第64話 女神

「、、、ぁ、、、、、、、、、、」


 遠くで声がする。


 どこか懐かしく、狂おしいほど愛しいと感じる声音なのに、それが誰のものなのか思い出せない。

 

「、、、ぁ、、、、、、、、、、ゖ、」


 眠い。


 ただただ眠い。


「、、、あ、、、、、、、ぃ、、、ゖ、」 


 けど、この声がまだ眠ってはいけないと、本当に後悔するぞと語りかけてくるようで、俺の意識が闇に沈むのをあと一歩のところで邪魔をする。

 

 もういいだろ?


 だって、俺は俺なりに頑張ったんだぜ?


「、、、あ、、、ぉ、、、ぃ、、、ゖ、」 


 至らないってことは分かってんだ。


 俺は世界が終わるってのがどんなことかを知ってるから。


 それを引き起こしちまったのは俺だから。


 そうあれは修行最後。


 急に親父が恐ろしく思え、本気で殺されると思った後のこと。

 今ではわかる、それが本気の殺気で、修行の最後の締めだったってことが。

 けど、俺はこの手で、親父の命を終わらせたとき、世界が色を失うのを見たんだ。

 それは終わった世界。

 楽はなく、何も感じず、ただただ宝箱バケモンをぶったおすだけの地獄のような世界だった。


 すべてがどうでもよく、すべてがつまらなく見えた。


 それでも酒やらに逃げなかったのはなんでなんだろうな?

 親父に対する使命感だったんだろうか?

 俺はずっと勤勉にその地獄せかいを生き続けたよ。


 そんな時だ。

 キン、ギンに出会ったのは。

 久しぶりに会った幼馴染共は随分金の羽振りがよさそうにしていた。

 なんでも辺境のハンターは儲かるらしい。

 だから、つい誘われて、ハンターなんてくだらない仕事を始めちまった。


 あの頃は本当に腐ってた。

 自分以外はすべてゴミ。

 強けりゃ何をやっても許される。

 辺境ではそれこそ勇者様扱い。

 俺らはこんなつぇーんだって、勘違いを増長させるのにそう時間はかからんかったな。


 人生ある意味絶好調。

 屑みたいな自己顕示欲と全能感に酔っていた時、あいつが現れたんだ。

 出会って、一発目でそれまでの全部が違うって思い知らされたね。


 最初は流れてきただけのソロの女ハンター。

 顔がいいと思って声をかけてやったのに、しらんぷり。

 挙句の果てには宝具でぶん殴られたっけ。


 それでも、追いかけてどつかれて、めげずに追いかけて。

 あんときは俺もどうかしてたんだなぁ。

 恋は盲目ってやつか?

 そしたら、何度目だったろうね?あいつにぶっ飛ばされた俺を見下しながら、こう言ったんだ。


「はぁ、そんなに私が欲しいの?なら、私を倒すか、私に認めさせるだけの功績を見せなさい。それができたなら、喜んであなたのものになってあげるわ。」


 ってな。


 だから俺は一人旅に出た。


「3年でお前に見合う功績をもってきてやる。」


 って息巻いてな。

 まぁ、おんなじことを言われたキンは倒す方を選んだようだったが。


 それから3年。

 俺は血みどろ、汗みどろになって功績を漁った。

 それには、うちの頭のおかしい一族の業が大いに役立ったってのは間違いねぇ。  

 俺はソロで大型の宝箱バケモンを何体も討滅して、ついにA級鍵士の称号を得た。

 ここ数十年出たことがねぇっていうでっけぇ称号をもって、帰郷したのが丁度3年目だった。

 帰ったら、あいつはちゃんと待ってくれていやがったよ。


 宝具の指輪と一緒に、差し出した認可状を見たあいつは目を丸くして、そして笑っていったんだ。


「あたしの価値って、こんなものなのね。」


 って。

 俺はその瞬間、本当に目の前が真っ暗になったのを覚えている。

 けど、その直後、


「他の功績はこれからに期待ね。」


 そう言って口づけされた。

 もう、俺の意識は文字通りふっとんだね。

 

