第25話 【第二部】鐘音
「おじちゃーん、いつものパンと干し肉頂戴!」
「・・・ぼ、ぼくにも」
ここは劉王国と奉王国の境界にほど近いとある山間の小さな村である。
人口100人に満たない小さな村だが、狩猟と採集で生計を立て、年に一度ほどの頻度で訪れる行商人との交易を楽しみに日々を過ごす、そんな平和な村である。
当然、人の争いにも、宝箱の脅威にもさらされたことはほぼない。
そんな平和な日々が今日も続いていた。
「おう、おめーら、ちゃんと金は持ってきてるんだろうな?」
「大丈夫だよー、ほら、父様の分と合わせて小銀貨2枚」
「・・・ぼ、ぼくは1枚しかない・・・」
「はぁ、おい、タク、毎回言ってるが、それじゃ、一人分しか買えねぇんだぞ?お前んち、母ちゃんと二人暮らしだろうが!」
「・・い、いいんだ。今日はこれしかないって、母さん言ってたから。」
「ったく、おめぇは男なんだから、自分で稼いでみろよ。八っつにもなって、母ちゃん母ちゃん言ってて恥ずかしくないのかよ。そんなんだから、いつまでたってもお前のかあちゃんよくなんねぇんだぞ?俺がお前くらいの時は日銭で小銀貨1枚くらいは稼いで…」
白い髪と黒い瞳、色白で年相応の背丈にも拘らず、痩せぎすで猫背の男児がタク。
赤茶色の髪と琥珀色の瞳、タクよりどんぐり一つ分小さいが勝気な少女をモクランといった。
共にこの村に住む子供で、モクランはこの村唯一の薬師の娘である。
「おじちゃん!なんでそういうこと言うのさ!ダメよ!タクだって、タクのお母さんだって頑張ってるんだから!人買いに攫われて、宝箱に襲われて、それでも頑張ってこの村まで逃げてきたんだよ。それにタクのお母さんが具合悪いのだって、この村を守るために宝箱と戦ってくれたからでしょ!忘れちゃったの?」
澄ましていればどこぞの令嬢と言われても通りそうなほど整った顔のモクランであるが、大きな猫目を一杯に見開き、上目遣いに総菜屋の主人に食って掛かっている様は山猫を彷彿とさせた。
その勢いは強面の総菜屋の主人を怯ませるには十分で、
「ま、まぁ、そりゃぁ、俺だってタクの母ちゃんには感謝してるがよぉ。」
と、たじろぐ姿はどこか滑稽であった。
そも、タク親子は元々この土地の者ではない。
三年前に流れ着いた余所者だ。
気のいい村の者たちはもう忘れてしまっているものも多いが、劉王国で人買いに攫われ、王都に連れていかれる途中、逃げてきたようなのだ。
その人買い集団も、宝箱に襲われたようで、今は追跡の手もここまでは及んでいない。
村にたどり着いた時は二人ともボロボロの様相だった。
遠目からも酷い怪我をしているのが見て取れたが、タクの母親が持つ一槍の槍だけがほの碧く、存在感を誇っていた。
それを宝具と認め、村に引き入れたのが、このモクランの父であった。
その後、タクの母は村で唯一の宝具士として、献身的に働き、その所為もあってか、驚くほどの早さでタク母子は村に溶け込んでいた。
だが、生来のものか、気弱で多少どもるように話すタクは村の男連中から、発破をかけられることが多かった。
もちろん、悪意からではない。
「でもよぉ、どぉも、このタクのなよっとしたのを見てるとつい、言っちまいたくなるというかなんというか…」
「ダメー!それがダメだって言っているのよ!どうしてわからないの、おじちゃん!タクだって頑張ってるんだよ!人にはできることとできないことがあるんだよ!できないことを馬鹿にしちゃダメなの!できることを精一杯やってるかどうかを見てあげて!」
もともと、閉鎖的な村の割に非常に気のいい村人たちである。
それに輪をかけ、一年前に村が宝箱の襲撃にあった際にタクの母親が、文字通り身を削って宝箱を撃退してからは、この母子に尊敬の念すら湧いていた。
湧いてはいたのだが、生来の口の悪さからか、どうもタクへのあたりはきつい様で、よくモクランに窘められてはへこんでいる、そんな男連中を見るのはこの村ではもう日常となっていた。
「わぁった、わぁった、わぁってるって。もう店の前でぎゃんぎゃん騒がんでくれ!モクラン先生のおっしゃる通りでございます。流石は薬師先生のところの子だよ。タクもほら、干し肉の欠片とパンの少し焦げた奴、売りもんにゃならねぇが、おまけしとくから母ちゃんによろしく言っておいてくれや」
「もう!でも、わかってくれたならいいよ!許してあげる!」
「へぇへぇ、モクラン先生には敵いませんよ。」
「よかったね、タク!」
「…ぁ、ありがと。お、おじさんもありがと。」
山猫から一転、満面の笑みで礼を言うモクランと、伏し目がちに言うタク。
だが、この村の者は皆知っている。
これでもタクは話そうと努力していることを。
流れ着いた時は一切の感情表現もできず、母親の陰に隠れていただけの子だ。
ここまで人と会話できるようになったこと、それ自体が奇跡のようなものであることを。
当然、その立役者の一人がモクランであるということも。
だから、総菜屋の店主は、そんな二人を眩しいものでも見るように目をすぼめて見ながら、
「あいよ、ほんじゃまいどあ…」
『カンカンカンカン』
不意に鐘の音が聞こえた。
「四回だと?よそもんの合図か?珍しい。しかも鐘が鳴るってことは普通じゃねぇってことか?」
別れの挨拶にと上げた手をあご先に持っていき、思案顔になった主人だったが、店先で固まったように動かない二人に気づき、
「あータクにモクラン、おめぇらはまず家にけぇれ。どうやら、知らねぇ奴が村に来たみてえだ。よっぽど大丈夫だとは思うが、家から出るんじゃねぇぞ?わかったらほら、いけ。」
「う、うん」
「…わ、わかった」
「「またね、おじさん」」
そういって、走り去る二人の背中を見ながら惣菜店の主人は一人ごちる。
「面倒なことにならなきゃいいんだが。」
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第二部、、、になってしまいました。
あれ?短編の予定が、、、
えっと、書きたかったお話はもう少し続くんです。
なので、良ければもう少し付き合ってもらえたら嬉しいなぁ、なんて。
見つけてくれて、読んでくれてありがとう。
少し重い話が続いていましたが、ここから少し日常パートです。
楽しんでいただけると幸いです。
~ほむひ~
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