第33話 矜持

 あれから三日が過ぎた。


 あのクッソ不味い薬湯は断固拒否しつつも、なんとか自力で歩けるくらいまでには回復してきた。

 拒否すんのはマジで大変だったが、最後はお嬢の一言で薬師の野郎が膝から崩れ落ちていやがったが、あれは傑作だった。

 ホント、マジで溜飲の下がる思いだったわ。

 まぁ、最後はちょっと哀れに思えて助け舟を出しちまったがな。

 まったく、干渉に浸るなんて俺らしくもねぇ。


 それはこんな話だった。


 「んな、まっずいもん、飲めるか!」

 「いやいや、そうは言いましても、飲めば万病に効く、私の自慢の一品なんです。それに慣れればおいしく感じてきますって。さぁ、ぐいっと。」

 「おいしく感じる訳ねぇだろ!やめろ、そんなもん近づけんな!」

 「え?本当に?も、もしかして、それ本気でおっしゃってます?良薬は口に苦しとも言いますし、多少の事は健康のために目をつぶるべきだと思いますよ?」

 「本気も本気だ。ってか、にげぇにも限度があるわ!多少だなんて、そんな生易しいもんでもねぇわ。こんなん人間の口にするもんじゃねぇわ!」

 「っんなっ!わ、わたしが調合した渾身の薬湯になんという、、、」

 「飲めねぇもんは飲めねぇ。そんなに言うんだったら、てめぇが飲んでみやがれ!」

 「そ、そこまで拒否をされるということは、私としたことが、何か調合を間違えたのでしょうか?仕方がありません、では試しに(コクコクコク)、、、」

 「ほら見やがれ、気絶するほどまず、、、」

 「、、、お、おかしい、この独特の苦みと口内に残るえも言われる青臭さと泥臭さのハーモニー、そして鼻腔を突き抜ける強烈な清涼感に加え、喉奥から戻りくるマグマのような後味。どれをとっても寸分の間違いもなく調合できているはず。い、一体これの何が問題だというのですか?」

 「(パクパク)」


 その時、最早、何も言い返すことが出来ず、俺は薬師を指さすことしかできなかった。

 そんな俺の横にちょこちょこと寄ってきたモクランが、耳打ちする。

 「あ、あのね、ミクおじ。父様ととさまね、他の事はすっごいんだけど、お薬の味だけは、その、、、ね?あ、でもでも、父様ととさまは本気で美味しくできていると思っているみたいだから、あまりいじめないで上げてね?いーい?」

 「(ふぐっ)。。。」


 それが聞こえたのであろう、薬師は無言で膝から崩れ落ちた。


 「お嬢、知ってるか?それがとどめを刺すっていうんだ。」

 「ええ?な、なんで?だ、大丈夫よ、父様ととさま!お薬は美味しくなくっても、父様ととさまはかっこいいもの!」

 「(あぐっ)」

 「そ、それに凄い物知りだって、村のみんなが褒めてたわ!お薬もよく効くって!これで特別に調合してくれたお薬の味さえまともなら、いうことないのにって!」

 「(おぐっ)」

 「お嬢、もうやめておいてやれ。流石に先生が可哀そうになってきた。」

 「な、どうしてよ!ちゃんと父様ととさまのことほめてあげたのに!美味しくないのは特製のお薬だけだって!」

 「(ピクピク)」

 「あのな、お嬢。男ってのは自分の自身を持っているやつをほめられんのが一番うれしいんだわ。それ以外の奴はどーでもよくなるくらいにな。で、反対に自信を持ってるやつをけなされると、、、怒るか、ああなる。そいつは覚えておいてやんな。」


 倒れ込み、膝を抱えてピクピク動く薬師を横目に、呆れつつも俺はお嬢の頭を撫でるのだった。

 

 「んもう、わかなんない!」

 「だろうな。」


 手袋越しでもモクランの頭は暖かく、なされるがままにされる姿は庇護欲を誘う。

 ふと、ナタクの頭を撫でた時のことを思い出し、あいつはもっと無表情でただただ見上げてきてたっけなぁ、などと瞬間、感傷に浸っちまった。俺らしくもねぇ。


 ・


 ・・


 ・・・


 それから更に数日。

 随分と回復してきた俺はベッドに身を起こし、身体の動きを確認しているところだった。

 握力を確かめ、愛刀(の)鞘を握る。

 それだけで、戦場の感覚を取り戻せるような気がした。


 と、そんなタイミングで小屋の扉が勢いよく開かれた。

 逆光の戸外の先にはモクラン。


 ったく、このお転婆が。

 親の顔が見て見てぇよ。

 まぁ、ほぼ毎日見ているが。  


 と、もう一人。

 ぼやける視界にうまくは映らねぇが、知らねぇ小僧がそこに、、、

 一瞬、その姿がナタクと被って、心臓が飛び跳ねる。


 馬鹿な、こんなところにあいつがいる訳がない。

 そもそもここは多分あいつらのアジトじゃねぇ。

 そうじゃなきゃ、俺を生かしておくはずがねぇ。

 俺はそれだけのことを、奴らの目に留まれと言わんばかりに派手にやってきたのだ。


 とそこまで逡巡したが、光に慣れてよくよく見れば、そこにいたのは白髪で目元まで覆われた陰気な小僧。

 目がくりくりして、いつもこっちを見上げてきていたナタクとは似ても似つかねぇガキがだった。

 ほっと胸を撫でおろすと共に、やり場のない怒りと焦燥感に突き動かされ、ついつい俺はぶっきらぼうに


 「んだよ、うるせぇな」。

 

 と言ってしまう。

 我ながら、大人げないとこっぱずかしくなる。

 が、それを気にした風もなく、モクランは


 「ミクおじ!今日はミクおじに紹介したい子がいて連れてきたのよ!この子はね、タクっていうの!モクランのお友達よ!」


 そう胸を張って言うと、ずかずかと療養小屋に入ってくるのだった。

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