第20話 邂逅

 雨


 雨


 雨


 いつまでそうしていただろうか?

 

 身体は凍え切り、もう何も感じない。

 

 ただただ、降りしきる雨が気持ち悪く、かといって雫を拭う気力も残ってはいなかった。


 だが、暫くすると、何も出来ない頭に代わって、身体が勝手に(?)動き始めた。

 ただ幽鬼のように廃墟となった村を歩く俺。

 それを他人事のように意識しながらも、俺は頭の中という牢獄に閉じ込められたように、何もできないでいた。


 歩く、歩く、歩く。


 目的地もなく、ただただ、歩き回る俺の身体。

 見えるのは焼け焦げ、廃墟と化した村の姿ばかり。


 いつも酒を融通してくれたヤンさんの家は崩れ、紫煙が燻っていた。

 水汲みによく使っていた井戸は、淵がかけ、釣瓶は落ちてただの穴と化している。

 畑仕事を教えてくれたシイ爺さんの家は燃えてはいなかったが、崩れ、そのつぶれた木材の下には黒い水たまりが広がっていた。

 どこを見ても、誰も、何も残っていない。

 大声で、


 「誰かいないか~」


 と叫びたかったが、身体は歩き回るだけで、呼吸の音と、時折ただ


 「あ~、あ゛~」


 ともれる、声ともいえない音を発するだけ。

 そして俺はそれをただ見ているだけだった。


 そうこうして、どれくらい歩き回っただろうか?

 見知ったところはすべて回った。

 あとは、村の一番奥、他より少しだけ立派な村長の家のみとなったようだった。


 近づくと、やはり、柵は壊され、大勢の足跡が。

 だが、家屋は頑健な作りだったせいか、未だその形を保っていた。

 

 壊れた玄関口から中に入る俺。

 室内は物が壊され、火をつけようとした跡がちらほら残る酷いありさまだった。

 だが、何度か訪れた際に自慢された貴重品の数々(壁掛物や敷布、貴金属類など)は見当たらない。

 それらをただ漠然と見ながら、ふと二階家へ続く梯子があるのが目に入る。

 前に招かれたとき、こんなものがあったか?とぼぉっと考えていると、身体はそこを上っていく。

 一段、また一段と登っていく。

 途中梯子が折れたりした部分もあったが、何とか上までのぼりきる。

 

 と、立っては歩けないほどの低い居室の奥、そこに帰ってきて初めて見る人影があった。

 横たわるその人影に四つ這いに近い中腰で近づく俺。

 薄暗い部屋で入り口付近では気が付かなかったが、どうやら老人らしい。

 いや、近づくにつれ、分かるその見知ったシルエットは、村長の物だった。


 触れられるほどまでに近づいた俺だったが、そこで床がねばついていることに気が付く。

 暗くてよくわからないが、黒いしみが、村長の周りに広がっている。

 そして、村長の腹には何かが、生えて、、

 と、そこまで見て、不意に村長が口を開いた。

 

 「 だ、れだ?」


 その声を聞いて、俺の意識は急速に体の支配権を取り戻していった。

 靄が晴れる様に視界は広がっていったが、とっさに声はでなかった。

 だから、


 「 ぅ、あ、ぅ、むらお、、、」


 そこまで言えたかどうかの時、村長が薄く目を見開き、こちらを見た。

 と、同時にその目が大きく見開かれる。


 「さ、んぞ、いきて、いたの、か、、、」


 そう言いつつ、半身を起こして俺の身体に縋りつく村長。

 身体に力は入っていないようで、身体は小刻みに震えているが、なぜか服を握る力だけは異様に強い。

 俺が何も言えないでいると、俺を引き寄せた村長が、たどたどしく話し始める。


 「す、すまな、い。ほ、本当に、すまない。」


 俺は何を言われているのか全く分からなかった。だが、村長はそんな俺を力の限り引き寄せながら、

 

 「わ、わしが、愚かだったのだ。キンを、あい、つらを、、、すまない。むかし、から知っていると、おもってい、た。だ、から、そんなひどいことには、ならないだろ、うと。すこしだけ、欲、に目がくらんでしまったのだ、す、まない、本当に。」

 

 俺には何のことだかさっぱりわからなかった。

 村長は何を言っている?

 そんな疑問が、俺の口をついて出る。


 「な、なに、を、、、」


 だが、そんなことはお構いなしに、村長の話は続く。

 ただ、俺のことを見ているのかいないのか、目の焦点はあっていないように思う。

 

 「人、買いに、村のものを、おそわれた、ふぅ、を装って、そう、キンに言われた。村の、ために、金が、必要だったのだ。人減らしと、金。特に、おぬしら、かぞく、だけでも、高く、売れると。それを、わしは、ことわり、切れなかった。孫を、ひとじ、ちにとられてもいた。だが、こんな、こんなことになるなんて、すまない、ほんとうに、、、」


 最後の方は俺をつかむ力も失せ、ただ天井を見上げながら、うわごとのように話すだけだった。

 そんな村長の襟首をつかみ、俺は


 「っっなっんだって?おい、なんだそりゃ?お前は何を言ってやがんだ?」

 

 そう叫んでいた。

 

 頭の中が真っ白だ。

 なのに世界は赤く染まったように色を失っている。

 そんななかで、力なくうなだれる村長を俺は力の限り揺すぶっていた。

 そして、脈絡のない疑問と、罵詈雑言をない交ぜにしたような自分でも全く訳の分からないことを、村長に向けて叫んだ。

 叫び続けた。


 いつまでそうしていただろうか?

 

 俺は我に返った。

 

 村長は俺に襟首をつかまれたまま、動かなくなっていた。

 目には涙をたたえ、おびえたような表情のまま、ただのものに成り下がっていた。

 思わず、手を放すと村長は重力に従って、下へ。

 ドサッという音ともに先ほどの床の上に転がった。


 その姿を見て、不意に手をやった俺の頬は、雨とは違う何かによって濡れていた。

 

 どうやら俺も泣いていたらしい。

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 何を読んでいるのかって?

 

 そんな面白れぇもんじゃねぇよ。

 こいつはな、俺の仇の一人が、罪の意識に堪えかねて書いた懺悔帖だ。

 

 あん?よくわからない?


 わかんなくていいんだよ!


 おめぇにゃ、まだこういうのは早すぎる。


 というか、こういうのにはかかわらねぇ一生を過ごした方がいいにきまってんだ。

 だから、ま、気にすんな。

 ただ、俺が死んだときゃ、こいつはおめぇの好きにしていいからよ。



 そういって、男は目の前の白髪の子供の頭をなでるのだった。

 

~とある男の独白より~

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