第50話 別離

「じゃぁな。」

「ミクおじ本当にいっちゃうの??」


 先ほどまでの元気とは打って変わってモクランが泣きそうな顔を見せる。


「どうしたどうした?顔がぶすになってんぞ?こういう時は笑っていってらっしゃいっつうのが、女の役目なんだぞ?」


 そういって、モクランの頭を乱暴に撫でる。


「ぶすじゃないもん。ただちょっと寂しかっただけで、、、」

「ったく、また直ぐに会えんだから、辛気臭ぇ顔すんなっての。そんなんじゃ、幸運が逃げてっちまうぞ?」

「だってぇ、、、」

「それに俺の心配ばっかしてっけど、おめぇらもこれからやることいっぱいなんだからな?泣いてる暇なんてねぇんだぞ?」

「ないてなんかないもん、、、」


 鍛冶屋の店先でそんな話をしていると、不意に空気が変わった気がした。

 体の芯から冷えるようなそんな怖気に、俺は、


「ほら、甘ったれたことばっかり言ってっから、奴さんまた腹ぁ空かせて動き始めやがったぞ。」

「え?って、わっわっ何っわぶっ」


 とぼやきながらモクランを顔ごと抱き寄せる。

 必然、俺の胸に顔を押しつぶされる形になった。

 息苦しさと羞恥に思考が停止してしまったのか、急に動かなくなったモクラン越しにタクに話しかける。


「いいか?タク、頼んだぞ?」

「、、、わかった。」

「へっ、良い顔だ。」

「~~~~~っもう、くるしいよ!なんなのよぉ、もう!」

「おっ、お嬢もやっと復活か。そんじゃ、作戦通りに頼んだぞ、おめぇら。」


 モクランに力任せに押しのけられるのに合わせるように俺は二人から距離を取る。

 一瞬、店の中にいる親父と目が合うが、こちらには頷きだけを返す。

 そして、俺は笑いながら踵を返し、そのまま広場への道に足を向ける。

 背後から、また泣きそうな気配が漂ってきたが、今度は後は振り返らない。

 

「~~~ミクおじのバカ!今日の晩御飯にはい~っぱいミクおじの嫌いな甘唐辛子いれちゃうんだからね!」

「あはは、そりゃこえぇな。勘弁してくれ。」

「だから、早く、、、早く、帰ってきて、、、」


 最後の消え入りそうな叫びに、俺は肩越しに手を振るだけで答えた。

 こいつらの事は俺が死んでも守る、そう胸に誓いながら。





 ミクおじの背中が広場の奥に隠れて消えた。


「「、、、」」

「いっちゃった」

「、、、そう、だ、ね」


 それきりまだ動き出せずにいる二人。

 流石に、不味いと思い鍛冶屋の親父が声をかけようと一歩前に出る。


「おい、おめぇら、、、」

「モクラン、行こう」

 

 タクが蹲るモクランの手を引き、強引に立ち上がらせる。


「タ、ク?」

「行かないと、そのために、おじ、さん、がんばってくれるん、だよ?」

「で、でもぉ」

「ボ、ボクは、モクランを、守るって、約束、したんだ。でも、モクランが、そんなんじゃ、ボ、ボクの、守りたい、モクランじゃない。」

「タク、どうし、、、」

「おじさんは、ミク、ラさんは、モクランに、すくわれたって、いってた。ボクだって、そう。でも、ボク、ボクらを、助けてくれた、のは、そんな、泣き虫のモクランじゃない!」


 そこまで言い切ると、ぼろぼろと泣き出してしまったタク。

 そんなタクの頭に手をやり、鍛冶屋の親父がモクランに語り掛ける。


「嬢ちゃんや、おめぇの笑顔にはな、色んな奴が救われてんだ。だから、ミクラやこいつはそれを守るために命を張ろうって決めたんだよ。でもな、とうの嬢ちゃんがそうやってずっと泣いてちゃよ、こいつらには頑張ろうっていう、その理由がなくなっちまうんだ。」

「で、でもぉ、どうしたら、、、」

「難しいのはわかる。苦しいのもな。でもな、そんな時だからこそ、いつも通りの明るい笑顔の嬢ちゃんでいてやってくれねぇか?男ってのは単純なんだ、可愛い女の子が自分に向けて笑ってくれてるだけで、いつも以上の力を出せるもんなんだよ。」

「そう、なの?」

「ああ」

「わ、わかった、頑張ってみる。」

「おし、その意気だ。で、嬢ちゃんが決意したんだから、、、おめぇもいつまでもめそめそしてんじゃねぇよ。」


 そういって、鍛冶屋の親父はタクの背中を景気よく叩く、「バシン」そんな小気味よい音と共に


「~~~~たぁぁ」


 タクの絶叫があたりに響き渡る。


「はっはっはっ、良い声出せるじゃねぇか坊主。」

「、、うぅ、ひど、い。」

「おら、腹が決まったら、即行動だ。ぼやぼやしてっと、鉄も冷めちまぁ。」


 その声に怯えながら、店内に消えるタク。

 そんな二人の後姿を見ながら、モクランも走り出す。


「もうっ、よくわかんない。」


 二人を追いかけるモクランの目に、もう涙は浮かんでいなかった。

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