第31話 少女(モクラン)

 「あははははは、はぁぁ。」


 ひとしきり笑った俺は何とか人心地付くことができた。

 

 「あー笑った。ほんとなんなんだよ、お前らは。」

 

 そう毒づく俺に対し、若干、いやかなり引き気味の猫目の少女が心配そうに近づいてきて、

 

 「あ、あの、大丈夫?急に笑い始めたけど、どこかぶつけた?それともやっぱりどこかまだ具合悪い?」

 

 そう尋ねてくる。

 その表情に俺はなんだか完全に毒気を抜かれてしまい、


 「ああん?お陰様で、近年まれにみる絶好調だよ。」


 と、そんな俺の反応を見て、猫目の少女は驚いたように更に目を大きく開ける。

 そんな少女を尻目に俺はさりげなく、目元をぬぐいつつ、言葉を続ける。


 「いや、もうホントひっさしぶりにこんなに笑わせてもらったわ。なんかもうホント色々どうでもよくなるくらい笑ったわ。ありがとよ。」


 それを聞いた猫目の少女は一瞬ポカンとした顔をしたあと、急に眉を怒らせたかと思うと、


 「な、な、な、もうっ!何よ!せっかく心配してあげたのに!もう!父様ととさま、この人、ホントに失礼よ!」


 と俺を指さしながら、戸外にいる父親らしき人の方を振り向いて怒り出した。

 その様がまたあまりにも暖かすぎて、


 「くはは、もうやめてくれ、俺を笑い死させる気かよ。」


 と、自然綻ぶ自分の顔を律しつつも、今度は少し余裕をもって揶揄いを入れた。


 「あーーん、もう、また、、、」

 「まぁまぁ」


 と、少女が更に言いつのろうとしたところで、戸外の人物が少女をやんわりと押しのけて入ってきた。

 銀の長髪の麗人。

 それはまさしく門外で俺の意識が途切れる直前に出会った人物であった。

 たしか、、


 「あんたは、、薬師の、、先生だったか?」

 「おや、覚えていていただけましたか?」


 俺は先ほどまでの暖かな気持ちを無理やり押し込つつ、相手に気取られないように警戒を最大限まで引き上げる。

 いつでもこの二人を弾き飛ばして、戸外に逃げられるよう全身の状態を確認していると、、、


 「そんなに警戒して頂かなくても大丈夫ですよ。」


 こちらの内を透かしたように、薬師が声をかけてくる。


 「ちっ、生憎と、はいそうですかと、あんたを信用するほどぬるい世界で生きてきたわけじゃぁないんでな。」


 そう言いつつ、拳には力を籠める。

 ただし拳とは反対に、体の力は抜いたまま、すぐにでも虚をつけるよう身構える。

 そんな俺に気が付いているのかいないのか、薬師は笑顔を絶やさず、


 「そうおっしゃられても、私はあなたの命の恩人だと思うのですが?」

 「ああ、その節は感謝しているよ。だが、それとこれとは話が別だ。なんの目的で俺を助けた?」

 「目的なんてありませんよ。ただ、あなたの事を不憫に思っただけ、というのは理由になりませんかね?、、、旅の鍵士様?」


 その言葉を聞いた瞬間俺は布団をはねのけ、薬師に拳を叩き込みつつ、戸外への逃走を試み、、、


 「だめ~~~~!」


 ようとしてベッドから落下した。

 

 「っつぅ」

 「もう、どぉして、父様ととさまもおじさんも喧嘩しそうになっているのよ!違うでしょ!」


 かなりお冠の猫目の少女が小屋の入り口からこちらを見ていた。

 両手を腰にやり、ずいと突き出されたその顔は憤怒のためか赤みを帯びている。

 そして、薬師に詰め寄るとその小さな体を精一杯に伸ばして、


 「父様ととさま!」

 「ん、と、はい?」

 「父様ととさまはいつも喧嘩は何も生まないってモクランにいってるよね?」

 「はい」

 「ならどぉしておじさんをいじめたの?」

 「あ、いや、いじめては、、、」

 「嘘!あんな言い方したら、誰だって怖くなっちゃうでしょ!」

 「う、そ、そうかも、ね?」


 と、薬師に絡んだかと思うと、急にこちらに向き直り、


 「そして、おじさん!」

 「な、なんだよ。」

 「おじさんもそんなに怖がらないの!」

 「いや、俺は、、、」

 「巣穴を見つけられた鼠栗鼠ねずみりすみたい!そんなんじゃ、お友達出来ないわ!」


 と、怒り心頭の表情で説教してくる。

 

 なんなんだ?この、ベッド下でうずくまる、非常にみっともない姿で少女に説教される状況は?

 助けを求めるように、薬師を見上げると、困ったような顔でこちらを見ていた薬師と目が合う。と、


 「仕方ありません、モクランの言う通りですね。」

 

 ため息をつきそうな表情をしながら、こちらに向き直り


 「私はシュレイと申します。この村で一介の薬師をやらせて頂いている者です。縁あって、門外で行き倒れていたあなたを助けることになりましたが、そこに本当に他意はありません。ただ、治療の最中に気が付いた鍵士という技能を、少しでもこの村の益に繋げられればと思い、少し鎌をかけたことはお詫び申し上げます。」


 そう言って深々と頭を下げた。

 それを見た俺は、 


 「ちっ、俺はミクラだ。ご推察の通り、しがねぇ鍵士だ。パーティとは故あって、別行動をしているが、それなりに腕はたつ方だと自負しちゃぁいる。できることがそんなにあるとは思えねぇが、一宿一飯の恩くらいは返してやってもいいと思っちゃいる。」


 そうぶっきらぼうに答える。

 と、そこへ被せるように大きな声で、


 「えっとね、モクランはモクランよ!ミクおじ、よろしくね!」


 そういって、モクランは満面の笑みで俺に手を差し伸べてくるのだった。

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