れは雑巾で拭いて落としてやる。

 労働というほどでもないが、日を浴びてじっとりと額に汗が浮かんでくる。

 昼を少し過ぎたところで、すべての墓石を清め終えることができた。

 いつもなら夕方近くまでかかる仕事なのだが、やはり人手の多さは助かる。


「けっこう腰に来るな、コレ」

「あはは、ウルウェンテさん、おばさんみたいです!」


 笑うイルネスは、かなり汗っかきなのか、顔から滴り落ちるほど発汗している。顔も赤く、熱が溜まっている様子が伺える。

 いつも一人で作業していたから気づかなかったが、他の人にとっては地味に疲れる仕事だったかもしれない。休憩を挟んでやるべきだったか。


「……てめぇ、エルフに言ってはなんねぇことを」

「エルフに年齢って、言っちゃ駄目なやつだったんですか?」


 エルフどうこう以前に、女性に対して年齢だの「おばさん」だのといった話は失礼に値すると思うのだが……これが若さゆえの過ちというやつか?

 ジークは遅い昼食も兼ねた休憩の準備をしつつ、説明してやる。


「ヒューマン社会に出ているエルフは、年齢と外見の差で驚かれることも多く、それを不快に感じるという。避けるべき話題だ」

「そうだったんですか……すみません」

「もっと言えば、エルフに限らず、冒険者は多種多様な種族と手を組む機会がある。それぞれ、寿命や外見、成長速度が違う。だから年齢、外見については、気心が知れてから尋ねるか、自分から話してくれるまで待つことだ」

「じゃあ、ウルウェンテさんなら仲良くなったのでセーフですね!」

「かなりアウト寄りだ小娘」


 ウルウェンテがイルネスの頭をべしっと叩く。

 この二人、性格はまるで違うが、相性はいいのかもしれない。

 サバサバした年上の姉と、天真爛漫な妹という感じか。

 ジークもある意味、昨日の朝までは、それに近い感じだったかもしれない。

 もっとも年齢的には、ジークは父親、イルネスは明るくて無鉄砲な娘か。

 ……そのままでいられたら、よかったかもしれない。

 だが昨日の戦いで、ジークの目は変わってしまった。

 イルネスに出会った当初、ジークは彼女の「戦う技術」を見てみたいと思った。

 無駄のない動きや振る舞いに、その片鱗を感じたからだ。

 それは、もしかしたら、その技術を自分が吸収して強くなれるかもしれないという下心もあったかもしれない。

 しかし、そういう次元ではなかった。

 彼女だからこその能力、才能。

 ジークには一生かかっても、たどり着けない境地。

 改めて目の当たりにして、そう感じてしまった。

 だから気づいたのだ、自分と彼女は「違うのだ」と。


「師匠の作ったサンドイッチ、おいしいですね!」


 のんきに喜ぶイルネス。

 ジークは胸の奥に小さな苦みが湧いてくるのを感じて、そこから意識を逸らすように口を開いた。


「日帰りの携帯食だから、マシに作れただけだ。補給なしで数日かけるような依頼の場合、もっと日持ちのする味気ない食料になることもある。仕事中の食事にあまり期待はするんじゃないぞ。その代わり、街にいる時は栄養バランスを考えた食事をしっかりとること」

