第63話 弟子
ボクは走った。
砂で前が見えなかったけど、そんなことはもう関係がなかった。
左手で目を守りつつ、前に前にと進む。
どのくらいすすんだだろうか?
すごく時間がたった気がしたけど、一瞬だったような気もする。
気が付いたら砂は消えていた。
いや、今思えば、それはあいつが力任せに作った砂の壁をボクが突っ切っただけなんだろうけど、それでもその時はそう思えたんだ。
そして、ボクが見たものは、
太い二本の触手でがたこんがたこんと、不格好に逃げていくあいつ。
村長を、みんなを、そしておじさんをさんざん苦しめてきたあいつが逃げる姿に、また目の前が赤く染まる。
許さない。
そんなことは絶対に。
そう思ったら、自然と声が出ていた。
「うああああぁっぁぁぁぁぁっぁあ!!!!」
技なんてない。
型なんてない。
作戦なんて何もない。
ただただ、真っすぐにあいつを追いかける。
でも、こわいとは思わなかった。
だって、後ろにはモクランがいてくれるから。
あいつとの距離はどんどん縮まる。
あと、二十歩。
あと、十歩。
あいつに近づけば近づくほど、真っ赤だった目の前ははっきりと色を取り戻していった。
もうあいつの模様の、線の一つ一つがよく見える。
もうすぐ手が届く。
そう思ったとき、急にあいつが小さくなった。
んーん、ちがう。
ズズン!っていう重い音といっしょに、あいつは箱の身体を地面に置いたんだ。
そして、丸太みたいな二本の触手で、ボクを力いっぱい殴ろうとしてきた。
真上と、左から丸太が来る。
でも、なんだかゆっくりに見えるそれは、さっきと違って全然怖くなんてなかった。
あと、七歩。
左の丸太が先に届くのがわかる。
でも、それがボクには届かないことも知っている。
だから、ボクはそれを避けずに走り続ける。
あと、六歩。
するとやっぱり、視界の端、その丸太に向かって、真っ黒い線が走ったかと思うと、一拍おくれて丸太は光の粒になって消えた。
あと、五歩。
次に上から丸太が降ってくる。
でも、それだって、次には光の粒になる。
だけど、今度は先っぽの方だけで、このまま進むとボクは箱に届く前に丸太の根元に押しつぶされちゃうのがわかった。
でも、きっと、このまま待っていれば、根本だって同じようにモクランが光の粒に変えてくれるんだろう。
でもそれじゃだめだ。
前に出ないと!
ボクが終わらせないと。
だから、ボクは無茶を承知で前に出る。
でも、今度は間違えない。
ボクだって、おじさんの、んーん、父さんの弟子なんだから。
何度も何度も同じ失敗をしたら、「バカ野郎」って怒られちゃう。
それに、今は不思議と全部が見えて、全部がゆっくりな気がする。
だから、もう間違えない。
さっきまでやけどしたみたいに熱かった右の手を、顔の前に掲げる。
走る速さは変えないまま右手で、落ちてくる丸太の横面をなでる様に触る。
そして右手を扇のように動かしながら、合わせて左足を半歩斜め前に出す。
右手は丸太の勢いに逆らわず、動きに合わせるだけ。
そしてそれと一緒に、上半身を半身に変える。
すると、丸太はボクの横を素通りして、地面をたたく。
ボクはそこから、右足で地面を強く踏みしめる。
顔が前を向く。
腰がくるりと回って右足が前に出る。
すると、それに合わせて右手も返ってくる。
そしてボクはその勢いのまま、触手の根元に右手の手刀を突き入れた。
固くはなかった、、、と思う。
突き入れた瞬間は何かにぶつかったような感じがしたけど、構わずそのまま突き入れる。
すると重いブヨブヨしたお豆腐に手を突っ込むような感じに変わって、そのまま奥へとめり込ませていくと。
急に、あ、破ったってのがわかったんだ。
それと一緒だったと思う。
ボクを殴ろうとしていた丸太の残りは音を立てて、地面に落ちた。
ボクは急に重さがなくなったせいで、転びそうになったけど、右足で何とか踏ん張って、さらに前に出る。
あと、二歩。
最後の悪あがきなのか、箱が大きく蓋を開けようとする。
真っ暗な口がぽっかりとボクの目の前に現れ、、、る直前、それよりも黒い剣が箱を上から串刺しにした。
あと、一歩。
見上げると、箱の上にはモクランがいた。
空が明るすぎて、その顔は分からなかったけど、なんだか笑ってる気がした。
声は聞こえなかったけど、
「扇受け、ちゃんとできてたじゃん。」
そう言っているような気がした。
ボクはそれを見て、なんだかあったかいような、泣きたいような気持になって気づいたら、両手を胸の前で合わせて、こう叫んでたんだ。
「そうけんっ!」
そしたら、右手がまた熱くなって、思わずぎゅっと握ったら、そこには大きな金色の鍵があった。
ボクは迷わずそれを箱のカギ穴に差し込むと、大声でこう唱えながら、鍵を回した。
あと、零歩。
「かいっ、じょぉぉぉお!」
瞬間、真っ黒だった箱が光だして、、、
その光に目を開けていられなかったボクは、そのまま、意識を失ったのだった。
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