第47話 方針

 母屋の裏戸を開けると、そこには不安そうに佇むモクランと、それに心配そうに声をかけつつ、外を伺うタクの姿があった。


「おう、おめぇら待たせたな。」


 急に裏戸が開き、声をかけたせいか、モクランが子兎鼠のようにぴょんとはねた。

 そして恨みがましい目を向けながら、


「んもぅ、おそいわよ、、、って、どぉしたの?それ?なんかかっこいいわね?」


 と俺の服装をほめてくれた。

 そんな、モクランに近づきつつ、頭に手を置き、


「おぅ、ありがとな。鍛冶屋の親父さんのご厚意ってやつだ。見違えたろ?」


 乱暴に頭をなでる。

 

「わ、わ、なに?なに?なんなの?」


 不満を言いつつ、為されるがままになっているモクランの横をすり抜け、入り口傍の窓から外を見ていたタクの後ろまで歩く。


「、、、お、じさん。かっこ、いい、ね。」

「ありがとよ。んで、外はどうだ?」


 タクの頭にも手を置きつつ、俺も窓から外を見る。


「、、、なん、にもない、と思うよ?でも、鳥が、、ちょっと前から、いないような?」


 それを聞いて俺は思わず目を見張ってしまった。

 こいつ、本当によく見えていやがる。


「ああ、その通りだ。野生の生き物ってのはな、俺らよりも勘が鋭いんだ。だから、あぶねぇとこからはすぐ逃げるし、うまいもんのとこには寄ってくる。で、今あぶねぇのは間違いなく、バケモンが来るからだろうな。大体、虫と鳥がいなくなって、半刻、それが奴が動き出す頃合いだな。」

「、、、じゃ、じゃぁ、まだ大丈夫、かな?」

「ばっか、大丈夫じゃねぇよ、おめぇらも逃げねぇとな。」

「、、、あ、そうか。」

「ったく、肝が据わってんだか、ただ抜けてんだかわかんねぇ奴だな。」


 そう呆れつつも、俺はこぼれる笑いを抑えきれないでいた。


「くくく」


 そんな笑い声を聞いて、背後に置いていかれたモクランが腰に手をやりながら、少し怒った声を上げる。


「もう、何よ、急に楽しそうに!逃げるんでしょ?時間がないって言ってたのはミクおじだよ!」

「ああ、その通りだ、ちゃっちゃと準備を済ませろ。んで、その前にまずはこれでも食え。すきっ腹じゃ、力も出ねぇぞ?」


 そう答えたのは俺じゃなく、モクランの後ろから、果物を抱えて現れた鍛冶屋の親父だった。

 そうか、おせぇと思ったら、こんなもんまで準備してやがったんだな。ほんと、見た目のわりに気が利く親父だぜ。

 そんなことを思っていると、


「見た目のわりには余計だ。馬鹿もん。」


 そうすかさず叱責の声が飛ぶ。

 こえーこえーマジで心が読まれちまったみたいなタイミングだ。


「、、、「え?」」


 俺と親父にしかわからないであろうやり取りに、疑問の声を上げる二人は黙殺しつつ、ありがたく、果物を頬張る。

 そして、二人にもそれぞれ親父から受け取った果物を渡して、俺は徐にその場に座り込む。


「んじゃ、おさらいだ。全員食いながらでいいから耳だけ貸せ。」


 喋りながら座るようにジェスチャーすると、チビどは慌てて俺に近づいて来て座った。


「まずはチビども、おめぇらは親父さんと走って南門まで行け。」

「チビどもじゃないわ、モクラ、、、」

「、、、うん、わかった。」

「ぶぅ。」


 モクランの囀りはタクの強い頷きにかき消された。


「んで、その間に声かけられる奴は片っ端から声をかけろ。だが、寄り道はすんな。少しでもうだうだいうやつがいたら、そいつは置いて、とにかく最速最短で門を目指せ。いいな?」

「「う、うん」」

「それから、門についたら、最重要案件の避難警鐘を鳴らすように門番に言え。宝箱が出たんだよっ!って言や、嫌でも鳴らすはずだ。そしたら、おめぇらはそのまま門を通り抜けて、壁沿いにぐるっと回って北の山を目指せ。」

「な、なんで?北の山は危ないから行っちゃだめって父様が、、、」

「それが一番助かる目があるからだ。なぁ、親父」

「あ、ああ、まぁ、そうなるんだろうな。」


 急に話を振られた親父は戸惑いながらも同意する。

 まぁ、薬師の野郎がいればそこら辺んはどうとでもなるんだろう。


「だ、そうだ。」

「んもう、わかんない!」

「だぁもう、めんどくせぇな。これだから女ってやつは、、、北の山にはな、てめぇの父様の古い知り合いがいるんだとよ。そいつに助けてもらえ。」

「え?そうなの?」

「そいつはこの親父とも知り合いらしいから、一緒に行け。多分、途中で薬師の野郎も合流すんだろ。」

「ほんとっ?」

「そこら辺は任せた。ってことでよろしく頼む。いいよな、親父。」

「ああ」

「んじゃ、ちゃっちゃと準備しろ。お嬢はまずそいつを口に押し込むとこからだ。」

「むぅ。」


 ようやく大人しく果実を食み始めるモクラン。

 親父も準備のためか、再度奥に引っ込んだ。

 そして、そんなモクランの横には話に入らず、外を伺いながら黙々と咀嚼しているタクがいた。


「おぅ、タク、なんか分かんねぇことはねぇか?」

「、、、うん。だいじょぶ。」

「そうか?不安があんなら今のうちにぶちまけちまえよ?」

「、、、走るのは、とく、い。大声は、、モクランがやるから、だいじょぶ。かあさんを、たすけて、そとにいく。」

「ああ、その通りだ。」


 そう言って、俺はタクの頭を撫でる。

 こいつは頭がいい、吃のも返答が遅いのも、その分一生懸命考えることに頭をつかっているからだ。

 はじめはそれが分かりにくいが、この土壇場で自分の出来ることを考え、淡々とこなせるのは簡単にできることじゃねぇ。

 この短い間のやりとりで、俺はそれが分かっただけでも、何故だかすごく嬉しくなっちまった。

 だから、俺はタクの頭を撫でつつ、ある願いを託すことにした。


「それでな、タク、これはおめぇにしか頼めねぇ、重要な仕事だ。いいか?それはな、、、」

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