一章 第11話


 アグロアーの街に戻ったジークたちは、ギルドで事の顛末を報告した。

 ギルドはさっそく、護衛の冒険者を募って職員と共に出発したようだ。

 もちろん職員も元冒険者なのだろうが、盗賊の残党がいる可能性を考えると現役冒険者が護衛についたほうがいい。

 ジークたちの墓守の依頼は翌日に延期となり、危険手当が臨時で支給されることになった。盗賊たちが本物の盗賊であると確認が取れ次第、後日に討伐報酬も支払われるという。


「あの、本当にジークさんも、他のお二方も無事だったのですか?」


 モルトーネが心配そうに尋ねてくる。

 ジークのことを実力も含めて知っているだけに、五人の盗賊を撃退したのが信じられないようだ。


「あ、疑っているわけではないんですが、その」

「ええ、分かってます。俺も未だに信じられませんから」


 ――イルネスの実力が。

 今回の戦闘、誰がどう見ても、イルネス抜きには勝てなかった。

 槍と剣の連携攻撃を切り抜けて一撃ずつで戦闘不能にしたこともすごいが、その直前、見えない角度のはずのボーガンを弾いて別の男に当てた技、あれは別格だ。

 あれがいつでもできるなら、彼女に不意打ちは通用しない。接近戦の反応速度も対応力も抜群。そうなると、もはや彼女に武器攻撃で傷をつけることはできないのではないか……そんな気さえする。


「とにかく、お疲れ様でした。あとはギルドで対応いたしますので、今日はお休みください」

「ありがとうございます」


 モルトーネから臨時手当をもらい、ベンチで待っていたイルネスたちと合流する。

 この手当だけでも、すでに墓守の報酬の数倍はある。

 当初、ジークの見立てで、最大の功労者であるイルネスに七割、残りをウルウェンテと二人で分けようと提案したのだが、イルネスが猛反対した。


「これは三人の冒険なんです。三人できっちり分けましょう!」


 正式なパーティならそうかもしれないが、臨時で組んだ即席パーティは貢献度を勘案するのが普通だ。

 だが、そのあたりのことを教えても、イルネスは頑として三等分の主張を曲げなかった。

 師匠命令を持ち出してこちらの言い分を通すこともできたが……やめた。

 結局、臨時手当は三等分とし、後日の討伐報酬はまた改めて考えるということで落ち着いた。

 その後、イルネスが「みんなで食事をしましょう!」と提案してきたが、ジークは装備の整理と明日の準備があるからと断った。

 イルネスは残念そうな顔をしていたが、それを振り切って二人と別れる。

 実際、準備があるのは間違いではない。投擲したダガーも片方の刃が欠けてしまったので武器屋に持っていきたい。

 そうした細々とした用事も夕方には終えてしまった。

 夕食は家で作ることも考えたが、何となく気が乗らない。

 いつくか候補を思い浮かべたが、結局イルパーネの酒場に行くことにする。

 イルネスたちと鉢合わせる可能性もあったが、それならそれで仕方ない。

 そう思い、いつもの奥まったテーブルに座る。

 やってきた給仕に軽い食事と弱めのワインを注文する。


「はろー。ここ、座っていい?」


 ジークが答える前に向かいの席に座ってきたのは、マルフィアだった。


「今日はなんかすごい噂が流れてるよー? 盗賊五人を討伐したって」

「相変わらず耳が早いな。事実だ」

「それって、あの娘のおかげ? それとも、新しい女の子?」


 ものすごい情報収集能力だ。

 もはや前衛というより【密偵スパイ】を名乗ったほうがいいのではないだろうか。


「戦いはほぼイルネス……弟子になりたいと言ってきた娘の活躍だ。一瞬で三人の盗賊を戦闘不能にした。俺とウルウェンテは、残りの始末をつけたに過ぎない」

「一瞬て……マジ?」

「マルフィアに嘘はつかないよ」

「ふーん……」


 何故か少し顔を赤くしつつ、マルフィアが給仕を呼び寄せ、注文する。

 ジークは先に運ばれてきたワインで喉を潤しつつ、ちらりとマルフィアの顔を見る。


「え、な、なに?」

「イルネスのことだが……やはりマルフィアのパーティに入れるのは難しいか?」


 マルフィアはがくっと肩を落としつつ、小さく首を振った。


「前も言った通りだよ。ウチの【魔術師ウィザード】が抜けるかもだから。もし今、新人を入れたいって話をしたら、彼女の決意に余計な水を差すことになっちゃう。彼女には今、真剣に自分の将来について考えてほしいんだよね」


