第49話 微笑
タクのうなずきを確認できた俺は、自分の右手親指を口元にもっていき、その表面を食いちぎった。
それを呆気にとられたように見ていたタクだったが、
「、、な、なにを、、」
と悲鳴を上げそうになる。
それを反対の手で制しつつ、俺は静かに語りかける。
「黙ってろ。いいか?」
眼を見開いたまま、コクコクとうなずくタク。
「こいつはな、古の鍵士が使っていた古い誓約だ。今覚えている奴なんざ、そうはいねぇだろう。というか、守られるのに慣れちまった奴らはこんなことするって頭ももうねぇかもしれねぇな。」
そういって自嘲気味に俺は笑って続ける。
「お嬢を託す、それは俺がおめぇを一端の男、そして鍵士の一人と認めた証だ。いいか?」
「、、(コク)」
「鍵士にとって、血ってのはすげぇ大事なもんだ。それは分かるな?」
「、、(コク)」
「この誓約はな、死んでも守る、そう誓える時にしかしちゃいけねぇもんだ。自分の一番大事なもんを相手に見せ、託す。代わりに俺は約束を死んでも守るってな。なぁに、心配すんな、別にな、こいつは魔法なんかじゃねぇよ。ただの約束だからな、破ったって何かがある訳じゃぁねぇ。」
俺はそこで言葉を一旦切って、タクの目を覗き込む。
その揺れる瞳は俺をまっすぐに見つめ返してきやがった。
「けどな、これを平気で破れるような奴を俺は鍵士とは、いや、人間とは認めねぇ。あがいてもがいて、それでもダメだったってんなら、あの世であった時に拳骨一発くらいで許してやれるかもしれねぇが、簡単に諦めやがったら、俺はお前を死んでも許さん。」
タクの瞳はもう揺れることはなかった。
「タク、おめぇにお嬢を守れるか?モクランを命を懸けて守ると誓えるか?」
「できる!」
そう叫ぶと、タクは俺の真似をして親指をかみちぎる。
勢いづきすぎたのか、血はあっというまにぽたぽたと床に垂れ始める。
「ばっか、別におめぇまでやる必要なんてねぇんだよ。まだガキなんだからよ、振りだけでいいんだ、振りだけで。まぁ、でも、おめぇの覚悟は受け取った。」
自分の傷に若干青ざめるタクの頭を撫でつつ、俺はタクに向け、親指を立てて少し傾けた右手を差し出す。
「親指を合わせて、自分の誓約を口にする。そんで、鍵を閉めるように拳を合わせて、閉錠っつえば制約は終わりだ。ちぃといてぇが、我慢しろよ。」
「(コク)」
タクは頷きつつ、俺の親指に親指を合わせる。
それを確認した俺は、
「俺は命を懸けてこの村の宝箱、その災厄からおめぇらを守り通すと誓う。」
「ボ、ボクは、モクランを守る!」
「「閉錠」」
俺は自分の口元が緩むのをどうしても抑えることができないのを自覚した。
ったく、これから死地に赴くってのによ。
そして、傷口からはタクの決意が伝わってきたような、不思議な温かさを感じた。
「っし、これで気合は十分だ。って、おめぇはなぁに不思議そうな顔してんだよ。」
自分に言い聞かせるように、声を出すと傷口を不思議そうに眺めるタクがいた。
「、、、え、えと、なんか、はいって、きた?」
「あー不思議だよな。俺もそれは良く分からん。そんでな、何もねぇってさっきはいったがよ、こいつをすると何故か分かるんだ、おめぇが約束を破ってねぇかってのがな。」
「・・・」
「びっくりした顔してんじゃねぇよ。何となくだよ何となく、でもな、それが外れたことはねぇ。だからな、何があっても諦めんじゃねぇぞ。」
「(コク)」
「よし、良い顔だ。じゃぁ、まずは傷の手当てをしちまおう。」
そう言ってタクの傷口に薬液をかける。
盛大に顔をしかめるタクを見やり、
「ばっか、こんなんで痛がっててどうすんだよ。これからもっと大変なことが起こるかもしれねぇんだからな。」
そういながら治療を終え、タクの頭に手を置いた時、奥の扉が勢いよく開かれた。
「じゅんびできたよっ!って、なにっ!血出てるっ!」
「んでもねぇよ。男と男の約束だ。で、お嬢、親父の準備もできたのか?」
「う、うん、だいじょぶ、みたいだけど」
「よし、なら行くか。」
俺はそう言って立ち上がった。
これから死ぬかもしれねぇのに、俺の心は何故か晴れやかだった。
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気が付けば3月ももう半ば。
いや~何とかかんとか、少し書けるだけの時間と心の余裕が出てきました。
余裕がないと書けない。
物を書くって本当に大変ですね。
頻度を上げていきたいと思いつつ、なかなか理想通りとはいかず、歯がゆい思いですが、もう少々お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
ほむひ
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