「はーい」

「アタシはそういうの、めんどくさくてダメだわ」


 冒険者マメ知識を交えつつ食事をとり終え、街に帰る。

 来た時と同じ、二時間かけて歩いて戻り、冒険者ギルドに報告する。

 これで本来の墓守の依頼は終わりだ。

 大きなトラブルも、戦闘もない、地味な依頼。

 だがこれが、ジークの日常なのだ。


「師匠、次はどんな依頼にしましょう!」


 モルトーネに空の聖水瓶を返し、報酬を受け取っていると、掲示板の前にいたイルネスが呼びかけてきた。

 自然と声が大きくなり、周囲の冒険者たちが彼女とジークに視線を集める。

 内心「こいつが噂の、盗賊を倒した新人冒険者か」と思っていることだろう。

 イルネスを弟子として教育するなら、マルフィアの言う通り、パーティを組むのが確かに手っ取り早い。

 だが……それは師匠が「弟子の面倒を見てやれる」から成立する話である。

 ジークは注目を集めていることを自覚しつつ、イルネスの隣にやってきた。ウルウェンテも側にいたので、約束通りに報酬を渡す。


「……討伐経験の項目と、制限のところをよく見て選べ」


 まだ知らない彼女のために、討伐経験のランクを説明してやる。

 下から順に、ニー、ウエスト、肩サイズのショルダー、人の身長と同じサイズのトール、身長の二倍のバイトール、三倍のジャイアントと続く。

 それ以上になると、魔物の種族名を個別に名乗ることになる。

 ドラゴンを倒したことがあるならドラゴンスレイド。ドレイクならドレイクスレイドというように。

 さらに、バイトール以上は、討伐した際のパーティ人数も追記する。最大は八人までで、それ以上で挑んだ場合は討伐経験とはみなされない。

 トール以下の場合は、単独で倒したことがある魔物のみを名乗る。

 なお盗賊は魔物ではないので、特記事項として「盗賊討伐経験あり」や「盗賊捕縛経験あり」となる。

 イルネスはゴブリンを倒したことがあるようなので「討伐経験ウエスト、特記・盗賊討伐及び捕縛経験あり」となるのだが、冒険者になる前の記録はつかないので、特記事項のみが記されるという非常に珍しいケースとなる。


「制限というのは何ですか? あんまり書かれてませんけど」

「特定の術が使えること、あるいは特定のクラスがパーティにいること。それを満たしていないと依頼を受けられない」


 例えばアンデッド系の魔物が現れたという場合は、武器攻撃ではどうしようもない場合が多い。パーティに【魔術士ウィザード】か【聖術士セインティ】がいなければ、引き受けることができないのだ。

 道具や専門の装備を揃えていけば、アンデッド系や悪霊系に関しては術がなくても倒せなくはないのだが、そこは受付で応相談、といったところか。


「師匠、どれをやりましょう?」

「お前が一人で受けられそうなものを選べばいい」

「え、一緒にやるんじゃないんですか?」

「なんで当たり前に一緒だと思ってるんだ。改めて言うが、俺の実力は、お前よりずっと下なんだ。冒険者ギルドの登録もそうなっている。俺やウルウェンテより、お前はずっといい仕事を受けられるんだ」


 盗賊討伐報告の際、ジークは正直に戦果を報告した。

 イルネスは盗賊三人を討伐。ジークとウルウェンテは一人ずつを捕縛、という形だ。

 ジークは一人を仕留めているので討伐かと言うと、ボーガンを撃って無防備となった相手に一撃入れただけなので、受付のモルトーネと相談して「捕縛」とした。妥当な判定だとジークも思う。

 パーティで依頼を受ける際は、討伐経験はメンバーの平均より少し上くらいが限度だ。だから三人で組むと、ジークとウルウェンテが平均を下げてしまい、イルネスの実力に見合う依頼が受けられなくなる。

 それは彼女のためにならない。

 自分のレベルに合った依頼を受けたほうが、いい経験になるし、学べることも多いはずだ。

 だが、当の本人はそう思っていなかった。


「私は構いません。師匠やウルウェンテさんができる仕事を一緒にやりたいです」


 ――本気で、イルネスの頬を平手打ちしたくなる。

 奥歯にぐっと力を入れることで耐えたが、周囲の何人かも似たような気持ちを持ったようで、どこかから舌打ちが聞こえた。

 彼女に他意がないことは、表情を見れば分かる。

 純粋に、ジークやウルウェンテと一緒に仕事がしたいと言っているだけだろう。

 だが言い方と、タイミングが悪い。

 彼女は新人冒険者で、盗賊討伐を達成したばかり。

 そこで「ジークたちに合わせた仕事をする」と言えば、増長していると受け取られても仕方がないだろう。

 冒険者たちは、より報酬が高く、名を上げる仕事がしたいと思っている。

 実力を上げ、競い合い、生き残ろうとしているのだ。

 周囲の冒険者たちが、イルネスの言葉を聞いてしまった以上、ジークは師匠としてフォローしておくべきだ。

 無知ゆえの発言だったことを周囲に釈明するか、あるいは「調子に乗るな」とイルネスの頭を小突いて茶化してしまうのも手だろう。

 

「……馬鹿にしているのか?」


 それはジークの声だった。

 冷えた、鋭い棘を秘めた言葉。

 頭の中では、言うべき言葉は別にあった。

 だが――自分の中で積み重なった醜い何かが、イルネスを突き放した。


「え……あの」

「俺は、お前と仲良しごっこのお遊びをするつもりで師匠を引き受けたわけじゃない。そもそも俺は『死神』だ。誰かとパーティを組むつもりはない」

「そんな――」

「盗賊を倒して図に乗ってる奴に、俺から言えることはない。パーティが組みたいなら自分で探せ」


 ジークは踵を返し、早足に立ち去る。

 後ろから声をかけられた気がしたが、振り返ることなくギルドを出て行った。

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