第29話 赤面

 「(コク)っくぅ、、はぁ、はぁ、、」

 

 水筒を空にするほど飲んで、人心地着いたらしいのを見計らいシュレイは男に声をかけた。


 「どうやら、大分喉が渇いていたご様子。私の水筒もほぼ飲みつくされてしまったようですが、少しはお話しできる余裕ができたでしょうか?」

 「、、あ、ああ」


 少しばつが悪そうに、顔を背ける男の返答を聞き、シュレイはにこりと微笑むと、


 「では、まず、お名前をうかがってもよろしいですか?」


 と問うた。

 それに対して、男は

 

 「…サン、、、、ミ、クラ、だ。」

 「ミクラ様、とおっしゃるのですね。」

 「あ、ああ。」

 「では、ミクラ様、大変不躾では御座いますが、まずはその外套の下を改めさせていただいても?」

 「な、なんの、ため、、、」

 「先ほども申しましたが、私、薬師を生業としております。こうして、ここに参ったのは、あなた様が村へ害をなすか否かを診るためでございます。」

 「い、いや、俺は、別に、、、」

 「それを判断するのはあなた様では御座いません。さぁ、、、」


 そういうと、シュレイは膝上のミクラの襟元に手を伸ばそうとする。

 それに対して、ミクラは


 「ちょっ、てめ、やめ、、、」

 「まぁまぁ、これも仕事ですから、、、」


 笑顔を崩さず迫るシュレイ。

 身体をよじりその手から逃れようとするミクラ。

 抵抗されたがために、さらに力を加えるため、腰を浮かすシュレイ。

 その圧からさらに逃れようと、力の入らない腕を何とか持ち上げるミクラ。

 そのせめぎあいの結果、、


 膝から滑り落ちたミクラの頭が


 「(ゴン)」


 と鈍い音を立てて、地面に落下する。

 それに気づいたシュレイが、


 「あ」


 と声を出した時にはすでに遅く、ミクラの意識は闇の中に消えていくのだった。


 ・


 ・・


 ・・・


 「あ(やってしまった)」


 そう思った時には、ミクラと名乗った男は意識を失ってしまった後だった。

 患者に力押しをした結果、怪我をさせてしまったとあれば、薬師に有るまじき行為ではあるが、

 

 「まぁ、でも、結果よし、ということにしておきましょうか。」


 そう自分を慰めるようにつぶやくと、外套を脱がせにかかるシュレイ。


 外套の下もまた簡素なぼろをまとっただけの、よほど旅人とは思えないほどの軽装の男。

 だが、その下の身体は痩せてはいるものの、かなり鍛え抜かれたと思しき均整のとれた筋肉質な体であった。


 「ふむ、病斑はなし、おかしなしこりや、腹水等の兆候もない。さっきお話しした感じ、咳も病によるものではなく、喉の渇きによるもののようでしたし、おおむね問題なしと判断しても、、、」


 そう言いながら、見下ろした先、右手に漆黒の棒を握っているのを見て、シュレイははっとなる。

 もしやと思い、その棒をあたらめようと伸ばした手の先、ずれた手袋の中を見て、得心する。


 「ああ、なるほど、素性は大方分かりました。が、そうすると、何故お一人か?この棒は宝具に見えるが何故携帯できているのか?など色々と疑問が出てきますね。ですが、まずは、、、」


 そう独り言ちて、村の方を振り替えると、細身から発されたとは思えないほどの大音声で、


 「すみませーーん、だれか、お手伝い願いまーーす。」

 

 そう叫ぶや、てきぱきとミクラの身だしなみを整えにかかるのだった。


 ・


 ・・


 ・・・


 数分の後、声を聞きつけた、見張り役と村の若人数人が担架と軽い武装姿で駆け付けた時には、その旅の男の身だしなみはきちんと整えられ、仰向けに寝かされた上、腹の上で組んだ両の手の中には黒い棒が握らされた状態であったという。

 駆け付けた見張りが第一声、


 「先生、、、この人はもう?」

 

 そう問いたくなるほど、奇麗に整えられた状態であった。

 それに対し、


 「・・・はい、もう手遅れでした。」

 「では、村奥の焼き、、、」

 「私の離れへお願いします。」

 「え?」

 「いろいろと彼で行いたいことがありますので、」

 「せんせぇ、い、いったい何を、、、」

 「食べるんですよ。」

 「は?」


 ここまで話した見張りはふと、旅人からシュレイへと視線を動かす。

 そこには満面の笑みを、いや悪戯が成功した悪ガキのするような笑顔のシュレイが立っていた。

 ぽかーんとする一同をしり目に、シュレイが


 「全く、皆さん何を勘違いしているか知りませんが、この人の病名は空腹による行き倒れです。そして、これはあまりにも皆さんが遅かったので、少し気合を入れてきれいにして差し上げただけのこと。食べるというのは彼と一緒に夕餉を食べるということですよ?もちろん。」


 呆れたように解説する。

 その勢いのまま、


 「ですので、村長には私から当面預かる旨の話をして参ります。どうぞ丁重に運んであげてくださいね。」


 そういい捨てて、その場を去ろうとする。

 その顔には満面の笑みが張り付いていた。

 

 (まぁ、急に受け入れろというのも難しい話ですからね。ここは私が一肌脱いで、場を和ませるしかないでしょう。というか、今回の彼については、完全な不審人物。私でも、彼の特殊性に気が付かなければ、州兵に引き渡すべきと考えるほどです。ですが、私の見立て通りなら、彼には価値がある。扱いづらい方が多い印象ですが、恩は売っておいた方がよい方向にはなるでしょう。ですが、自分で言うのもなんですが、なかなか良い演技だったのではないでしょうか?)

 そんなことを考えつつ、足取りも軽やかに村に帰ろうとするその耳朶に、風の加減か誰かの呟きが届いた。 


 「先生、、、冗談が渋滞しすぎてて、全く笑えねぇです。」


 






















 行き倒れへの対処で皆忙しく、気が付くものはなかったが、足早に村へと去るシュレイの鋭利な耳は先端まで真っ赤に染まっていたのだった。

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