第40話 交渉
俺は、、、本当にお人好しなんだろうな。
目の前で下げられている薬師の頭を見ながらそう思う。
あんなに騙され、地獄を見たってのに、また情に絆されて地獄に足を踏み入れようとしている。
「おい、てめぇ、そら、流石にずるいってもんじゃねぇか?」
なるたけ、どすを聞かせて言ったつもりだが、こいつには通じねぇだろう。
頭も上げず、声も出さねぇでいるところを見ると、多分、俺に答えを出せと言っているのだろう。
だが、それと同時に俺の中でも答えが出ちまっていることに気付いちまった。
この村は失いたくない。
それでも理性を振り絞って、小さな抵抗を試みる。みみっちぃとは思うが、まぁ、これが俺だ。
「はぁ、もうわぁったよ、頭を上げやがれ。だがな、俺は鍵士だ。正面切って戦う役じゃねぇし、索敵ができる訳でもねぇ。だから、あぶねぇと思ったらすぐに逃げるし、わからねぇもんはわからねぇぞ?それでもかまわねぇんだな?」
「構いません。」
「それと俺の予想だが、
「覚悟しております。」
時間にしてほんの数秒の問答だったろう。
俺にとっては、無限とも思えるほどの長い沈黙。
その間も、薬師は下げた頭を上げることはなかった。
たまりかねて、俺が言葉を発しようとしたその時、
「、、、あ、あの、こんにち、わ」
戸外からタクの声が響いた。
恐る恐るといったように開いた戸の陰から顔だけを覗かす。
その後ろにはモクランの姿もあった。
俺の視線が気まずかったのか、
「、、、あ、あの、モ、モクランがいえのま、まえで、ないてたから、、、」
「ちがっ、モ、モクラン泣いてなんかないもん。」
と言い訳がましく二人が弁解する。
不味いところを見てしまったとでも思ったのだろうか?
確かに薬師が俺に向かって頭を下げ続けている光景はおかしなものだったのだろうと、薬師の方を見ると、そこにはいつものようにニコニコと笑顔を絶やさない薬師の顔が。
「おんま、」
「さて、みんな揃ったところで、早速村の案内を始めましょうか?」
「いいの?ホント?」
「ええ、ミクラも喜んで付き合ってくれるそうです。」
それを聞いて、その場で飛び跳ねるモクラン。
余ほど嬉しかったのだろう。
飛び跳ねた挙句、タクに飛びつく。
「やったぁ!やったね、タク!」
「、、、う、うん。」
「それでは門の傍から始めて、二人のおすすめ場所を巡って、最後は一番奥の村長のお屋敷まで。私はまだ仕事がありますから、着いてはいけませんが、よろしくお願いしますね、二人とも。」
「りょーかいっ!」
「、、、う、わ、りょ、かい!」
早速、村へ行こうと戸外に消える二人。
だが、俺は思わず薬師の襟首をつかんで引き寄せると、小声で声を荒げながら、薬師に問う。
「てめ、わかってんのか?」
「ええ、ですが、これまでうまく潜伏していた者です。力は蓄えられているにしろ、今日この日、この時間に動き始める危険はよほど運が悪くなければないかと。」
「それはそうかもしれんが、、、」
運と言われると、嫌な思いしかないが、それでも確かにそうなのかもしれない。
と、そんな俺の顔色を読んだのか、
「それに、もちろん守って頂けるんですよね?子供たちを。」
と続ける。
「、、、こんの、もう一度言うけどなぁ、俺は戦う力のねぇ、鍵士だっつの。」
「ご冗談でしょ?この二人をここまで育てたその力量をみれば、宝具士の後ろに隠れて、とどめだけさす肥え太った鍵士には見えません。それに、昔、小耳にはさんだことがありますのですが、なんでも、単騎で宝箱を討滅できるA級鍵士がいるとか?その者は無手で、宝箱の攻撃をはじいていたとか。」
伺う様にこちらを見る薬師。
やがて得心したように、視線を逸らすと、
「どうやら噂は本当だったみたいですね。」
と一言。
「てめぇ、一体、、、」
「ただの薬師です。ですが、二人の無手の技を見て、尋常ならざる者の訓練を受けたのだけはわかりました。」
どこか遠くを見つめるようにつぶやく薬師の横顔を見て、これ以上の詮索は無意味だと、俺は悟った。だから、盛大にため息をつきつつ、
「はぁぁ、てめぇが何をどこまで考えてんのか、馬鹿なおれにゃわかりゃしねぇが、引き受けたからにはそれなりの筋は通すつもりだ。今日はまず探り。その後の事はそれからだ。いいな?」
「はい、私も二人にはあまり危険な思いはしてほしくありませんから。」
「っどの口が、、、」
俺が薬師に文句を言おうとしたタイミングで、戸外で待つモクランが、辛抱できずに声を上げる。
「もう、はやく~いっちゃうよ~」
「ったく、気のはぇえお嬢様だな。だが、せんせぇよ、俺から言うこっちゃねぇかもしれんが、最悪の想定だけはしておけよ?正直、相性によっちゃぁ、俺にはどうしようもねぇ。だからよ、逃げる準備だけはしておくこった。」
それだけ、言い置いて俺はモクランの元へ足早に向かう。
だから、薬師の最後の言葉は聞き取れなかった。
「そんなことは百も承知ですよ、国を失ったあの時からずっと。」
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