2.■■の身代わりに■ぬ

 鼻先を撫でる、乾燥した熱風で目が覚める。彼が薄らまぶたを持ち上げると、鮮烈な朱が視界を覆った。身を起こして窓に目を遣る。不気味なほど鮮やかな一面の夕焼けと、目を焼くような西日が目に染みた。

 ――まさか。

 掛け布団代わりの麻布を慌てて取り払い、部屋を見回す。

 八角形で華美な装飾が施された、窓の無い小さな小屋――では、ない。丸太で無造作に組まれた掘っ立て小屋だ。置きっ放しにされている農具と日の入り方から、村の外れにある幼馴染み宅の物置である事が分かった。

 ――どうなっている?

 必死に思い出そうとするが、彼には昨夜の宴会以降の記憶が全く無かった。混乱の中で身じろぎすると、かさり、という音と共に、腰辺りに違和感を覚える。寝間着の帯に、細長く折りたたまれた紙が結ばれていた。

「……」

 一度深く呼吸をして、手の震えを押さえながら紙を解き、開く。遠くから太鼓と篠笛が聞こえる。


『供物は引き受けた。君にはまだやるべき事がある』


『死んだら許さない』


 彼は一瞬大きく目を見開き、次の瞬間には強靱 足が地を蹴っていた。村の中心、今日の雨乞い祭の祭壇までは半里ほどの距離があった。明々とした夕日は山に差し掛かって沈もうとしていた。

「――■■!」

 悲鳴を上げる肺から空気を絞り出し、彼は幼馴染みの名を呼んだ。彼の健脚からは熱が立ち上り、心臓は早鐘を打っていた。祭壇の上に建てられた八角形の簡易塔の扉の前、幼馴染みが振り返る。彼が着るはずだった豪奢な羽織を着、化粧を施した幼馴染みの額には、彼と同じ贄の刺青が刻まれていた。その目元は白い帯で覆われている。

 幼馴染みは、取り押さえられた彼にそのかんばせを向けて、紅に彩られた唇をついと吊り上げた。


 ――みてるからね、私の、希望。


 象られた言葉に反論するより速く、頸へ強い衝撃が落ち、彼の意識は再び沈んでいった。


 ――死因:焼死

      (希望の身代わりに死ぬ)

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