第48話 託ス

 鍛冶屋の店先。

 入口ドア横の窓の下。

 その小さな暗がりの中で、俺とタクは向かい合ってしゃがんでいた。

  お嬢は急いで食事をしたせいか、急に水をもらいに奥へ行き、今この空間には二人しかいない。


「それでな、タク、これはおめぇにしか頼めねぇ、重要な仕事だ。いいか?」

「、、、う、うん。」


 いつになくまじめな俺の雰囲気を感じてか、タクもぼさぼさの前髪の隙間から真っすぐ俺のことを見返してくる。

 普段はただ気弱に映るだけのその瞳も、今は全く違った輝きを見せている。

 やっぱこいつはちゃんとした男だ。

 そう思うだけで、また俺の心は何故だか温かくなる。


「そう、畏まるこっちゃねぇよ。んで、おめぇ、お嬢のことは好きか?」

「ふぇぇぇっ!?」


 意表を突かれたのか、さっきまでの男の表情はどこへやら、おかしな音がタクの口から洩れる。


「ばっか、変な声出してんじゃねぇよ。まじめな話だ。で、どうなんだよ?」

「あ、あわわ、す、すきっていうか、その、い、いつも、元気、で、ニコニコしてるけど、ほ、ほっとけないっていうか、、その、、」

「はぁ、ったく、ちいとばっかし聞き方を間違っちまったみてぇだな。悪かった。それはま、そのうちうまくやれや。」

「あ、あぅ、、、」


 俺は苦笑し、頭を掻きつつ、訂正する。

 顔を真っ赤にしてうつむくタクの頭を再度撫で、その動揺した目をゆっくり覗き込みながら語り掛ける。


「まぁ、今の反応を見るにゃ大丈夫だとは思うがな、俺の頼みってのはお嬢のこった。」

「、、、う、うん。」

「何、今更あらためていうこっちゃねぇかも知んねぇがな、おめぇには俺の代わりにお嬢を助けてやってほしいんだわ。」

「、、、え?う、うん?」

「嫌いなやつを助けろっつってもよ、身体は心の通りにしか動かねぇ。特におめぇらみてぇなちびっこの時はなおさらな。だから、まぁ、確認しときたかったって訳なんだが、、、おめぇもいっぱしの男だったって訳だな。くくくく。」

「、、、ぅ、おじさ、ん、嫌い。」

「まぁ、そういうな。でだ、俺はこれから殿として、バケモンの足止めに向かう。そうすっと、おめぇらを守ってやることができなくなっちまう、分かるな?」

「、、、そ、そだね。」

「おめぇらはつえぇ、多分同年代はもとより、只人なら大人でもぶちのめせるくれぇにはつえぇ。」

「、、、そ、そうか、な?」

「ああ、けどな、それは技術がってだけの話だ。対して、心の方はまだまだがきんちょだ。経験も心構えも、自分の騙し方も、なぁんもわかっちゃいねぇ。だから、さっきお嬢も動けなくなっちまった。状況に、悲しみに、心が動きを止めちまったんだ。」

「、、、うん。」

「けど、それは別に悪いこっちゃねぇ。そんなのはこれからいろんな経験をして覚えていくもんだ。けどな、今はそれじゃぁいけねぇ。残念だが、止まったら、、、死ぬ。」

「、、、うん。」

「見た限り、おめぇは何故だかそこんとこが肝が据わってる。普通じゃ考えられねぇくれぇにな。この土壇場にも拘らず、もの凄く冷静に自分のできることを考え、真摯に実行できる奴は大人にだってそうそういねぇ。」


 そこで俺はあえて一拍置き、再度タクの瞳を覗き込む。

 そして、


「何があった?」


 その一言で、タクの瞳は激しく揺り動く。

 それを見ただけで、俺はこいつの地獄を少し知れたような気がした。

 だから、すかさず、


「なんて野暮なことは聞かねぇよ。」


 そう言って頭をなでた。


「人には言いたくねぇことの一つや二つはあるもんだ。いくら気心が知れてたって、踏み込んじゃいけねぇ領域がな。だから、気にすんな、とは言わねぇが、そいつはてめぇの心の内にしまっとけ。」

「、、、」

「ったく、そんなに怯えんじゃねぇよ。じゃぁ、そんなおめぇに一つ面白い話をしてやる。そいつはな、バカだったんだ。宝箱を滅する力を持ちながら、奢らず、ただ人のために尽くしていたつもりになっていた。馬鹿にされたって、いやな仕事を押し付けられたって、仕方がないって、いつか分かり合えるって笑ってな。でもよ、その結果そいつは家も財も何もかもを失った。一番大事にしていた、嫁と子供までもな。そこまでいって、ようやくそいつは気が付いたんだ。人間なんてクソしかいねぇんだってことにな。それからは失ったものを探すため、奪ったやつらに復讐するためだけに生きてきた。でもな、そんなやつでも悪くねぇって思えるものに出会っちまった。これだけは守らねぇといけねぇってもんにな。」

「、、、」

「俺はよぅタク、お嬢に救われたんだ。返すことが難しいようなでっけぇ借りだ。だからそいつを何とかして返そうとしてみちゃぁいたが、どうにも難しくなっちまったみてぇだ。おめぇもよ、お嬢に救われた口だろ?その胸の内にしまった地獄、なんとなくおんなじ匂いがすんだよな。だからよ、」


 そう言って俺はタクの肩を正面からつかむ。

 そして、


「おめぇに託す。」


 タクは一瞬目を見開き、こちらを凝視したが、次の瞬間には大きくうなずいた。

 それをみて、俺は再度繰り返す。


「命を懸けてお嬢を守る、その使命をおめぇに託す。いいな?」

「、、、うん。」

「俺の分まで、命を懸けてお嬢を守る。そう、今ここで誓えるか?」

「うん。」


 そのはっきりとした返答を聞いて、俺の口元は、多分笑ってたんだと思う。

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