第34話 願意

 タクという少年は、見た目通り無口で気弱な奴だった。

 話しかけても返事が遅く、何を考えているかわからない。

 正直イライラして仕方がない奴だった。

 だが、その反面、何故だか放っておけないというか、親近感を持ってしまうというか、そういう不思議な雰囲気のあるチビだった。


 「ほら、タク、この人がね、ミクおじ!この前門の外で行き倒れていたのを父様ととさまが拾って、帰ってきたのよ。」

 「いや、あのな、お嬢、その言い方は完全に捨てられた猫虎びょうこ拾ってきた時の言い草なんだよ。俺はペットじゃねぇんだが。」

 「ふふふ、ミクおじったら面白い!いくらモクランでも、ペットだなんて思ってないわ!それにミクおじ全然可愛くないし。」

 「んな、、」

 「、、、あ、あの、モ、モクラン、そ、それはちょっと失礼、だと、ボクは思う、、、」

 「ええっ?タクったら、こういうのが趣味なの?」

 「こういうのって、お前、、、」

 「、、、ち、ちがう、、けど、、」

 「そ、そうよね?ふふふ、なら、よかった。でもタクは間違えても、拾ってきちゃだめよ?」

 「っおい、お嬢。」

 「だって、ミクおじったらすぐに父様ととさまと喧嘩しちゃうし、お薬やだって泣くし。」

 「泣いてねぇよ。」

 「お顔も怖いしね。」

 「それは関係ねぇだろ。」

 「あるわよ!ペットは可愛いが命なのよ!」

 「だから誰がペットだ!」

 「え?何の話?わからないわ?」

 「は?」

 「だって、ミクおじはペットじゃないわよ?お客様。父様ととさまがちゃぁんとおもてなしするようにって言っていたもの。」

 「あ、ああ、そうかよ。」

 「、、、え、えと、み、みんな、なかよし、だね?」


 そんなギャーギャー騒いでいるところに、丁度よく薬師の先生がお出でになった。

 その顔を見るに、このヤロウどこかで見てやがったな、と言いたくなるような何とも言えない微笑ましいものを見る顔だったが、あえて突っ込みは入れなかった。


 「ふむ、どうやら、ずいぶんと打ち解けたようですね。タクは少々内向的なきらいがあるものですから、ミクラの顔に抵抗を感じるかと内心冷や冷やしていたのですが、、、」

 「てめぇまで人を悪人面呼ばわりするたぁいい度胸だ。」

 「いえいえ、そんなそんな。して、ミクラ?この度、タクをあなたに引き合わせたのには少しお願いがあってのこと。まぁ、お願いですので、お断り頂いても構わないと言えばそうなのですが、、、」

 「そうかい、それならお断りさせて頂くかね?俺ぁ、ガキの世話がでぇきれ、、、」

 「そうですよね、命を救わせて頂き、衣食住のご面倒を見てさしあげ、あまつさえそんな嫌いな子供に身の回りの世話を任せているのですから、それはこちらに落ち度ばかりと言われるのも致し方ないことなのは重々承知しております。それは恩義のひとかけらも感じることなくお断りになられるのも致し方ないもの、ねぇ、ミクラ様。」

 「んぐ、、、てめ、しかもその気色わりぃ呼び方、、、」

 「ですが、そこをまげて何とかお力沿いをいただけないかと、頭を下げに参った次第なのです。」


 大仰な身振り手振りで、さも悲しいと言わんばかりの演技をした後、深々と頭を下げる薬師。

 チビどもの見上げる視線もなぜかとげとげしく感じる。


 んのヤロウ、良い性格していやがる。


 「、、、てめぇ、いつか本当に刺されるぞ?」

 「はて?何のことでしょうか?」


 そんな大人同士の腹の探り合いを他所に、薬師の言を聞いたモクランの目に涙が溜まっていることに気が付く。


 「、、ミクおじ、もしかしてモクランのお世話、いや、だったの?」

 

 その涙はどんどんと溜まっていき、それが決壊する寸前で、


 「ああっ!わぁったわぁった。俺の負けだ。願いでも何でも聞いてやるよ!先生はともかく、お嬢にはホンっっっトに世話になってっからな!お嬢の友達の事なら、俺ぁ喜んで何でも聞いちゃうなぁ、うん。」


 俺は白旗を挙げるのだった。

 俺のこと更に明るい声を聞いて、驚いた顔をした後、にぱっという言葉が正にその通りと言わんばかりの顔で


 「ありがと!ミクおじ」


 と言われた日にゃ、もうすべてがどうでもよくなっちまうのだった。


 「んで、願いってのはなんだよ?」

 「はい、それなのですが、このタク、実はあなたと同じ鍵士を継ぐ者らしく、まだ譲渡はされてないようですが、今後の身の振り方についてご教授願えればと思いまして。」

 「なにっ?こいつが?」

 「ええ、この子の母親にも確認は取れておりますし、宝具にも触ることは出来ません。」

 「なら、その父親に、、、」

 

 そう言いかけたところで、タクと目が合う。

 その眼は絶望を知ったものの、酷く濁った眼をしていた。


 「んでもねぇよ。なら、これから毎晩、俺んとこに顔だしな。仕事が全部終わった後でいいからよ。」


 俺はそう言葉をかけるしかなかったのだった。

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