 そして気が付いたら、あいつの膝の上に頭を乗せられてて。

 そん時、俺が気が付いたことにあいつはどうやら気づいてはいなかったらしい。 

 夕日に向かって静かに左薬指、いやそこに嵌った宝具を見ていた。

 俺はその横顔に見とれちまってたんだっけ。


 そしたら、不意に目が合って、


「もう、バカなの?急に倒れて。。。し、心配したんだから。」


 途中から顔をそらしたあいつの顔があまりにもかわいくて、それを見た時、ああ、世界ってこんなに奇麗だったんだなぁって、俺は色を思い出したんだ。


 それからは本当に色々あった。

 あいつは、スゥは、俺のいない間にキンやギンとパーティを組むようになっていたようで、俺もそこに入って色々とバカやった。

 キンは3年間スゥに挑み続けた結果、結局一度も勝てなかったって、酒の席では随分と管をまかれたもんだった。

 そんときゃ、キンがまさかあんなことを考えているだなんて、全然思わなかったけどな。

 ホント、俺は人を見る目がねぇ。


 それから少しして、スゥの腹が大きくなり、ナタクが産まれた。

 小さくて、震えてて、抱いたら潰れちまいそうで、俺は怖くて触れなかったのを今でも覚えてる。

 なのに、いったん泣き始めれば、その声の耳障りなこと。

 よくもまぁ、こんなチビ助からあんな声が出るもんだと、半ば感心させられたもんだ。

 本当に宝箱バケモンなんかより、ずぅっと怪物なんじゃないかと思うほどだった。

 んで、スゥがそっちにかかりっきりになっちまって、相当妬いたもんだった。

 ホント、男はいくつになってもガキだな。


 ナタクの所為かわからんが、それから俺もスゥも本当に変わったと思う。

 戦いには出なくなり(スゥに至っては宝具も起動できなくなり)、村の雑事を請け負うようになった。

 実入りは本当に減ったけど、俺は全然わりぃきはしなかった。


 そして、それから四年か?

 多分幸せだったんだろうな。

 ナタクも歩けるようになり、喋れるようにもなった(まぁほとんど俺の前じゃぁしゃべらねぇんだけどな)。

 最初邪魔者だと思っていたナタクも、笑ったり、話したりするようになって、案外と可愛いんじゃねぇかと思えるようになってきてたっけ。

 ナタクが覚えるってんで、言葉遣いも結構直されたなぁ。

 そんで、俺がちぃと出てくるっていうと、後からついてきて、小さな手でぎゅっと俺の裾をつかむんだ。

 あんなちいせぇてで、必死に縋り付いてくるところなんて、もう言葉にゃ表せねぇ感覚だったな。


 そんな毎日だったけど、そいつはあっという間に崩れ去っちまった。

 最後のナタクの


「とーた、ばい」


 って言いながら、スゥに半分隠れていた光景が今でも昨日のことにようにあたまん中に張り付いて、消えちゃぁくれねぇ。

 けど、そう言って別れた家も村も、もういまじゃぁどこにもねぇがな。


 そのあとはもう本当に地獄だった。

 探して探して探して。

 それでも何の手がかりも掴めねぇ。

 また世界は色をなくしちまった様だった。

 それでもあきらめきれねぇ俺は、足掻いて足搔いて、そしてもう、ダメだと本当に思ったとき、この村にたどり着いたんだった。


 最初は疑った。

 助けられる訳が分からねぇからな。


 けど、お嬢とタクと接するうちになんかそんなんがばかばかしく思えるようになっちまった。

 そしたら、なんかここが無性に居心地がよくなって。

 気づいた時にゃ、また世界は色を取り戻していやがった。


 それがあんまりきれいに見えるもんだから、離れがたくなっちまったんだろうな。

 その中でも、タク、あの野郎は本当に男になったな。

 最初はおどおどしてお嬢の影に隠れてるだけだったっつぅのによ。


「、、、あな、、ぉ、、、ぃ、、、ゖ、」 


 ああ、また声が聞こえる。


 お嬢はあいつに託した。

 多分、大丈夫だろう。

 だから俺は気兼ねなく、俺の仕事をやれたってもんよ。

 けど、最後にとちっちまった。


 ああ、そうだとちっちまったんだった。

 

「、、あな、、お、、ぃ、、ぁけて、ぉ、、ぃょ、、、」


 ああ、なんかこの感じ、懐かしいな。

 あの、スゥに指輪を渡した人生最高の日みてぇだ。

 このくそったれの世界でも、奇麗なもんがあるって思い出させてくれたあの。


 『ポタリ、、、ポタリ』


 んだよ、雨まで降ってきやがったのかよ。

 全く、人が眠ろうって時に野暮なことしやがる。


 わぁったよ、目を開けりゃいいんだろ?


 だから、、


 もう、


 泣かないでくれ。


「、、お願い、あなた、目を開けて、お願いよぉ、、」

「、、、ス、、ゥ?」

「っあ、、、、」

「、、バァ、カ、、なく、な、よ。」


 目を開けた俺の前には涙で顔をぐちゃぐちゃにした、世界で一番美しい、女神がいた。

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