第9話 眺望
俺たちは森の中をひた走っていた。
キンから見せられた地図によれば、山を一つ越えた先にお目当ての宝箱はいるらしい。
山歩きは慣れたもので、庭の様にしている山だが、それでも山一つ越えるとなると、それなりに疲労はたまってくる。
もうすぐ山の裏側が見える位置までくる。
ここまでかなりのペースで来ているのだから、ここらで休憩を入れようかと、先に行くギンに声をかける。
「おい、ここらで少し休け…」
言い終わるか終わらないかの内に、静かな山中では聞きなれない音が聞こえてくる。
「、、、ど、、、ど、、、ど、、、がんっ、、ミシッ、、、メキッ、ベキベキベキ、ザザン」
それは遠く微かに、だが確実に聞こえる異音。
発生源からはまだ大分離れているようだが、それでもゆっくりと、しかし着実にこちらに向かって近づいてくるように聞こえる。
「…おい、まさか」
「気づいたか?そうだよ、こいつがこれからてめぇが相手するやつだ。」
そういいながら、進むギン。
すると、不意にギンが横にそれた。
そして、開けた視界のその先には一面の緑とそこを真一文字に横切る青い大河。
どうやら、いつの間にか稜線を跨ぐところまで登ってきていたらしい。
あまりここまで登ってくることはないものの、それでも見慣れた風景がそこにはあった。。はずだった。
視界の端、目が届くギリギリのところで土が煙った。
と数瞬遅れて、また
「メキッ、、、、ベキベキベキ、、、」
の音。
よく見ると隣の山の裾野の際から、一直線にこちらに向かって伸びる一筋の茶色い筋、いや道がある。
言葉を失う俺に、横合いからギンが補足を入れてくる。
「動きは鈍重だが、パワーは並どころじゃねぇ。触手は5本までは確認できているが、そっから先はわからねぇ。5本のうち一本は細く、その上長く伸びるが、力はない。だが、黒死の呪いをばらまきやがる。未だに執念深く追ってきてるってことは、呪いにアニキの盾みてぇな、追尾の効果でもあんのかもしれねぇな。」
「…ってことはお前ら、隣村の依頼、ミスりやがったな?」
「…」
「何とか言いやがれ!」
そう怒鳴りつつ、ギンの胸倉をつかむ。
半ばつるし上げるようにすると、視線をそらしながら、ギンが言う。
「…はじめはよぅ、村の近くで商隊が襲われてるってんででばってったんだがよ、俺らがついたら、そいつらはさっさとトンズラこきやがってな。で、手ぇ出してみたら、馬鹿力のバケモンだったってわけだ。最初は4本の触手を振り回すだけだったんだが、キンとギュウで残り一本まで削って、いざ開錠ってタイミングで、5本目を出してきやがった。ギュウは胴体を呪われて、ぶん殴られて、どっかにすっとんでっちまったし、キンもあの様だ。他のが鈍重だっただけに、5本目は嫌に素早く、対処が追い付かなかったってわけだ。」
「ちっ」
それを聞いて何も言えないでいる俺に、ギンは畳みかけるように
「まぁ、わりぃとは思うが、てめぇも受けちまったんだ。それにどのみち、キンを追って、あいつはこの村までやってくる。なんとかしなきゃいけねぇのは確かなんだ。」
という。
が、流石に俺もブチ切れてしまい
「っざけんな!俺は、脅されてここまで来てんだぞ?しかも、ふたぁ開けてみりゃ結局てめぇらのしりぬぐいだと?ざけんじゃねぇ!」
思わずギンを殴りそうになるが、振り上げたこぶしを見て、へにゃりと笑ってギンが言う。
「…別に、殴りたきゃそうすりゃいい。それじゃぁ、解決はしねぇがな。やるならやれよ、そんでその後、気持ちよく、あそこの高台まであいつを連れてきやが…っがっっぅぅぅ」
両手を広げそう嘯く、ギンの顔面に思い切り拳を叩き込む。
怒りに任せて、更に、二度、三度と殴ったところで、一際大きな「ずずん」という音で我に返る。
顔面をゆがませ、口の端から血を垂らすギンを、その場に放り投げ、音の方を見やる。
着実に近づいてきている音に、我に返り、
「てめぇら、これが終わったらマジで覚えていやがれよ?」
そう吐き捨てて、俺はその場を音の方向に向けて駆け下りていくのだった。
背後でギンが、
「…終わったら、、、な」
そう、血をぬぐいもせずに呟いていたことすら気が付かずに。
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七大災厄ってのは、昔この地にあった王国を滅ぼしたとされる7つの宝箱につけられた忌み名だ。
それぞれの権能にちなみ、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰と呼ばれる。
傲慢は、自分を中心とした一定範囲の重力を変え、首を垂れる人間を見下ろすように捕食するという。
強欲は、その無限に伸びる触手により、狙った獲物は必ずくらうという。
嫉妬は、周囲に力場を作り、力場の中にいる者の負の感情を増長し、やがては廃人にしてしまうという。
憤怒は、休眠と暴発を繰り返し、暴発の際には届きうるすべてを破壊するという。
色欲は、その触手に触れた者の理性を奪い、自らの先兵とするという。
暴食は、周り全てを吸い込む風を作り出すという。
怠惰は、薄く伸ばした触手に触れた者に黒死の呪いをかけ、動けなくなったところを喰らいに来るという。
宝箱どもはよ、長く生き、多くの人を喰っただけ、強く、より醜悪になりやがるのよ。
~とある男の独白より~
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