 そう答えるマルフィアに、ジークは自分の言葉の軽率さを恥じた。

 彼女は、自分の仲間に誠実に対応している。

 きっとその【魔術師ウィザード】を、マルフィアたちは強引に引き留めたり、必死に慰留しようとはしていないのだろう。

 その仲間が、自分にとって後悔のない選択ができるように。


「いい仲間たちだな」

「でしょー? あたしの自慢だよ」

「マルフィアも。いいサブリーダーだ。仲間が羨ましいよ」

「ちょっ……」


 まだワインも口にしていないのに、マルフィアが一気に赤面する。首まで赤い。

 照れ隠しのように、大げさにばんばんとテーブルを叩く。


「急に何よ、もー、不意打ちでそういうこと言うの反則!」

「悪い」


 謝りつつ、つい微笑ましくて唇が緩んでしまう。

 そんなマルフィアとそのパーティだからこそ、イルネスを加えてもらえないのが本当に惜しい。

 きっとマルフィアたちと一緒なら、健全に、まっすぐに冒険者として成長していけるのに。


「まあ、いずれイルネスの名前が知られるようになれば、勧誘の話は来ると思うが、こちらでも安心できる相手を探しておきたい」


 マルフィアの耳に入ったように、盗賊討伐の話はすぐこの街に広まるだろう。

 盗賊たちは冒険者崩れが中心にいることが多いが、実力としては中堅冒険者よりも弱いことがほとんどだ。

 何故なら、本当に実力があるなら冒険者として普通に依頼をしていれば十分に稼げるからだ。盗賊に身を落とす理由がない。

 しかし、盗賊が厄介なのは戦闘能力よりも「人の頭脳」を持つからである。

 冒険者や平民の行動を知り、裏をかき、法も道理も平気で犯す。

 それゆえに、盗賊討伐は下手な魔物討伐よりも評価を高く見積もられる。

 ただ今回の場合、ジークが同行していることで、変に評価を下げられないかが心配だ。ジーク自身の評価はどうでもいいが、イルネスの評判にケチがつくのは好ましくない。


「……何か、焦ってない?」


 マルフィアが、そんなことを呟く。


「焦る?」

「だって、実力は分かったけど、その娘と行動するようになって数日でしょ? その娘の人となりとか、知識とか、まだ把握しきれてないはずよ。なのにもう、移籍の話してるもん」

「移籍というか、俺は弟子入りされたから、面倒を見ているだけで」

「だから、まだ巣立つには早くない? ってこと」

「いや、あいつの実力は、この街でも指折りだと思う。もっと上のレベルを目指せるはずだ。俺が教えることなんて何もない」


 イルネスは、いつもの人懐っこさを潜め、鋭くジークの目を見つめた。

 彼女からこんな視線を向けられたことのないジークは、目をそらしそうになる。


「一緒にパーティ、組んであげたら?」

「は?」

「師匠とか言ってるみたいだけど、要はその娘、ジークと一緒にいたいんでしょ。正式にパーティ組んであげたら喜ぶんじゃない?」

「それは……」


 その予感はあった。

 たかが墓守の依頼で、無給だったのに、やけに楽しそうだった。

 終わってからもパーティを組みたがり、臨時手当も「三人の冒険」だという理由で等分になった。

 いかなジークでも、彼女が何を求めているかは察しがつく。

 だが、それをよしとしない自分がいることに、ジークは気づいている。


「その娘と一緒にいれば、たいていの戦闘はうまくいきそうじゃない。ジークも今より、ずっとたくさんの依頼を受けられるよ。有名にだってなれるかも」

「あいつに寄生しろって言うのか」


 手に持った木製カップが、ぎしっと音を立てる。

 そんなことをして、何になる?

 パーティはお互いが利になるから組むのだ。

 仮にイルネスと組んだとして、こちらから与えられるものは一般常識とか、雑学程度の知識しかない。

 そんなものは他の誰でも与えられる。

 誰でもいいのなら、彼女の実力に見合うレベルの仲間と組ませるのは当然。

 彼女の寄せる幻想の信頼を利用するなんて、女を誑し込んで貢がせるクズ男と変わらない。

 マルフィアは、ふうっと息を吐いて目を伏せた。


「……ちょっと言い過ぎた。ジークはそんなことする人じゃないもんね」

「いや……」

「でも師匠なら、ちゃんと見てあげなきゃ。冒険者になりたてなんでしょ? あたしが言ったみたいな、変な奴らに利用されないように、自衛できるだけのことを教えてあげなよ」 


 その通りだ。

 そのために、イルネスの師匠を引き受けたのだ。

 だが……そう思っても、胸中の「なにか」は晴れない。

 迷っている?

 俺はどうしたいんだ?

 汚泥のようなものが、腹の底に溜まっているような不快さ。


「結論を出すのはジークだけどさ。後悔のないようにね」

「……後悔、か」


 テーブルに食事が運ばれてきても、ジークはなかなか手をつけることができなかった。

 答えの出ない問いが、いつまでも渦巻いていた。

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