第61話 斬雪

 タクがいっちゃう。


 あたしもいかなきゃ。


 そう思うのに、足が、体が動かない。


 あたしは目を覆ったまま、指のすきまからタクが走り去っていく背中を見ているしかできない。



『汝、力を欲するか?』


 わからない。


「ぁあ、あぁぁぁ、、」


 タクのお母さんの泣き声が聞こえる。

 きっと、ミクおじのことが見えたんだ。 


「っお、おい、バカ、いくな!」


 鍛冶屋のおじさんの声も聞こえる。

 多分タクに言ってるんだ。


「いやぁ、タク、ダメ、行かないで!」


 おじさんの背中でタクのお母さんがあばれてる。


『汝、力を欲するか?』


 わからない。

 だって、あんなに強かったミクおじがやられちゃったんだよ?


「誰か、タクを、タクを止めて!」


 タクのお母さんが暴れるせいで、おじさんもうまく動けないみたい。

 あたしが、あたしが、やらなきゃ。

 なのに、体が


『汝、力を欲するか?』


 わかんない!

 わかんないよ!

 もう、なんなのよ!


『汝、力を欲するか?』


 あたしにどうしてほしいのよ!

 ちから?

 ちからって何よ?

 あたしに力があったって、ミクおじみたいな英雄にはなれないの!


『汝、力を欲するか?』


 あたしだって、タクを、みんなを守りたい。

 でも、足が、体が動かないのよ!


『汝、力を欲するか?』


 もう、うるさい!


『汝、力を欲するか?』


 欲しいわよ!

 みんなを守れるんだったら、どんな力だってほしいわよ!

 でも、、、






『汝の願い聞き届けた』


 え?


『我は汝の力となり、その道の前に立ち塞がる尽くを殲滅せしめる刃となろう。』


 どういうこと?


『だが、汝が死すとき、我は汝を贄として屠るであろう。』


 贄?

 食べられちゃうってこと?


『それを良しとするならば、我を抜き、我が名を叫べ。』


 怖い。

 なんであたしが?

 食べられちゃうのなんて絶対いや。

 でも、、、

 

 そこまで考えて、ミクおじのことを思い出す。


 だいじょうぶだ、そういった顔はどこか寂しげで、、、


 そうか、ミクおじだって怖かったんだ。

 戦うのは誰だってこわい。

 でも、こわいのや、痛いのを乗りこえて、みんながんばってるんだ。

 

 タクだって、それがわかってたから、走っていけたんだ。

 でも、あたしは、、、

 んーん、あたしだって、タクを、みんなを守りたい。

 

『ならば、我を抜き、我が名を叫べ。』


 でも、体が、、


『然らば、此度は我も力を貸そう。』


 どうやっ、、、


 そう聞こうとしたとき、急に背が高くなった。

 んーん、そうじゃない、あたし、立ちあがったんだ。

 でも、自分で立ちあがったんじゃない。

 自分のからだを自分じゃない誰かが動かしてる、そんな不思議な感じ。


 タクのお母さん、まだ泣いてる。

 でも大丈夫、タクは、みんなはあたしが守るから。


 そう思ったら、また体が勝手に動く。

 そして、タクのお母さんの肩にそっと手を触れる。

 タクのお母さんはびくっとして、こっちを見たんだけど、


「だいじょうぶ。」

「モク、、、ラン、、、?」

「タクは、あたしが、守るから。」

「何、、を?」

「おい、嬢ちゃん、おめぇまで何を。」


 二人ともびっくりしてる。

 でも、だいじょうぶ。

 タクが行っちゃって、体も変な感じだけど、だいじょうぶっていうのは分かるの。

 そうだよね?



・・


・・・


 急に立ちあがったモクランが、タクの母に声をかけた。

 その眼は虚ろで、どこか遠くを見ている感じなのに、ちゃんと今がわかっているような、そんな不気味な雰囲気を感じて俺は思わず声をかける。


「おい、嬢ちゃん、おめぇまで何を、、、」


 ミクラがやられたのを見て絶叫して、座り込んだ嬢ちゃんを見たときはこの子はもうダメだと思った。

 でも、仕方がねぇとも、思っていた。

 子供が耐えられるもんじゃねぇ。

 嬢ちゃんはそれだけミクラに懐いて、英雄視までしていたのを知ってるから。

 だから、ふらふら立ちあがって、それでも大丈夫って言ったのを見て、俺は得も言われぬ不気味なものを感じたんだ。


 けど俺が言い終わる前に、嬢ちゃんはミクラの剣を両手に構えて、、、


・・・


・・



 そうだよね?


 もう一度自分に言い聞かせる。

 あたしだって、みんなを守れる。

 しゅぎょーだって頑張ったんだから。


 でも、今のあたしじゃだめなんだ。

 泣いて、座って、動けなくなるような女の子じゃ。


『その意気やよし。ならば叫べ。さすれば汝に我が力、そのすべてを貸し与えよう。』

「だから、お願い。あたしに力を貸して、、、」

『贄よ、努努忘るるな、此度の約定。そして唱えよ、、、』


『我が名は「斬雪ざんせつ!」』



 モクランが裂帛の気合と共に引き抜いたのは真っ黒な刀身をした片刃の剣だった。

 少し弓なりに反った刀身は、見る者を惹き込むような強烈な存在感を放っていた。

 鍛冶屋の親父とタクの母は、一瞬それに魅入られそうになったが、モクランの鞘を捨てたカラランという音で我に返る。

 あまりのことに呆然とする二人を尻目に、


「じゃぁ、いってくるね。」


 そう言ってモクランは駆けだしていく。

 その速さに、二人は絶句するしかない。


 そして、遠ざかる背から、


「二人はミクおじのところへ!」


 そんな確かな声音が聞こえた。


 鍛冶屋の親父が一瞬見た少女の眼には虚ろさはもう微塵もなく、ただただ自信だけが満ち溢れていたのだった。

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