第55話 予感
「タク、、、あんた」
呆気にとられた私の顔を不安そうに見つめるタク。
「え、、ど、、どしたの?」
差し出した手を取らなかったのだが、あまりにも意外だったのか、先ほどの頼もしい顔は急になりを潜め、いつものおどおどした表情に戻っていた。
「な、何でもないよ。それよりどうしたのさ、モクランまで。」
「、、、た、宝箱が、で、出たんだ。むら、、おさのとこで。だから、、にげ、なきゃって」
「そうかい。それじゃぁ、あんたらは逃げな。先生と一緒ならなんとかなるだろうさ。」
あたしのその言葉を聞いて、二人が一瞬固まる。
そらぁそうだろうね。この一年以上、腐っていくあたしを一番に見てきた二人だ。でもさ、あたしにだって曲げられない、いじって奴があるのさ。
「っなんで!」
先に叫び声をあげたのはモクランだった。
でも二の句は継がせない。
言い募ろうとするモクランの頭に手を当てつつ、
「モクラン、あたしはね、こんなでも宝具士なのさ。戦えないってのはあたしが一番わかってる。でもね、この身一つで、あんたらを守ってやれるんだったら、ここでやらなきゃあたしはあたしじゃなくなっちまう。」
そこで、一拍区切り、あたしはモクランの頭に当てていた手を肩に移し、眼を見て、
「だからさ、行かせておくれ。それで少しでも、あんたらの逃げる時間が稼げるってなら、あたしは喜んで戦うさ。」
「でも、、、」
「モクラン、覚えておいで。女はね、強くあらねばならない時がたくさんあるんだよ。男なんかよりもっとね。子供を産むときなんて、そりゃぁ、この世の全てを呪ったっておかしくないくらいのもんよ?」
一瞬苦笑して目線を外に向ける。
そうそう、タクを産んだ時も、あの人、あたしを泣きそうな目でずっと見つめてたっけ。
自分は痛くもなんともないってのにさ。
あの顔を見たとき、ああ、あたしが頑張らなきゃなって、思ったんだった。
そして、産まれたタク。
すぐにぴえぴえなくし、飲んでもすぐに吐いちまうしで、大変だった。
それを見ながら、あの人もオロオロ。
一気に子供が二人増えたような感じがして、本当に頭が痛くなったっけ。
それでも、タクが歩いて、外で遊べるようになって、笑う様になって、、、
でも、あの人がいなくなって、村が焼かれて、見知らぬ馬車に詰め込まれて。
気づいたら馬車が倒れてて、痛い身体を引きずりながらなんとか抜け出したら、宝箱が暗闇の中に何体も見えて、あんときは流石にもうダメかと思ったね。
でもさ、その時、別の馬車からふらふら出てくるタクを見つけて、諦めちゃダメだって。
この子だけはって思ったら、足が前に進んだんだった。
そこからはもう無我夢中。
黒づくめが宝箱に食われている横を走り抜け、タクを抱えたまま真っ暗な森を走って走って走って。
そうして、門が見えたところで、情けなくも倒れちまって。
んで、気が付いたらこの子がいたのよね。
最初は山猫の妖精か何かか、と思っちゃったっけ。
だって、あたしの頭の上からこのおっきな眼であたし顔を見てるんだもの。
それで、はっとして、飛び起きたら、この子ベッドから落っこちちゃって。
大泣きしてるこの子を心配して、タクがのっそり入ってきたのを見て、あたしもタクを抱えて号泣しちゃったんだったな。
そこまで考えて、またモクランに視線を戻す。
「それを経験しちゃったら、ちょっとの傷なんて、大したことないって思えちゃうんだから。それにね、そんな思いをして産まれた、タクやあんた達のためだったら、あたしはどんなにつらくっても大丈夫。だから、大船に乗ったつもりで、あんたらは逃げな。宝箱の一体や二体、すぐに追っ払ってやるんだから!」
そういって、力こぶを作って見せる。
やせ我慢だけどね。
けど、そんなあたしをみて、タクがまたさっきの顔で、話しかけてくる。
逆光で表情はうまく見えないけど、その眼だけは何故だか凄い自信に満ちているようにギラギラと輝いて見えた。
「、、、かぁさん、ち、がうよ。」
最初はか細い声。
けど次第に大きくなって。
「ちがうよ。宝箱はお、おじさんが、何とかしてくれるんだ。だから、ボクはそれまで、モクランを、、、みんなをまもるって、やくそく、したんだ。だ、だから、にげて。いっしょに。」
「あんた、何言って、、、」
「やくそく!」
そういって、タクが見せた親指には痛々しい傷跡があった。
でも、それを見せるタクの顔は凄く誇らしいものののようで、あたしはその気迫に飲まれてしまった。
「だから、来て。」
今度こそ、掴まれて、引き寄せられた。
その力が強いことに驚きながら、されるがままに立ち上がる。
「モ、モクラン、ボクはいるものもってくるから、母さんを、お、お願い。」
「うん。」
あたしたちを置いて家の中に消えるタク。
その背中はもう子供には見えなかった。
それを見て、一人置いていかれた気持ちになりつつ、あたしを支えてくれているモクランに話しかける。
「モクラン、あんたら一体、、、」
「ミクおじが、何とかしてくれるって。だから、みんなでにげるのよ。」
「ミクおじ?」
「そう、ミクおじ。」
「あんたらが言ってた外人の?」
「そう。」
この子たちが何を信じ、何を言っているのか、あたしの頭はさっぱり理解できないでいた。
だから、ただただ反射的に紡いだ言葉は、、、
「宝具士だったのね、その人。」
「え?ちがうよ?多分。」
「え?じゃぁなんとかって、、、」
「だけど、多分、大丈夫。ミクおじ、強いもん。」
「でも、宝具士じゃないんでしょ?」
「そう、よ?」
「なら、、、」
「でも、何とかするっていってたもん。大丈夫、できるよ。」
「なんでそんな、、、」
「ししょーだからね、あたしたちの」
そこまで聞いて、あたしは再度モクランに向き直る。
そして、語調を強めて、言い募る。
この子たちは分かっていない、宝箱の恐ろしさを。
人間の無力さを。
そして、人間の狡猾さを。
そいつはきっと、あたしたちを囮にして逃げるつもりだ。
そう思って、
「モクラン、いーい?宝箱はね、宝具なしじゃ止められないの!その人がいくら強いって言っても、宝具もなしじゃ、、、」
そこまでいったとき、あたしの背中に回していた手をほどいて、不意にモクランは自分の両手を見つめた。
そして、笑顔でこう言った。
「おれにはこの手があるって、おれは鍵士だって。時間を稼ぐだけなら、簡単だって、そう言ってた。だから、だいじょうぶ!」
そんなモクランの笑顔を見て、あたしは怒りでクリアになりかけた思考がまた白く染まっていくのを感じた。
真っ白な頭の中に、一つだけはっきりと浮き上がる男性の笑顔。
そのどこか頼りない笑顔は、、、
サン、ゾウ?
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