第4話 外堀

 戸口から小屋の中を見た俺は一瞬息をのんだ。


 もともと大柄なうえ、人相が悪く、態度も横柄なため、威圧感に満ち溢れていたキンであるのだが、この時見たキンは、なんというか、こう、極端に影が薄くなった感じがしたからだ。


 だから、思わず


 「…キン、、、か?」


 と問うてしまった。

 するとキンは鼻白んだ様子で、


 「っはっ、これが俺様でなくって誰だってんだ?」


 と、いつもの調子の様に噛みついてくる。


 「あ、ああ、そうだよな。なんかこう、いつもより覇気がねぇっつうかなんつうか、そんな感じがしたもんだからな、わりぃ。」


 「…けっ、相変わらず、妙なところだけは感がいい野郎だな。」


 「は?どういうことだよ?」


 「んだ?ギンから聞いてねぇのかよ。おい、ギン!」


 すると、戸口の外に立っていたギンが申し訳なさを微塵も感じさせないようなへらへらした態度で、弁明する。


 「ああ、わりぃわりぃ、急いでたもんでなぁ。でもよ、俺なんかから話すより、兄貴が直接見せたほうがわかりいいかと思ってよ。」


 それを聞いたキンは軽く舌打ちをしつつ、


 「…ちっ、クソの役にも立たねぇ野郎だな。おら、サンゾウ、いつまでも、そんな戸口の傍にいやがったら、話の一つもできやしねぇ。まずはこっち着て座れや。」


 「あ、ああ。」


 俺は若干警戒しながら、小屋へと足を踏み入れる。

 逆光と薄暗さの所為で、先ほどまでは気が付かなかったが、どうやらキンの目の前には簡素な椅子、、というか踏み台のような物が一脚置いてあるようだ。

 どうやらこれに座れ、ということらしい。


 仕方がないので、言われたとおりにその椅子に腰かける。


 座ると、丁度しゃがんだ状態で目線が合うような高さとなっている。

 だが、距離が近い。

 その所為なのか、急にキンが大きくなったように感じて、怖気が走る。

 そして、近くで見たその顔は、目だけはらんらんと輝いているのに、肌は白く、頬はこけ、まるで何かにとりつかれている人間のように見えて、それが一層怖気を呼び起こしていた。

 そして、それを察したのか、キンがおもむろに自分の右足の脚甲を外しだす。

 何も言えないまま、ただその光景を見ていると、外した脚甲、その下から見えた足首のどす黒さに息をのんだ。

 いや、足首だけではない、脛の半ばほどまでが黒く染まっている。


 「お、お前、まさか、これ。」


 「ああ、お察しの通り、こりゃ、黒死の呪いだ。ギンからどこまで聞いたかは知らんが、今回のやつも大したことはなかった。なかったんだが、ギンが息を止める寸前に、奴は最後とばかりに腕を伸ばしてきやがった。正直、俺様もあそこから動けるなんざ思いもしなかったし、気を抜いてたっつったらそうなんだろうな。完全にドジ踏んじまった。ギンとギュウ、二人を守るにゃ、俺様の手が足りなかった。そんで、この様だ。ギュウは見捨てたから、動けやしねぇ。」


 「んな、馬鹿な。だけど、黒死の呪いってのは七大災厄の一箱の権能だろ?そんな雑魚が使える訳が、、、」


 「知るかよ、んなこと。現にこの様だ。お陰で、足首から先にゃ、力も入らねぇ。まぁ、本家と違って浸食はねぇようだから、当面は安心かもしれねぇがな。」


 自嘲気味に笑うキンを前に俺にはかけるべき言葉が分からなかった。

 だが、打開策があるとすれば、


 「な、なら、まず解呪の宝具士か何かを探さねぇと、、、」

 「ああ、そうしたいのは山々だがなぁ、タイミングの悪ぃことに、もう一匹今度はこっちに近づいてきてやがるのがいるのを感知しちまったんだわ。だ・か・ら、お前を呼んだっつぅわけだ。」


 俺の提案なんざ、最初から当てにもしていなかったように、きっぱり切り捨て、語尾も荒げに半歩俺に近づきつつそう言った。


 「っじ、事情は分かった。だがな、俺は鍵士だ、ブランクもある。唯一無傷っぽいギンだってそうだろ?お前も知ってると思うが、俺ら鍵士は宝具士がいねぇと、奴らにゃ近づくことすらできやしねぇ。流石に俺とギンだけでどうこうしようったって、どうなるもんでもねぇぞ?」


 近づかれたことで増したキンの威圧感に若干たじろぎながら俺が言うと、


 「あん?何ひよっていやがる?俺の記憶が間違いじゃなければ、誰かさんは単騎で七大災厄級を開錠して、A級に認定されたんじゃなかったか?ええ?んで、それで手に入れた宝具で、嫁さんを落としたのは、どこの誰だったんだっけなぁ?おい?」


