第66話 旅立

 母さんが泣いている。

 おじさんの、いや、父さんの手を握って、声をあげて泣いている。

 遠くに見えるそのすがたは、なんだか夢の中のことみたい。


 あの時、宝箱を開けた時、急に目の前がまぶしくなって、、、そのあとのことはよくわからない。


 身体がおもい。

 左手が熱い。


 左手が熱いのは、きっとモクランが寝ている所為じゃないんだろう。

 モクランはボクの腕を枕にして、猫みたいに丸まってる。

 剣に縋りついて、全然動かないけど、ケガはしてないみたい。

 それだけでも、凄く安心した気持ちになる。


 そして右手。

 ぐるっと見回してみても、あの黒い宝箱はどこにもない。

 代わりに、赤銅色の靴がボクの右手には握られていた。

 それを見て、ボクは


『ああ、やったんだ。ボクはやれたよ、父さん。』


 そう思ったら、涙が出てきた。

 涙に歪む視界の中、村にいたころの優しかった父さんと、ぶっきら棒で少し怖かったけど、大きな手で乱暴に撫でてくれたおじさんの姿が重なる。

 ああ、なんで気が付かなかったんだろう。


 涙が、とまらない。

 こんなんじゃ、またばかやろうって怒られちゃう。

 胸を張れって。

 約束を守ったんだぞって偉そうにしやがれって、きっと頭をぐりぐりされる。


 だけど、止められない。

 どうしたらいいの?

 父さん。

 

 ボクはやったよ、やったんだよ!

 だから、乱暴でもいい、痛くたっていいから、よくやったって、えらかったって、誓いを守れてすごいって、頭をなでてよ!父さん。


 涙は後から後から流れてくる。

 ボクの声にならない叫びは、真っ青な空に吸い込まれて消えていくみたいだった。

 そうして、ボクの意識はまた深い暗闇に引きずり込まれていくのだった。


 ・


 ・・


 ・・・


 それからは本当に大変だった。


 みたい?


 ボクにはよくわからないけど、モクランのお父さんが、いなくなった村長の代わりに村長になることになって。

 壊されたお家も、村の人みんなで直したんだって。

 逃げていった人もたくさんいて、凄く大変だったって、あとから鍛冶屋のおじさんに聞いた。


 そして、モクラン。

 モクランは、何故かずっとボクの家にいた。

 あんなにすごかったモクランは、目覚めたあとミクお、、、父さんが死んじゃったことを知って、凄く、凄く泣いてた。

 泣いて泣いて泣きすぎて、その場に倒れちゃったくらい。

 けど、それだけじゃなくて、急に宝具に目覚めたその疲労が凄いんだって、モクランのお父さ、、村長が言ってた。

 ボクもモクランも、あれから3日くらい寝ていたらしいんだけど、モクランはそれからさらに、二日も起きてはこれなかった。 

 でも、起きてもどこかぼーっとしたまんまで、すぐに


「みくおじぃ、、、」


 って泣き出しちゃう。

 だからか、それからモクランはずっとボクの家にいることになった。

 モクランのお父さんが忙しかったってのもあったんだろうけど。

 ボクの家に来てからも、モクランはずっと丸まって、泣いて、ミクお、、父さんのことを呼んで、また泣いてた。

 ご飯も食べずに、起きては泣き、泣いては眠るを繰り返していたんだ。

 ボクはそんなモクランの傍にいるのが本当につらくて、モクランが眠った隙にそっとお部屋を抜け出したことがあった。

 お家の仕事でもすれば少しは気分が楽になるかなって。

 けど、それを見た母さんに


 「バカっ!今はモクランの傍にいてあげな!慰めなくたっていい、話しかけなくったっていいんだから、それでも傍にいてあげな!それも守るってことなんだから!」


 そう言われて、ただただ、モクランの傍にいたんだ。

 そしたら何日か(?)して、背中越しに泣いているモクランから、ミクおじの話を少しずつ、少しずつされるようになったんだ。

 ボクもおじさんとの思い出とかを話したりて、その度に泣いてた。

 でも、そんなことを何回かしてたら、モクランも少しずつ、元気になって来たんだ。

 ご飯も食べられるようになった。

 めそめそはまだ多かったけど、一月したくらいには、ボクもモクランも笑えるようになっていた。



 あの日泣いていた母さんは、泣かなくなった。

 ボクが目覚めた時には、もう前の村にいた時よりも元気になっていたくらい。

 足も何故だか動くようになっていて、こんなに笑うんだってくらい、いろんなことを楽しそうにしてた。

 だから、


「、、か、かあさんは、かなしく、ないのかよ?」


 って聞いちゃった時があって。

 そしたら無言でほっぺたを思いっきりたたかれた。

 あの時の痛みと、母さんの顔はずっと忘れないと思う。


 そんなこんなで、おじ、、父さんのいない生活に慣れ始めた頃、村にハンター協会?の人が来て、ボクとモクランは正式な村の専属パーティに認定されたんだ。

 そしたらみんな急によそよそしくなっちゃって。

 ボクはそれが本当につらかったんだけど、モクランと母さんが村長のところに呶鳴り込みに行ったりして、気が付いたら元の、、、とはちょっと違うけど、平和な生活が戻ってきたんだ。


・・・


・・



「ちょっと、タク~何してるの!置いてくよ~」

「、、あ、ちょ、ちょっと待ってよ~」


 ボクは書きかけの日記を鞄にしまう。


 今日は、ボクとモクランが村を旅立つ日。

 

 あれから、色々(他の村の宝箱の討滅を頼まれたり、村長の昔の知り合いとかいう人にずぅっと稽古という名の地獄を味わわせられたり、奥の山の探検を手伝わされたりとか、もうほんと色々)あったけど、ボクらは一度世界を見てみることに決めたんだ。


 モクランの15の誕生日の次の日。

 昨日は村中がお祭り騒ぎだった。

 みんなでいっぱいお祝いして、泣いてくれた人もたくさんいた。

 

 モクランは本当に奇麗になった。

 黒い刀(あれは剣じゃなく、刀っていうらしい)を振って、戦うところなんて、戦の女神様みたいだと、みんなが陰で言っている。

 ボクはどうかな?まだ髪は白い(少し黒も混じったまだらみたいになってて、正直かっこ悪いと思う)ままだし、人と話すときにはつっかえちゃうこともある。

 けど、下だけは向かないって決めたんだ。

 あの日、最後まで立ち向かっていた父さんみたいに、ただ前を。


 急いで走って、扉を開けると、そこにモクランは待っていた。


「もぉ、遅いっ!」

「、ご、ごめんって。」

「あたしね、ワクワクしてるんだ。父様が、ミクおじが、タクのお母さんが、見て、歩いて、そして戦った世界を見て回れるってことに。」

「、、、うん、ボクもだよ。」


 日の光の下そう言って笑うモクランの顔は、本当に奇麗だった。


「だから、タク、これからもよろしくね!」

「うん、こちらこそ。」

「あたしの背中を任せられるのはタクしかいないんだからね!」

「ははは、頑張ります。」


 父さんの書いていた手記はボクが引き継いだ。

 それはこれからもずっとボクが続きを紡いでいく。

 今はまだ日記だけど。


「それじゃぁ、タク、今度こそ。」

「うん。」

「せぇの!「いってきます!」」


 それがこの終わってる世界を生き抜いた証になると思うから!


~Fin~

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