5.少女に■■されて■ぬ
言霊って信じますか、と少女は呟いた。俺に問いかけるというよりは、ただ口に出してみたといった風だった。病室の窓が開いていて、夏夜の透明な風が白いカーテンと患者衣の襟元を揺らしている。鏡のように縁を際立たせて輝いている満月を見るとも無く見つつ、黙って彼女の次の言葉を待つ。
「この病室が……いろいろ、言われているのはご存知ですよね」
無言で頷く。俺がこの病室に入ってから今日までの一週間、四人定員の病室で六人も入れ替わりがあった。六人のうち四人が一昨日までに鬼籍に入っていて、残りの二人は今朝息を引き取った。
今この病室に居るのは、俺とこの少女だけだ。これまでぽつぽつと会話をした限りでは、小学校に通えていれば六年生との事だった。物心ついた時から病室で生活しており、この病室には二年前から居るらしい。
「病院で、そういう話をするのは、あんまり良くないんです」
「それは……」
「はい。私の、経験談です」
少女は小学校にも通えていないのに、難しい言葉をよく使った。常に小難しく分厚い鈍器のような本を手元に置いており、無表情な頬を微かに緩めてそれを読み耽るところも何度か見ている。
「良くないのを分かっていて、敢えて話すのは、私が悪い子だからです」
――私は、大人のお友達が沢山欲しい。
そう言った少女の目は、冷たく仄青く光って見えた。
「書く人の人生が面白いほど、本の内容も面白いんです。私の人生は全然面白くないから、面白い本は書けない。でも私、死ぬ前に絶対一つは物語を編みたいんです。だから私は、罰当たりなコレクターになったんです」
罰当たりなコレクター。
少女らしくない、支離滅裂な言葉選びだと思った。しかし、俺には何となく、少女の言いたい事が分かる気がした。夜の冷気に当てられて、背筋に悪寒が走る。
「なんで、俺にその話をするのかな?」
「遅かれ早かれ、ここに来る人は助かりません。私も、もっと早くに……鬼籍に入る予定でした」
窓に向いていた少女の視線が俺を捉える。目がかっちりと合った瞬間、先程の比では無い悪寒が体中を駆け抜けた。
身動きが取れない。
「でも私、嫌なんです。自分だけでも助かりたいんです。志半ばで自分を失いたくないんです。だから、貴方の命、貰いますね」
少女の顔が、赤黒いグロテスクな何かに覆われていく。目元が抉れ、口元が裂けて、真っ赤な雫が滴り落ちる。
明日の朝までに、貴方は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
――死因:心臓発作
(少女に蒐集されて死ぬ)
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