第5話 囁き
「話はそれだけか?」
俺はいら立ちを抑えながら、努めて冷静に振舞いつつそういって、小屋の戸口に歩を進めようとした。
と、そんな俺をキンが引き留める。
「おいおい、どこへ行こうってんだ?」
どこか芝居じみたその所作に流石の俺も頭に血が上ってしまい、
「どこって、一度家に帰って準備してくんだよ。宝箱に単騎で挑むんだから、それ相応の準備ってもんがいるだろうが?んなことも察せねぇほど、呪いに侵されちまってんのか?あ゛あ゛?」
と、声を荒げてしまう。
すると反対にキンは面白いものでも見るような表情をした後、薄ら笑いを浮かべながらこう言った。
「おいおい、そんなかっかしてんじゃぁねぇよ。そんなんじゃ、うまくいくもんもうまくいかなくなっちまうぜぇ?」
「んだと…」
叫びそうになる俺を諭すようにキンは続ける。
「それによぅ、よぉく考えてみろ?戻ってお前、スゥにこのこと隠し通して戻ってくることでできんのか?」
「んで、隠さなきゃ…」
もういら立ちを隠すのをやめた俺だったが、その先を言わせまいとするように、再度キンが言う。
「お前は馬鹿か?スゥにばれりゃ、どうなると思う?あいつはお前のパーティとして、必ず来るというぞ?宝具も使えず、幼子もいる状態でだ。それをお前止められんのか?守るべき人…なんじゃなかったのかよ?ああん?」
「んなっ」
一瞬冷静になった俺は二の句が継げなくなってしまう。
それを見やってか、キンは更に
「それになぁ、おめぇにゃ伝え忘れてたがよ、あんまし時間がねぇんだわ。宝箱はよ、まだこっちを見つけてはいねぇようだが、徐々に徐々にこっちに近づいてきてんだわ。下手すりゃあと、二時間もしねぇで村は射程圏内に入ってもおかしくないんだぜ?」
と絶望的な情報をここぞとばかりに出してくる。
「おまっ」
「そうなりゃここは地獄だぜぇ。そうならないためにも、今帰るべきじゃぁねぇよって、俺は善意で助言してやってんだよ。」
そう言いつつ、キンは立ち上がる。動かない足をかばう様に、無事な足と自身の宝具たる大楯を使って。
そして、俺の肩に右手を置きながら、最後の一押しとばかりに、
「な、分かるだろ?英雄様?」
と耳元で囁いたのだった。
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さっきも言ったがよ、鍵士は宝箱を開けられる唯一無二の者だ。
だが、その反面、出来ないことも多い。
その最たるものが、宝具だ。
鍵士はな、どんなに望んだって、宝具に選ばれることはない。
それは鍵士の力が、宝箱の力を拒絶してしまうからだとも、その血が宝箱と同じ魔性を宿しているからとも言われているんだが、実際のところはよくわからん。
だが、事実使えることはない。
まぁ、お前もなってみれば分かると思うが、触ろうとしたって弾かれちまう。
本能的にわかっちまうのさ、こいつとは相いれねぇんだってことが。
そしてな、鍵士は生まれた時から鍵士だが、その力が使えるようになるにゃ時間がかかる。
お?そらそうだって顔だな。
でも、お前の思ってるような練習、とかそういうんじゃねぇんだ。
不思議なもんで、使えるようになっちまえば、使い方ってのは考えなくてもわかっちまうもんさ。
だから、そうじゃぁねぇ。
鍵士の力はな、血に宿るんだ。しかも一子相伝。
それがどういうことかっていうとな。
兄弟のうち一人にしか受け継がれず、先代が死ぬまで力が使えねぇってことなんだわ。
使えるようになりゃ、ほら、俺の右手の様にどちらかの手に、鍵の刺青が浮かび上がる。
生まれた時から、明確に宝具には拒絶されるのに、その理由たる力が使えるようになるにゃ、親が死ななきゃならん。
な?ままならんもんだろ?
けどまぁ、それだけのリスクをしょっても希少性と能力のお陰で、でけぇ顔ができるのが鍵士なんだけどな。
~とある男の独白より~
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