第62話 追走
もうだめだ。
やっぱりボクじゃだめだったんだ。
最後もやっぱり失敗しちゃって。
頭の上から降ってくる触手を見ながら、ボクはそんなことを考えていた。
怖くて、目をつぶろうとして、昔おじさんに言われたことを思い出す。
あれはしゅぎょーの時だった。
教えてもらったいろんな型や組手。
だけど、モクランはすぐにかんたんにできちゃうのに、ボクは何回やってもうまくいかなかった。
かなしくて、くやしくて、あの日はひとりで畑の木の根元で泣いてたんだった。
虫の声がうるさくて、いつもと同じことなのに、全部がイヤで、もうどうしたらいいかわからなかった。
そしたら、急に虫の声がやんで、頭の上から
「ばぁーか」
って、声が聞こえたんだ。
「、、、おじ、さん?」
おじさんはボクの隣に座って、
「なぁにやってんだよ。」
って、いいながら、なにかを飲んでた。
でもその言い方がいつものしゅぎょーの時の怖い感じでもなく、ふざけている感じでもなく、すごく不思議な感じだったのを覚えてる。
「、、、だって、ボク、なんにもできない、から。」
「、、、ったく、おめぇ、いっちょ前に落ち込んでやがんのか?」
「、、、いっちょ、まえ、って、、、」
「あんなぁ、人にゃできることできねぇことがあんだよ。男にしかできねぇこと、女にしかできねぇこと、若くなきゃできねぇこともあるし、年取ってはじめてわかることだってある。そんなもんに人と比べて、いちいち落ち込んでたって疲れるだけだぞ?」
そう言ってボクの頭に手を置くおじさん。
「、、、だっ、て、、」
「あんなぁ、タク、大体おめぇらくれぇの歳の頃なんて、女の方がなんだって上手にできるもんなんだよ。男はどこまで行ったって不器用な子供みてぇなもんさ。器用じゃぁ、女にゃ勝てん。」
なでられるには少し強すぎる感じで、三かい頭をたたかれた。
「、、、そん、なの、ずるいよ。」
「ばぁか、んなこと言ったって、そういうもんなんだからしゃぁねぇだろ。けどなぁ、不器用じゃぁあるが男だって捨てたもんじゃねぇんだぜ?」
「、、、そう、なの?」
頭から手が離れた。
そのままおじさんは何かを一口飲んで、
「ああ、まずは力がつぇぇ。」
そんなことを言った。
ボクは消えた手のぬくもりがすごく名残惜しかったけど、それよりも心がざわざわして、つい言い返していた。
「、、、そんなの、、、ボク、勝てた、こと、、ないし、、、」
「そらぁ、おめぇが鍛えてねぇからだ。ただな、同じ鍛えるでも、つく力は男の方が断然上だわな。これからおめぇがもっと頑張って、お嬢より鍛えりゃぁ、成人の儀の頃にゃぁ、力で負けることはなくなるだろうよ。」
「、、そう、なの?」
「ああ、それとな、、、」
そう言って、おじさんは瓶を置いて、自分の胸をかるくたたいたんだ。
「ここだな。」
「、、、ここって??」
「っわっかんねぇかなぁ?ここだよ、ここ、心だよ。女はな、すぐに泣くし、わめくし、諦めやがる。ん、まぁ、それが可愛い時もあったりするんだが、、、まぁ、それはそれとしてな。ここ一番ってときに、足腰踏ん張って持ちこたえられんのはやっぱ、男にしかできねぇことだわな。」
「、、、う、、ん」
「まぁ、まだわかんねぇかもしれねぇがな。でもな、これだけは覚えとけ。みんなが泣いて諦めるような時によ、一歩前に出て、歯ぁ食いしばって踏ん張れるかどうかで男の価値ってのは決まってくんだよ。だからな、、、」
そういっておじさんはもう一度瓶の中身を一口飲んだ。そして、
「負けそうなときに、諦めて目を閉じることだけはするんじゃねぇぞ。見てれば必ず勝ちの眼ってのはどっかに転がってるもんだ。」
そうだ。
閉じかけた目を、目いっぱい開ける。
無理だって、ダメだって思っても、眼だけは、閉じてやるもんか。
上から丸太みたいな太い触手が来る。
ボクの身体はもう、それを受け止める様に動き始めてしまっている。
多分動きは変えられない。
それでも、少し、ほんの少しでいいから、逃げ込める場所を探して、考える。
今からできること、、、
だけど、触手はどんどん迫ってくる。
足だけでも、半歩外へ、、、
触手を睨みながら、必死に逃げ道を探す。
でも体は簡単には動いてくれなくて、触手が近づいてきて、もう触手しか見えなくなって、さすがにもう目をつぶりそうになった時、急に真っ青な空が見えたんだ。
そして、背中から、
「タク、行って!」
その声が聞こえた時、ボクの足は真っすぐに箱めがけて走り出していた。
無理に態勢を変えようとしたから、足がもつれて転んじゃったけど、考えるより先にくるりと一回りして、すぐに立ちあがれた。
これもおじさんにさんざんやらされた受け身ってやつ。
そして、立ちあがった時に一瞬みた、ボクの後ろにはやっぱりモクラン。
真っ黒な剣をもっていたけど、その大きな目には空と同じ色の涙がいっぱいにたまってた。
だけど、その顔は笑顔で。
ボクはそれを見ただけで、さらに三歩、四歩と勢いづいて前に進む。
足に力が入る。
もう、何も怖くない。
もう、後ろは振り返らない。
前に前に前に、ただただあの箱を目指して走るだけだ。
そう思ったら、急に体が軽くなった気がした。
これなら、どこまでだって行けそうだ。
そんなことを考えながら走り続けると、もう一本の触手が今度は横からボクを打ちのめそうとやってくる。
でも、もう止まったりしない。
だって、ボクは一人じゃないから。
触手がボクにあたる前に細切れになって消える。
それはお日様の光できらきら光って、なんだかすごくきれいに見えた。
そして足はさらに先に進む。
もう、箱までは半分くらいになった。
あんなに遠く思った長さが、モクランがいてくれるだけで、あっという間だ。
ホント、モクランってすごい!
そう思ったとき、急に目の前が、砂まみれになった。
おくれて風が、ボクの顔をたたく。
嫌な感じがして、ふっとしゃがむと、ボクの頭の上を丸太が通過して、光になった。
それと同時に、ドタドタと遠くに行こうとする足音が聞こえる。
ああ、そうか。
ボクはここではたと気が付く。
あいつ、逃げ出したんだ。
さっきまでニヤニヤ笑っていたくせに。
ボクらが怖くて逃げだしたんだ。
さんざん好き勝手やってたくせに。
逃げ出したんだ。
そう気が付いた時、ボクの頭の中は真っ赤に染まってた。
逃がさない。
もう、それだけしか考えられなかった。
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