5

「さあ、乗りたまえ。遠慮などすることはない」

 コートの雪を払い落として、わたしは頭を下げながら、彼女の後に続いた。

 語堂茶莉は、驚くほど快く、ほぼ面識のないわたしを泊めてくれることになった――もちろんそこまで厚かましいことを頼んだわけではなく、ホテル代を貸してくれれば十分ではあったのだけれど、わたしが押し切られた形だった。

 チェーンを巻いたタイヤの、黒く大きな車に乗って、語堂は中野駅までわたしを迎えに来た。車で来るというから、我が家のフォレスターのようなものを語堂の親が運転してくるイメージでいたけれど、ハンドルを握っていたのはスーツ姿の若い女性だった。語堂ほどではないけれど長身で、黒い傘を差し、開けたドアを支えながら、にこりともせずわたしに会釈した。

「寒くないか? ……木庭、温度を少し上げてくれ」

「かしこまりました」

 車が滑り出す。わたしはコートとグッズの袋を膝の上に抱えたまま、居心地悪くふかふかのシートに身を沈めていた。

「嬉しいよ――有澤君。きみが、僕を思い出してくれて」

「あー……いや、ごめん。なんか急に……わたしも……どうしたらいいかわからなくなって、なんか、つい」

 ツインテールは解いておいたものの。

 学校の友達にも見せたことのない量産コーデと厚底で、こういう顔見知りくらいの距離感の人間の前にいるというのが、なんとも、なんともだった。

 ……いや、痛いのはお互い様だろうけれど。何が僕だ。

「早速クイズをしようじゃないか! 作問も得意かい? きみが出題してくれても構わないし、僕が出してもいい。それか、肩慣らしレベルなら木庭に出させようか――」

「……あのさ。悪いんだけど、わたし……」

 内と外の温度にあまりに差があるから窓が曇る。

 普段の彼女を知らないけれど少なからずはしゃいでいるように見える語堂と、上手く目が合わせられなかった。

「もう、やってないんだ。クイズ。ごめん」

「そうか」

 雪の街並みが後方へと飛び去っていく。

 わたしは、語堂茶莉のことを何も知らない。あり得ないくらいクイズが強いことを除いては。どんなものが好きで、どんなものが嫌いなのか。

 出会うはずがなかったわたしたちの間で、クイズだけが繋がりであって、わたしはそれを既に手放してしまっていた。

「僕は愛している。きみの知性を」

「へ」

「きみの人間性なんて、僕はこれっぽっちも知らない。ただ、きみのその頭の中の知性とは、僕はとっくに友達のつもりだよ」

 あの夏。

 語堂がわたしに向けた瞳を、幻視する。

 あの意味を、この半年、わたしはずっと考えていたのだ――

「また、大学入ったら……始める、かもしれないから。クイズ、わたしも好きだからさ。だからまたいつか」

 取り繕ったように探した言葉に、語堂は何も言わず、ただ小さく頷いた。

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