第44話 急変

 噴水の横にしゃがみこみ、二人にも近くによるように合図する。

 そして、俺はおもむろに話始める。


「いいか?おめぇら、これから俺の言うことをよくきけよ?」

「わ、わかったけど、、」

「、、う、ん」


 俺が急に真面目なトーンになったからか、二人の表情も引き締まった、というか、不安8割緊張2割といった感じの表情になった。

 だが、場の空気を読むってのは大事なこった。

 この切替えは悪くねぇ。


「お嬢」

「あ、あい!」


 急に名前を呼ばれて挙動不振になるモクラン。

 思わず笑いそうになるが、ぐっとこらえる。


「これからよ、三人で村長むらおさんとこにあいさつに行く予定だったな?」

「そ、そだよ?」

「それなぁ、なしにするわ。で、おめぇらはこのまま一度家に帰って、旅の荷造をしてすぐ村を出ろ。大事な人はみんな連れてって構わねぇからよ。」

「え?」

「、、、どして?」

「多分な、この村はもう、なくなる。」

「え?な、なんで?」


 そう言って立ち上がりそうになるモクランを手で制しつつ、話を続ける。


「そうだなぁ、おめぇらにゃ前に宝箱バケモンのことを何度か話したな?」

「う、うん、しゅぎょーの時にきいた。」

「そん時、宝箱バケモンどもは色んなやり方で人間を喰おうとするっつったろ?」

「うん。」

「触手を使って襲ってくるのがほとんどだが、中には毒を使ったり、幻を見せたりする特別なのがいるってのも話したな?」

「そ、そだね。」

「長い年月力を蓄え続けると、奴らも強くなり、知恵もつく。そして、そんなやつらの中でとりわけ長く生き、たくさんの人間を喰ったやつらを七大災厄と呼ぶ。知ってるか?」

「し、しらない。」

「それぞれ名前が付けられててな、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰で七。何でも大昔の人間が考えた人間の最も忌むべき罪から持ってきたらしいんだが、まぁ、クソくらえってやつだな。ただ、バケモンはバケモンだ。俺も見たことはねぇが、傲慢は重力、強欲は無限、嫉妬は感情、憤怒は暴発、色欲は簒奪、暴食は大風、怠惰は黒死っつう、それぞれがすっげぇ面倒くせぇ権能をもった奴ららしい。こいつらにはな、昔っから少なくねぇ人間が喰われてるし、国を滅ぼしたってやつもいるくらいだ。」

「「、、、」」

「まぁ、七大災厄、めんどくせぇから七災というが、長く生きた宝箱が持つ権能は、そのどれかになぜか近づいていく。眷属っていうやつもいたな。まあ、そんなのはどうでもいいが、で、そういうのに出くわすと、ちゃんとしたパーティでもやべぇことになる。俺も何回か出会っちまったが、、、まぁ、運よく今こうして生きちゃぁいる。でな、そんな俺の勘が言ってんだわ、やべぇ、逃げろってな。」

「そんな、いきなり、にげろって言われても、、、」


 不安げで、どうしたらいいかわからない顔をしているモクラン。

 急にこんなことをいわれりゃ、そらそうだろ。

 だが、それとは対照的にさっきまでずっと手のひらばかりを見ていたタクがぼそりと呟く。


「、、、わ、わかった。い、いこう、モクラン。」


 そう言って、モクランに手を差し伸べつつ、タクはまっすぐに俺を見つめてきた。

 その眼はいつも通り前髪に隠れてほとんど見えないはずなのに、眩しく輝いているように、俺には見えた。

 俺はそんな目が眩しくて、力一杯タクの頭をなでると。


「わっわっわ」


 と間抜けな声を出しているタクを尻目に、


「わかったらとっとといけ。多分、薬師の野郎はもう粗方準備は整えてるはずだ。」

「な、なんで、、、」

「あいつも俺と同じ考えだからだよ。なんで色々知ってんのかは聞けねぇままだったがな。」

「だったら、ミクおじも、、、」

「ああ、そうしたいのは山々だが、、、」


 俺がそう言いかけた時だった。

 遠くから何かが崩れる音が聞こえた。

 そして、遅れて、悲鳴のような声。


「、、、な、なに、よ」


 モクランの呟くような声を無視して、俺は二人に向かって叫ぶ。


「行け!鍛冶屋のおやじが言ってた動く袋ってのの中身が人間だったんなら、もうそれを喰えるデカさになったってことだ。そして、いや、そうであるなら、俺の、、鍵士の臭いをかぎつけちまったら、やつは本能に従って動き始めるぞ!逃げんのか、向かってんのかはわからね、、、」


 そこまでいったときに、広場に一人の男が転がり込んできた。

 酷く狼狽し、足元もおぼつかないような体で、必死に


「た、たすっ、たすけ、たすけ、、、」


 とつぶやいている。

 そうしながら、来た道を振り向いた男の、いや、村長むらおさの顔が絶望に染まる。

 抜けた腰で必死に後ずさろうとする、その右足に薄緑色の帯が絡みつく。


「ひぃっ」


 その声を最後に、村長むらおさは来た道へと消えていった。

 その帯に引きずられるように。


「み、ミクおじッ、、、」

「いいから行け!」

「で、でも、、、」

「い、いくよ、モクラン、立って!」

 

 へたり込むモクランの手をタクが強引に引き立ち上がらせる。

 俺は立ったはいいが、膝が笑って動けないモクランを抱えると、


「へぇ、タク、やりゃできんじゃねぇかよ。いくぞ。」


 そう言って俺はもと来た道へと走り出すのだった。

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