五日目

 茉莉まつりはやはり、両親との朝食中に考え込んでいた。

「うーん、どうして昨日きのうも、うまく行かなかったんだろう。どうして私の前に座っている、『君』とお話をすることができなかったんだろう?……」


 だがやはり茉莉は、気をなおして元気な声を出した。

「よーし、今日こそ、がんばるのです! っていうか、最後の手段しゅだんを取るのです! ASMRといえば、やっぱりこれなのです!」


 茉莉は物置ものおきに行くとスコップを見つけ出し、かたに乗せた。


 そして、まだ朝食を食べている両親に、元気良くげた。

「あ、それじゃあ私は、もう学校に行くから! 行ってきまーす!」


 そして登校とうこうの途中で、たからかに宣言せんげんした。

「これで、イケるはずなのです! いや、これでイケないはずがないのです! 何て言ったって、最後の手段なのです!

 これで今日こそ、『君』とお話ししてみせるのです!」


 さらに、気持ち悪く笑った。

「くっくっくっ……。そして、お話をした後は……。くっくっくっ……」


 学校に行くとその日の一時間目の授業は、生物だった。

 教室には教師きょうしが黒板にチョークで書く、音が小さくひびいた。

//SE黒板にチョークで書く音『カッカッカッ』


 それと生徒がノートに書く、小さな音も響いた。

//SEノートにシャーペンで書く音『カリカリカリ』


 茉莉はやはり、確信かくしんしたような口調くちょうで、つぶやいた。

「うん。これだけ静かだったら、きっとあの音はこの教室まで聞こえるはずなのです……。

 焚火たきびの時は失敗したけど、これだったらうまく行くはずなのです。何たって、最後の手段なのです……」


 そして茉莉はバックの中からスコップを取り出し、肩にかつぐとしゃがんで教師に見つからないように、そっと教室をけ出した。そして再び、校庭こうていに移動した。


 茉莉は、気合きあいが入った大声おおごえを出した。

「さあ、これが最後なのです! がんばるのです!」


 そして校庭のはしから、スコップで地面をりだした。


 茉莉は息がみだれても、自分をはげますために声を出した。

「はあ、はあ。これも、『君』とお話をするためなのです! がんばるのです! はあ、はあ……」


 するといつの間にか茉莉の隣に、生物の教師が立っていた。


 茉莉は、おどろいた声をあげた。

「え? 先生、どうしてここに?!」


 教師の話を聞いた茉莉は、納得なっとくした口調くちょうでつぶやいた。

「え? 私がスコップを担いで教室を出て行くのが見えたから、つけてきた?!

 何をするんだろうと思っていたら校庭を掘り始めたので、これはマズイと思って止めた?! なるほど、なのです……」


 すると茉莉は、胸を張って堂々どうどう主張しゅちょうした。

「分かりました、先生! 私がこれから何をするのか、教えてあげるのです! まず校庭を掘って、大きなみぞを作るのです。そしてそこに、水を流すのです。

 すると、どうでしょう! 何と校庭に、小川おがわができるのです! もちろんASMRと言えばこれという、小川のせせらぎを聞くことができるようになるのです!」


きっとこんな音がするはずだと、茉莉は想像そうぞうした。

//SE小川のせせらぎの音『サラサラサラサラサラサラサラサラサラサラ』


 すると茉莉は、生物の教師から質問しつもんされた。

「え? 万が一、校庭に溝を掘れたとして、流す水はどこから持ってくるかですって?!」


 茉莉はこまりながらもひらめいたので、何とか答えた。

「え、えーと、それはですねえ……。そ、そうだ! あまごいをするんですよ、雨ごいを! そうすれば校庭の溝に雨水あまみずが流れて、校庭に小川が流れます!

 どうですか? 完璧かんぺきな計画ですよね?!」


 すると茉莉は、生物の教師の表情を見て驚いた。

「あれ? どうしたんですか、先生。そんなにこわい顔をして。え? ちょっと職員室にこい? 説教せっきょうしてやる? え? 校庭に小川を作ろうとした、前代未聞ぜんだいみもんのバカだから?」


 すると茉莉は、やはりやれやれという口調くちょうで説明した。

「何だ、そんなことですか。確かに校庭に小川を作ろうとしたのは、前代未聞かも知れないのです。

 でも人間、時には大きなチャレンジが必要な時があるのです。絶対にできないと思われることににも、挑戦ちょうせんしなければならない時が……」


 茉莉の説明の途中で生物の教師は、茉莉の右腕みぎうでをつかんだ。そして引っ張った。


 茉莉は、神妙しんみょうな口調になった。

「はい、先生……。実は分かってましたよ、この計画には無理がありすぎるって……。

 でも止まらなかったんですよ、止められなかったんですよ、自分の正直な願望がんぼうに。私の前に座っている、『君』とお話がしたいという願望に……。

 はい。職員室に行って、大人しく説教せっきょうされます……。はい、自首じしゅします……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る