 「いや、あれは運と、何より相性の問題で…」


 「チッ、ぐずぐず言ってても、おめぇにはやる以外の選択肢はねぇんだよ。大事な大事な嫁と息子の居る村を守りたいならな!それともなにか?今すぐ嫁と宝具をここに呼んで来て、本格的な討伐としゃれこむってのか?それならそれで俺は別に構わねぇがよ。」


 多少投げやりに、だが、有無を言わせぬ様でキンはいう。

 だが、俺にだって事情はある。だから、それを伝えようと、多少焦り気味に、


 「いや、待て、待ってくれ、確かに昔はそういうこともあったかもしれねぇが、俺もあいつも村長に認められたうえで、今はハンター家業から足を洗ってんだ。それに嫁はチビができてから、宝具が反応しなくなったと、そう愚痴ってる。戦うことなんて出来っこねぇよ」


 「はあ?女勇者とまで呼ばれたあの女が?宝具がなくたって、宝箱の一つや二つ手玉にとれる玉だろうが?そんなあいつに俺たちゃ惚れ込んでたんだぞ?」


 「そうはいっても、できねぇもんはできねぇんだ。今は普通の女と何ら変わらん、俺の、俺の守るべき人なんだ。」


 こいつの前で惚気見たいになるのは正直、かなり居心地は悪かったが、俺はそう言い切った。そうでしか伝わらないと思ったからだった。だったのだが、、、


 「守るべき、だと?何、寝ぼけたこと言ってんだ?しかも使えない、、、だと?」


 キンはそうこちらを睨むようにして、言ったかと思いきや、急に額に手を当てて上を向き、


 「あーまー良いわ、どのみち俺もギュウも動けねぇ。おめぇんとこのスゥも宝具が使えねぇっていうんじゃ、この村に今、宝具士はいねぇって話だ。っつぅことは宝箱を何とかできる可能性があるのは、ここにいる二人しかいねぇってことだな?」


 と一転、表情の感じられない声音で言った。

 上を向いたその一瞬、口元が笑っていたように見えたのは気のせいだっただろうか?

 そう訝しがる俺をよそに、キンが続けて、


 「だそうだが?ギンよ?おめぇ、なんとかできるかぁ?」

 

 と、唐突にギンに話を振る。

 戸口に寄りかかってこちらをただ見ていたギンは驚くでもなく、


 「いや、無理だな。そこの元A級様と違って、俺は宝箱と差しでやりあったこともなければ、その術も知らねぇ。精々が逃げ回るくらいだな。」


 と、悪びれもせずに言う。

 逆光でその顔は判然としなかったが、俺には奴が笑っているように見えた。


 「だよなぁ、ってことは、、、だ。サンゾウ、おめぇしかいねぇ訳だ。この村を守れる英雄様ってのはよ?」


 「っんで俺が?それに村長の許可もなく、、、」


 「許可ある。ほら、これが念書だ。」


 そういって、キンは隣にあった木箱の上から一枚の念書を俺に差し出す。

 それには確かに村長の字で、「全て俺に任せる」と書かれていた。

 俺が読むか読まないかのうちに、それを懐にしまいつつ、キンは言った。今度は本当に醜悪な笑みを浮かべつつ、 

 

 「って訳なんだわ、英雄様。精々頑張ってくれや。あーまぁ、役に立つかはわからんが、補佐にはギンをつけてやるからよ。」


 と言い放った。

 俺は状況の整理と、今後のことを考えるので、


 「ちっ、クソが。」


 と答えるだけで精いっぱいだった。

 だが、その時、俺は気付くべきだったのだ。

 念書に記載された文字、その文字が小刻みに震えていたことに。


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 宝具士?

 俺が?

 どこをどう見りゃそうみえんだよ?

 どう見たって、前線でゴリゴリ戦うような体つきしてねぇだろ?

 俺はな、鍵士なんだよ。


 宝具士はな、その宝具の力をもって、宝箱の権能と言われる害意を払うことができる。

 触手が出れば切り払い、毒の炎なら浄化する、とかな。

 そうやって権能を払われ、封じられた宝箱はやがて動かなくなる。

 でもな、動かないからって、無害かと聞かれればそういう訳じゃない。

 権能の喪失は一時的なもので、また放っておけば力を取り戻す。

 しかもな、宝具は権能を払えても、宝箱本体には一切の傷をつけることが出来ねぇんだ。

な?厄介だろ?


 そこで俺たち鍵士の出番ってわけだ。

 宝箱を開けられる唯一無二の力を持った存在。

それが俺たち鍵士なのさ。


~とある男の独白より~

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