決めたのです! 私は絶対十日間で『君』と、お話をするのです!

久坂裕介

一日目

 両親との朝食中、何気なにげなく見ていたテレビから茉莉まつりにとって、ちょっと興味深きょうみぶかいニュースが流れた。


 茉莉は思わず、つぶやいていた。

「ふーん……。たとえば小川のせせらぎの音を部屋に流すと、会議や商談しょうだんがうまく行く可能性がある、か……。つまりASMRには、いろんな可能性があるのか。ふーん……。

 まあ、高校一年の女の子の私には、関係ないか……」


 しかし茉莉はASMRに興味を持ったので、スマホでググってみた。そして興味深そうに、つぶやいた。

「ふーん……。ASMRって、自律感覚絶頂反応じりつかんかくぜっちょうはんのうのことなのね。つまり聞いていて心地ここちよく感じられる、いやしの音声おんせいなのね……」


 だが次の瞬間、茉莉は思わず食べていた食パンを『ポロリ』とテーブルに落とした。


 茉莉は少し興奮こうふんして、大きな声を上げた。

「え? ASMRには、リラックスさせたり安心させる効果がある?! つまり初対面しょたいめんの人でもASMRがあると、仲良なかよくなれる可能性がある?!」


 茉莉の声は、期待でふるえていた。

「つ、つまり近くにいてもお話をしたことが無い人とでも、な、仲良くなれる可能性があるってこと……」


 そして更に、スマホでASMRについて調べた。


 すると茉莉は、長い間 さがしていた宝物を見つけたような、喜びの声を出した。

「こ、これなのです……」


 茉莉は台所に行き、必要な物をバックに入れた。そしてたからかに宣言せんげんした。

「これで、イケるはずなのです! これで今日こそ、『君』とお話ししてみせるのです!」


 更に、気持ち悪く笑った。

「そしてお話をした後は……。くっくっくっ……」


 そして、気合きあいが入った大きな声を出した。

「私は今、決めたのです! 私は絶対十日間で『君』と、お話ししてみせるのです!」


 だが茉莉は、少し落ち込んだ口調くちょうでつぶやいた。

「まあ、『君』には学校に行かないと、会えないんだけどね……。『君』は私の席の、前にいるから……」


 だが、まだ朝食を食べている両親に、元気良くげた。

「あ、それじゃあ私は、もう学校に行くから! 行ってきまーす!」


 そして茉莉は大急おおいそぎで学校に行き自分のクラスに入り、自分の席に座った。その前には、男子生徒が座っていた。


 茉莉は、考え込みながらつぶやいいた。

「うーん……。これは、いつやったらいいのかしら……。うーん、今はダメよね。授業前でみんなが話に夢中むちゅうになっていて、うるさいから……。よし。静かになった、授業中にやろう」


 そして一時間目の現代国語が始まって、十分じゅっぷんぎた。

 教室には教師きょうしが黒板にチョークで書く、音が小さくひびいた。

//SE黒板にチョークで書く音『カッカッカッ』


 それと生徒がノートに書く、小さな音も響いた。

//SEノートにシャーペンで書く音『カリカリカリ』


 茉莉は、小さな音しかしなくなった教室に満足まんぞくした。


 茉莉は納得なっとくしたような口調で、つぶやいた。

「うん。やるならやっぱり、授業中なのです。授業前は皆が話をしていて、うるさいのです」


 そして茉莉の前の席に座っている男子生徒の右肩みぎかたを、右手の人差し指で軽くつついた。すると何ごとかという表情の、男子生徒が振り向いた。


 茉莉は緊張きんちょうした口調で、ささやいた。

「ねえ、『君』とは同じクラスになって一カ月もつのに、まだお話ししたこと無かったよね。よかったら私とちょっと、お話ししない?」


 すると男子生徒は、少しあきれた表情になった。


 茉莉はそれは当然だろうという、納得の口調でささやいた。

「うんうん。当然、そうなるのです。でも、ちょっとってしいのです」


 すると茉莉は半分にカットされたキャベツと包丁ほうちょうとまな板をバックから取り出して、机の上にせた。


 そして真剣しんけんな口調で、ささやいた。

「ちょっと、この音を聞いて欲しいのです」


 茉莉はまな板に載せたキャベツを、包丁で一心不乱いっしんふらんに切り出した。


 当然、静かな教室に、茉莉がキャベツを包丁で切る音が響いた。

//SEキャベツを切る音『ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク』


 そして茉莉は、得意とくいげな口調で男子生徒にささやいた。

「ねえ、どう? リラックスして安心した気持ちになって、私とお話しをしたくなったんじゃない?」


 しかし男子生徒は、前を向いてしまった。


 茉莉は、納得いかないという口調でつぶやいた。

「あれー? おかしいのです。ASMRには、野菜を切る音も含まれるはずなのです。そして癒されるはずなのです……」 


 茉莉が首をかしげていると、現代国語の教師が茉莉の机の横に立っていた。


 茉莉は、どうしたんだろうという、不思議そうな口調で聞いてみた。

「あれ? どうしたんですか、先生。そんなにこわい顔をして。え? ちょっと職員室にこい? 説教せっきょうしてやる? え? 授業中にキャベツを包丁で切ったから?」


 すると茉莉は、やれやれという口調で説明した。

「何だ、そんなことですか。それくらい私にも分かりますよ。でもこれには、海より深い事情じじょうがあって……」


 茉莉の説明の途中とちゅうで現代国語の教師は、茉莉の右腕をつかんで立たせた。


 茉莉は、あわてた口調になった。

「ちょ、先生、分かりましたよ~。職員室に行って、説教されますよ~。あ~れ~」

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