第28話 接触
<ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ・・・>
重厚な音を立てて、門が左右に開いていくのを先生、ことシュレイは黙ってみていた。
「さてと、面倒ごとではないとよいのですが・・・」
先ほどは軽い感じのやり取りを演じてはいたものの、シュレイは自分の立場を正しく理解していた。
この村唯一の薬師の視点から生産や防衛に対する意見、果ては対外交渉等にまでその経験からくる知識を求められている現状、自分が失われた場合の村の運営機能に与える影響は計り知れない。
最悪、立ち行かなくなる可能性だってある。
そのため、極力危険からは距離を置くように心がけてはいたが、こと今回に限ってはそうも言っていられない。
「疫病がかかわっている可能性があるとすると、流石に薬師が出ないわけにも参りませんものね。願わくば、ただの行き倒れでありますよう、、、」
誰にともなく、祈り、独り言ちる。
そのタイミングを見計らったように、門は人一人分の通行できる空間を開けて停止する。
「ふふ、この数年で見張りの質も格段に上がりましたね。」
彼らに聞こえぬように賞賛の声を上げつつ、門外へと一歩足を踏み出した。
閉門するよう身振りで伝えながら、自分がこの村に流れ着いた(?)時のことを思い出す。
シュレイもまた、
いや正確には、昔この土地に住んでいたことがあることはあるのだが、それを覚えている者もおらず、
そんなシュレイが久方ぶりに故郷を訪れた際の感想は「酷い」の一言だった。
妻にせめて安住の地をと思って、たどり着いたこの地だったが、着いた当初は粗末な柵に囲われた陋屋が数件ある程度の酷い有様だった。
それでもと、自分の培った知識を惜しみなく与え、どうにか今の、辺境ではあるが強固な塀で覆われた堅強な村を作り上げたのだった。
今の村長の父と始め、十数年の時が経った。
今では自分のかけがえないものとなった村の、小さな進歩を目の当たりにして、
「さて、行きますか。」
と気合を入れる。
門外は心地いい風が吹き、気候も穏やかであった。
とても、行き倒れが出そうにない麗らかな日。
が、目の前には黒衣のぼろをまとった行き倒れがいる。
そのギャップに苦笑しつつも、シュレイはまずは声をかけるところから始めた。
「もし、旅のお方?聞こえておりますか?」
「・・・」
返事はない。
口元と鼻を覆い隠すように布を巻きつつ、さらに声をかける。
「もし、如何なされました?」
「・・・」
相も変わらず返事がない。
仕方がないので、軽く体をゆすりつつ、声をかける。
「もし、大丈夫ですか?もしもお亡くなりになられているようであれば、この場で荼毘に付させていただきたいと思いますがよろしいですか?」
「よろしく、ねぇよ、馬、鹿野郎」
「おや、意識があったのですね?」
「て、めぇが、うる、せぇから、死に、そこなっちまったとこだ。」
「それは失礼を。私はこの村で薬師を営んでおります、シュレイと申すものです。失礼ですが、お体の具合を診させていただいても?」
「よ、けいな、こと、すんじゃ、ねぇ。」
「とは言われましても、流行り病の気があっては村にお招きすることもできません。」
「や、まい、だと?」
「はい、こんな辺鄙なところに人が来ることはまずありません。加えて、失礼ですが、その、、大変憔悴されているご様子。いずれかの街を病で追われ、逃げてこられたのではないかと、、、」
「はっ、、、ゴホ、ゴホ、ゴホ」
そこまで聞くと、その
「やはり、、、」そう心中で呟きながら、距離を取ろうとするシュレイ。
それに対し、
「ゴホ、ゴホゴホ、み、、、みず、、、」
咳をなんとかこらえながら、
「蚯蚓、、、ですか、あいにく、その持ち合わせがありませんので、母屋に行けば乾いたものであればあると思いますが、、、」
そう思案気に言うシュレイに対し、
「ば、、ゴホゴホ、ちげ、、ごほ、みずを、ごほごほ、飲ま、せて、、、」
そこまで聞いたシュレイは「ああ」と手を打ち、腰に付けた水筒に手をやる。
「こちら、ですか?」
「、、ああ、ごほごほ、それ、、でい、ごほごほ」
「わかりました。ですが、代わりに体を調べさせていただきますがよろしいですね。」
未だせき込み続ける男の小さな頷きを見て取って、シュレイはためらいもなく、男の頭を自らの膝に乗せると、水筒の口を男の口にあてがう。
男は一瞬驚いた顔をしたものの、なされるがまま、ゆっくりと水筒の中身を口に含む。
「まずはゆっくり。落ち着いて飲んでください。」
「(コク)、、ごほごほ、(コク)、、、」
こうして、シュレイは、むせつつも、確実に水を飲み続ける男の様を暫しの間、眺めるのだった。
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