第30話 少女

 「、、、こ、ここは?」


 何やらひどく長い夢を見ていた気がする。

 ぼうとする頭で状況を整理しようとするが靄がかかったように、何も思い出せない。

 眼に入るのは木組みの天井。

 身体は重く、言うことを聞かない。

 ぼんやりと右の手を伸ばしてみる。

 

 俺は何をしていたんだったか?


 ああ、奴らを、そう奴らを追いかけて、追いかけて、でも追いつかなくて。

 あれから何年たったんだろうか?


 ここんとこ、ろくな情報もなく、大分捨て鉢になってると自覚はしていた。

 けど、どうしようもなかった。

  

 得意でもねぇ酒を昼間から飲むようになり、それでも情報収集だけはなんとかやろうと、酒場に入り浸る日々。

 そんな時、聞いた数年前の宝箱の事件。

 国境で大型のが暴れてたって話だった。

 相当数のハンターが出て、ようやく撃退したとか。

 更にそれに輪をかける様にされた酔っ払いからの幽霊話。

 全然信用ならねぇ感じだったが、その事件のすぐ近くに奴隷輸送用の檻を搭載した馬車が数台残骸として放置されているとか。

 檻も何もかももぬけの殻だが、夜な夜なその周りを黒い奴隷と思しき人の影だけが徘徊しているのだそう。

 ぞっとしねぇ話だ。

 その上、その近くに人を寄せ付けねぇ隠れ里があるってんで、、、


 「っはぅっあ???」


 急に明瞭になった思考にせかされるようにして、状態を起こそうとした俺だったが、不意に腕から力が抜け、ベッドの縁に後頭部を強打することになった。

 

 『ガン』

 「っっつぅ」

 (いってぇぇ、そうだ、それで一気につながった気がして、その隠れ里に奴らのアジトを探しに来たんだった。なのに、近くっつぅはなしだったのに全然遠いし、腐ってたせいで資金もねぇわで、ボロボロの状態で着いたそこは、、、隠れ里?ってぇくれぇ、もう隠れてもいねぇ、完全な要塞都市で。もう疲れて、訳わかんなくなって、倒れてみりゃぁ、えらい美人が水をくれて、そんで、、、って、どうなったんだ?ここはどこだ?俺はどのくらい寝ていた?な、んで、体に力が入らねぇんだ?)

 

 痛む後頭部を抑えつつ、必死で思考を回す。

 が、答えなぞあろうはずもない。

 (くっっそ、何とか状況を、、、)

 そんなことを考えていると、不意にこの部屋の扉が勢い良く開かれる。

 俺はあらん限りの力で、自分の上にある掛布を引っ張り上げると、最大限の警戒心で、その方向を見やる。


 逆光でよくは見えないが、そこにはどうやら少女が立っているらしかった。

 動いているこちらを警戒してか、あちらも動く気配はない。

 で、あれば一か八かこちらから、、、


 「あーーーーー起きてるわ!父様ーーーーーーー」


 その小さな身から発されたとは思えない大声に、俺は次の行動を起こすことができなかった。

 それに対して、そのちびっこは、大声を上げながら走り去ってしまった。


 「、、、、い、いったい何だってんだ。」


 完全に拍子抜けした俺が我を取り戻す、その刹那以上の時間。

 ちびっこは足音も荒々しくあっという間に戻ってくるようだった。

 遠くから、知らない男の声とともに、

 

 「こ、こら、モクラン、引っ張るんじゃないよ」

 「だって、父様、おじさん、起きてたわ。大きな音したから急いで見に行ったら、お山みたいになってこっちを見てたわ!」

 「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。よくわからないが、まずは診てみないといけないからね。モクランは少し小屋の外で、、、」

 「いやよ!モクランがお世話をしてたんだから、モクランがお話しするんだから!」


 姦しく話す少女の声が近づいてくる。

 俺はできうる限りの臨戦態勢のまま、その二人が戸口に現れるのを待つことしかできなかった。

 そして程なくして、


 「まずはモクランからだからね、いーい?」

 

 先ほどの少女が姿を現す。

 戻ってきた方向に向き直り、腰に手を当て誰かを威嚇しているような素振りが、こちらからはよく見えた。

 と、それに気が付いたのか、こちらをみてはっとした表情を作るや、


 「あっっっ、っと、あの、お、おはようございます。」

 

 と急にしおらしく挨拶をしてくる。

 いかな俺でも、流石に挨拶を返せるほど状況がつかめておらず、無言のままいると、陰になっている方から男の声が沈黙を破る。

 

 「ほら、だから私がまずはお話しすると、、、」

 「父様ととさまは黙ってて!もう、そういう余計なことばかり言うから、なんかおかしな感じになっちゃったじゃない!父様ととさまのバカ。」

 「いや、バカって。そんな言葉誰から、、、」

 「っく、っく、はは、」

 

 完全にこちら、そっちのけで進む会話。


 「あははは、くふ、あはははは。」 


 そこにもう俺からは失われてしまった懐かしい情景を見た気がして、気が付けば俺は声を出して笑っているのだった。

 笑いすぎて、視界はぼんやりとにじんでいる。

 それでも俺の笑い声は止まらない。

 

 もう、笑っているのか泣いているのかわからない。


 そんな俺を、その猫目の少女はぽかんとしたままただ見つめ続けるのだった。

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