第35話 子守

 その日の夜。

 いつもなら夕餉を母屋で馳走になった後は、小屋に一人引きこもり、今後についての方策を検討したり、なまった体を戻すことにあてていたのだが、、、

 厄災は唐突に現れた。

 戸外からでも高らかに響く足音。

 そして、ノックもなしに力任せに開かれる扉。

 そこには薄闇を背にして、モクラン、、、ともうひとり、闇に同化するようにタクが佇んでいた。


 お嬢はまだしも、まさかタクが当日からくるなんて思ってもいなかった俺は、暫し唖然としてしまっていたが、そんな俺を尻目に、


 「あのね、お家の前でうろうろしてたらから連れてきてあげたのよ?お約束、だったでしょ?」


 そう言って満面の笑みを浮かべるモクラン。

 騒動の原因が影となり、単なる道案内が堂々と胸を張る不思議な状況に更にポカンとしてしまっていると、モクランが続けて、


 「あ、でもね、ごめんね、ミクおじ。モクラン一度母屋に帰らないといけないの。お片づけとか色々あって、、、でも、すぐに戻ってくるからね?」


 と、言う。そして、慌ただしく背後のタクを小屋内に押し入れると、

 

 「じゃぁね、タク。ミクおじからいっぱいお勉強してね?モクランもすぐに戻ってくるからね!それじゃ、ミクおじ、タクをよろしくね。」


 とあっという間に戸外の闇に消えてしま、、


 「あっ忘れてた!ミクおじ、タクに優しくね!いじめたり、泣かせちゃったりしたら、モクラン、許さないんだからね!」


 闇の中から戻ってきたモクランはそれだけいうと、今度こそ闇の中に消えていった。

 そして、ここから俺の地獄が始まるのだった。


 「ったく、お嬢は何だってこうなんだろうな?おめぇ、、、タクっつったか?おめぇもそう思うよな?」

 「、、、あ、あの、、、」

 「んなことより、まずはおめぇもンなとこに突っ立ってねぇで、適当なところに座りやがれ。気になって仕方がねぇ。っと、座る前にまずぁ扉を閉めろよ?そんくらい言われなくったって分かんだろ?」

 「、、、う、、、ぁ、、、」


 何事か呻きながら、それでも俺の言った通りに動くタク。

 ちゃんと理解してすぐに行動に移れるところを見るに、地頭が悪い訳ではないらしい。

 それでも嫌味の一つくらいは言いたくなるもので、

 

 「ったくよぉ、それにしたって、その日から来るかねぇ?こっちにだって、準備ってもんがあんだぜ?いや、確かに毎晩来いとはいったがよぉ。まさかその日からくるとはな~」


 ついつい子供相手にねちねちと言葉を継いでしまう。

 すると、謝罪(?)のような言葉が聞こえた気がした。

 

 「、、、、、ご、ごめ、、、」


 が、消え入りそうな声を軽く無視して、


 「ってもよぉ、俺ぁおめぇに何を教えりゃいいんだ?あれからよぉっく考えてみたがよ、鍵士のイロハなんて知らねぇぞ?おしっ、そうだ、んじゃぁ、おめぇからの質問形式にすっか?おい、なんかねぇか?」

 「、、ぅ、、」

 「いや、ほら、なんか聞きてぇことは、ねぇのか?」

 「、、、」

 「、、、ねぇのか?」

 「、、、」

 「、、、ねぇ、の、か?」

 「、、、」

 「、、、」

 「、、、」

 「、、、っだぁ、んもう、イライラすんなぁ、なんかねぇのか?っつってんだよ!お前の方からよぅ!つうか、さっきから俺ばっか、喋ってんじゃねぇか!お前に口はねぇのか?口はよ!?」


 そこまでいって、はたと気づく。

 いや気付いた時にはもう遅かったといっても過言ではない。

 そう、俺の目からも前髪越しに透けて見えるタクの両眼に、涙が溜まっていくのが見えた。

 

 「、、、ご、ごめんな、、、さ、、、っひっく、、」

 「だぁーもう泣くな、泣くな。何なんだよこの地獄は?」

 「、、、ひっぐ、、、ひっぐ、、、」

 「あーーもう、泣きてぇのはこっちだっつぅんだよ、もう」

 「、、、ひっぐ、、、ひっぐ、、、」


 俺は心の中で、祈った、お嬢、お願いだから早く戻ってきてくれと。

 と、そんな現実逃避を続けていたって、物事は何も進展しない。

 そんなことはわかり切っちゃぁいる。

 だから、昔、ナタクを寝かしつけてやった時のことを思い出しながら、俺は話をすることにした。

 頭をかきかき、近寄ると、腰を落として、坊主と同じ目汚染になるようにして話しかける。


 「なぁ、おい、坊主。いや、タクよ。おめぇも、男ならみっともなく泣いてんじゃねぇよ。この世の中はな、終わってる。終わってる世の中で生きるにゃ、泣いていたってなんも始まらねぇんだぞ?」


 努めて、本当に努めて優しく話しかけると、やがてタクが顔を上げる。


 「、、、終わって、る、の?」

 「そう、この世の中はな、終わってんだ。昔は人間様が世界の中心だった時代もあったそうだが、そんな昔のこたぁ俺は知らん。今は、なんとか隠れ潜み、数少ない村々で融通しあって細々と生ちゃぁいるがそれだけだ。」

 「、、、な、んで、、?」

 「さぁな、でもな、原因だけははっきりしてんだ。そう、それもこれもぜぇんぶ、あの宝箱っていうバケモンの所為だってことがな。」

 「、、、た、から、、ばこ?」

 「そう、だからな、おめぇはそのクソみてぇな終わった世界で、それでも大事もんを守るにゃどうしたらいいか考えなくちゃいけねぇ。泣いている暇なんかこれっぽっちもねぇんだぞ?」

 「、、、で、でも、、、」

 「でも、じゃねぇ、それにそんなことばっかり言ってると、俺、、、いや、誰かさんみてぇに、大事なもんをぜぇんぶなくした後にただただ泣くしかできなくなっちまうぞ?」

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