二日目

 茉莉まつりは両親との朝食中に、考え込んでいた。

「うーん、どうして昨日きのうは、うまく行かなかったんだろう。どうして私の前に座っている、『君』とお話をすることができなかったんだろう?……」


 だが茉莉は、気を取り直して元気な声を出した。

「なんのなんの、まだ二日目なのです! 私が『君』とお話しすると決めた時間は、十日間なのです!」


 そして聞く人がちょっと引くような、笑い声をあげた。

「まだまだ、余裕よゆうなのです! おーほっほっほっ!」


 するとスマホでググって、納得なっとくした口調くちょうでつぶやいた。

「なるほど、これもASMRなのですね……」


 そして、まだ朝食を食べている両親に、元気良くげた。

「あ、それじゃあ私は、もう学校に行くから! 行ってきまーす!」


 すると家の近くにあるコンビニで買い物をませると、ちょっと気持ち悪く笑った。

「くっくっくっ……。これさえあれば、きっとうまく行くはずなのです。くっくっくっ……」


 学校に行くとその日の一時間目の授業は、英語だった。

 教室には教師きょうしが黒板にチョークで書く、音が小さくひびいた。

//SE黒板にチョークで書く音『カッカッカッ』


 それと生徒がノートに書く、小さな音も響いた。

//SEノートにシャーペンで書く音『カリカリカリ』


 茉莉は納得したような口調で、つぶやいた。

「うん。やるならやっぱり、授業中なのです。授業前はみんなが話をしていて、うるさいのです」


 そして茉莉の前の席に座っている男子生徒の右肩みぎかたを、右手の人差し指で軽くつついた。すると何ごとかという表情の、男子生徒が振り向いた。


 茉莉は緊張きんちょうした口調で、ささやいた。

「ねえ、『君』とは同じクラスになって一カ月もつのに、まだお話ししたこと無かったよね。よかったら私とちょっと、お話ししない?」


 すると男子生徒は、少しあきれた表情になった。


 茉莉はそれは当然だろうという、納得の口調でささやいた。

「うんうん。当然、そうなるのです。でも、ちょっとってしいのです」


 すると茉莉はポテトチップスのふくろをバックから取り出して、袋を開けた。


 そして真剣しんけんな口調で、ささやいた。

「ちょっと、この音を聞いて欲しいのです」


 茉莉はポテトチップスを、一心不乱いっしんふらんに食べだした。


 当然、静かな教室に、茉莉がポテトチップスを食べる音が響いた。

//SEポテトチップスを食べる音『パリパリパリパリパリパリパリパリパリパリ』


 そして茉莉は、得意とくいげな口調で男子生徒にささやいた。

「ねえ、どう? リラックスして安心した気持ちになって、私とお話しをしたくなったんじゃない?」


 しかし男子生徒は、前を向いてしまった。


 茉莉は、納得いかないという口調でつぶやいた。

「あれー? おかしいのです。ASMRには、食べ物を食べる音もふくまれるはずなのです。そしていやされるはずなのです……」 


 茉莉が首をかしげていると、英語の教師が茉莉の机の横に立っていた。


 茉莉は、どうしたんだろうという、不思議そうな口調で聞いてみた。

「あれ? どうしたんですか、先生。そんなにこわい顔をして。え? ちょっと職員室にこい? 説教せっきょうしてやる? え? 授業中にポテトチップスを食べたから?」


 すると茉莉は、やれやれという口調で説明した。

「何だ、そんなことですか。それくらい私にも分かりますよ。でもこれには、海より深い事情じじょうがあって……」


 茉莉の説明の途中とちゅうで英語の教師は、茉莉の右腕をつかんで立たせた。


 茉莉は、あわてた口調になった。

「ちょ、先生、分かりましたよ~。職員室に行って、説教されますよ~。あ~れ~」

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