第27話 開門

 「あっ、おいっ!」


 相当久方ぶりの外人そとびとの来訪。

 張り切って口上を述べようとしたものの、その途中で大声で叫んだかと思いきや、倒れてしまった。

 最後の方はもうなんと言っていたかは聞き取れないほどだったが、何やら悲観した声音を含んでいたようで、見張りの二人はより慌ててしまう。

 当然、見張りとしては落第点のその所作であるが、如何せん長閑な村の人のいい見張りである。


 うつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かないその外人そとびとに、焦りを募らせ再度声をかける。

 

 「お、おい、あんた、大丈夫か?」

 「そ、そんなところで寝ると、体に悪いぞぉ?」


 なんといってよいやらわからず、とりあえず身を案じる言葉をかけてみるが、やはりピクリとも動かない。


 「お、おい、あれ、不味いんじゃないか?」

 「お、俺だってそう思うが、ど、どうする?助けに行くか?いや、流石にそれは、、、」

 「け、けど、あのまま死んじまうってことも、、」

 「え、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ!っても、本当にどうす、、、」


 門上にある見張り小屋の中で、こそこそと話ながら外人そとびとを伺っている二人の背後、村内に続く梯子の蓋が唐突に開けられた。


 「「うわぁぁっ!」」


 思わず、悲鳴を上げる二人。

 蓋を開けた人物は驚いたように目を見開いた後、苦笑するように見張りに対して誰何した。


 「一体どうしたというんです?」

 「先生ぇ、もう驚かさないで下さいよぉ。」


 見張りの一人が情けない声を出すのを、やはり苦笑しながら聞きながら、 再度誰何する。


 「驚いたのはこちらですよ。それでどうしたのです?外人そとびとの鐘の音を聞いて、慌てて伺ったのですが。」

 「あ、ああ、それなんですがね、怪しい奴が近づいてきて、、、で、倒れちまったんですよ、ほら。」


 そういって、見張りは狭い見張り小屋の中、器用によけて、その先生という人物に窓のそばを譲る。

 門外を見るや、その先生なる人物は、


 「んーこれは不味いかもしれませんね。」


 そう独りごちる。


 「でしょ?あんなところで死なれちゃぁ、寝ざめってもんが、、、」

 

 その言葉を聞いて同意を示す見張りの言葉を中途で遮り、


 「いえ、そういう話ではありません。もしかしたら、流行り病か何かをもっているのかも。見たところ旅人のようではありますが、風貌がよくありません。病に侵され、心身が摩耗すると、他の事が疎かになってしまい、結果こういう風貌になる方もいらっしゃいます。」


 その言葉を聞いて顔を青くする見張り。

 その二人に軽く微笑みを返しつつ、


 「ですから、遠巻きに眺めていたのは良策であったと思いますよ?」


 とウィンクをする。

 場を和ませる効果は十分あったと見え、見張り二人は顔を赤くして、狼狽する。


 「か、からかわねぇでくだせぇ、先生」

 「あはは、すみません。階下で聞こえてしまったもので。ですが、流石にあのままあそこに、という訳にもいきませんね。行商人や猟師の方々の妨げになってしまいます。」


 顎に手をやり小首を傾げるその所作は、同性からしても見ほれるほどの美しさを伴っていた。

 というのも、この先生なる人物、銀の長髪を腰まで垂らし、女性と見まごうほどの整った顔立ちをしている。

 灰色の切れ長の目はどこか怜悧な印象を与えるが、前述の通り、丁寧で温かさを持った話し方をし、時に冗談を交える話術は老若男女この村の人間全てから慕われる源になっているといっても過言ではない。

 見ほれて次の句が継げない見張りをよそに、


 「という訳で、私が見分に降りたいと思いますが宜しいですか?」


 と聞きながら、先生と呼ばれたその人物はそそくさと見張り小屋から降りていこうとする。


 「い、いや、ちょっとまってくだせぇ。流石に先生お一人を生かせるわけにはいきませんよ。せめて、村長むらおさたちの到着を待ってからでも、、、」

 「それで手遅れになってしまっては元も子もありませんよ。それに病を持っているのであれば、接触するのは最低限の方がいい。それでは私の合図で開門をお願いしますね。」


 そうして今度こそ、蓋の向こうに消えてしまう。

 

 「お、おい、どうするよ?」

 「どうするったって、、、」

 

 困惑して動けない二人を他所に、階下から声がかかる。


 「準備できました~お願いしま~す」


 見張りの二人の間に数瞬の沈黙が流れる。

 が、年嵩の見張りの方が頭をかいたかと思うと、諦めたかのように、


 「ああ、もう俺は知らんからな。」


 そういって、門の開閉のためのレバーに手をかける。

 その光景を見て、もうひとりの見張りはため息をつくほか、何もできないままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る