九日目

 茉莉まつりは両親との朝食中に、やはりニヤニヤしていた。そしてやはり両親がちょっと引くような、気持ち悪い声でつぶやいた。

「ふっふっふっ……。今日こそ、イケるのです。昨日きのうもちょっと失敗しちゃったけど、今日こそうまくイケるのです。

 なぜなら私はこの音を出すために、今月のおこづかいをすべてつぎこむのです。なので『君』はいやされるのに、決まっているのです。ふっふっふっ……」


 すると茉莉は台所に行って必要なモノをバックに入れると、まだ朝食を食べている両親に、元気良くげた。

「あ、それじゃあ私は、もう学校に行くから! 行ってきまーす!」


 そして登校とうこうの途中にスーパーにった茉莉は、たからかに宣言せんげんした。

「これで、イケるはずなのです! いや、これでイケないと困るのです。なぜなら今月のおこづかいは、もう無いからなのです!」


 更に、気持ち悪く笑った。

「大丈夫です。イケるはずなのです。必ず『君』と、お話ができるはずなのです! そして、お話をした後は……。くっくっくっ……」


 学校に行くとその日の一時間目の授業は、日本史だった。

 教室には教師きょうしが黒板にチョークで書く、音が小さくひびいた。

//SE黒板にチョークで書く音『カッカッカッ』


 それと生徒がノートに書く、小さな音も響いた。

//SEノートにシャーペンで書く音『カリカリカリ』


 茉莉はやはり確信かくしんした口調くちょうで、つぶやいた。

「うん。きっとこの音は、『君』の心を癒すはずなのです……」


 そして茉莉の前の席に座っている男子生徒の右肩みぎかたを、右手の人差し指で軽くつついた。すると何ごとかという表情の、男子生徒が振り向いた。


 茉莉は緊張きんちょうした口調で、ささやいた。

「ねえ、『君』とは同じクラスになって一カ月もつのに、まだお話ししたこと無かったよね。よかったら私とちょっと、お話ししない?」


 すると男子生徒は、少しあきれた表情になった。


 茉莉はそれは当然だろうという、納得なっとくの口調でささやいた。

「うんうん。当然、そうなるのです。でも、ちょっとってしいのです」


 すると茉莉はバックから、カセットコンロとフライパンと厚切りの牛肉を取り出して、机の上に置いた。


 そして真剣しんけんな口調で、ささやいた。

「ちょっと、この音を聞いて欲しいのです」


 茉莉はカセットコンロの火を付けて、フライパンを置いた。そして厚切りの牛肉を入れた。少しすると静かな教室に、厚切りの牛肉が焼ける音が響いた。

//SEステーキが焼ける音『ジュージュージュージュージュージュージュージュージュージュー』


 そしてやはり茉莉は、得意とくいげな口調で男子生徒にささやいた。

「ねえ、どう? リラックスして安心した気持ちになって、私とお話しをしたくなったんじゃない? ついでにこのステーキが焼けたら、食べてもいいのです!」


 しかし男子生徒は、前を向いてしまった。


 茉莉は、納得いかないという口調でつぶやいた。

「あれー? おかしいのです。ステーキを焼く音も、ASMRに含まれるはずなのです。だから、癒されるはずなのです……」 


 茉莉が首をかしげていると、日本史の教師が茉莉の机の横に立っていた。


 茉莉は、どうしたんだろうという、不思議そうな口調で聞いてみた。

「あれ? どうしたんですか、先生。そんなにこわい顔をして。え? ちょっと職員室にこい? 説教せっきょうしてやる? え? 授業中にカセットコンロで、ステーキを焼いたから?」


 すると茉莉は、やれやれという口調で説明した。

「何だ、そんなことですか。それくらい私にも分かりますよ。でもこれには、海より深い事情じじょうがあって……」


 茉莉の説明の途中とちゅうで日本史の教師は、茉莉の右腕をつかんで立たせた。


 茉莉は、あわてた口調になった。

「ちょ、先生、分かりましたよ~。職員室に行って、説教されますよ~。あ~れ~」

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